45 / 47
エピローグ 〜七日目の夜明け〜
明かされる想い
しおりを挟む
払暁の空
シスター・リズは静かに話し始めた。
天涯孤独だと思っていた幼い日々のこと。
結婚後に孤児院の先生に渡された手紙のこと。
その内容で、自分の正体を知った時のこと。
裏庭に、両親のための仮のお墓を作ったこと
俺の父親でもある、孤児院の牧師さんとのこと。
「俺の父親が…牧師さん? そうだったのか…」
いつも穏やかで心の芯が強いあの牧師さんが俺の父親と知って驚きもし、納得もした。彼はずっとシスターと共に子供の成長を見守っていてくれたのだ。
「二人きりでひっそりと結婚式をして、子供ができた後にあの手紙で自分のことを知ったの」
そう言って彼女は自分の部屋から古ぼけた封筒を持ってきた。
許可をもらって読ませてもらうと、内容はこうだった。
俺も知るおおよその事情を書いた後で、娘の事が明るみに出れば『悪魔の娘』とされてその生涯に傷がつくかもしれない。それを防ぐために、ランカスター家との関わりを絶って穏やかに一生を過ごしてほしい。自分や妻のように苦しい思いをすることのないように、ただ健やかに育ってくれればそれでいい。できることなら、そばで成長を見守りたかった…。
そんな切々とした想いが込められている。逃げる際に急いで書いたものなのだろう…乱れた筆使いで綴られていた。
手紙を読んで同様のことを思い、表立って親子と名乗らず孤児院で預かる子供の一人として見守ることを二人で決意したという。
赤い指輪はここにきた時から身につけていたそうだが、それを幼い俺に受け継がせて今に至る。
全てを話し終えて、シスター・リズ…母さんは改めて俺に向き直った。
「顔も知らないけれど私の母様を解放してくれてありがとう…。本当に、よくあなたも無事で帰ってきてくれたわ。さぞかし辛い思いをしたんじゃないかしら?」
その問いに、俺もかぶりを振る。
必ずここに帰って、再びみんなに…ティアラに会いたいと思った。だから乗り越えられたことだと話すと、今度はティアラに抱きしめられた。ボロボロに涙を流し、しゃくりあげながら「良かった…」と繰り返す彼女。その手と俺の手を母さんが結びつける。
「あなたたちのこれからを祝福しましょう。あなたたちの絆のおかげで乗り越えられた試練なのだから。そして…ティアラ、これからはあなたも私のことを「お母さん」って呼んでくれるかしら?」
さらに涙をこぼしながら、ティアラが声にならない声で返事をしながら何度も頷く。
穏やかな朝のことだった。
それから。
母さんの立会いのもと、オルゴールに二つの指輪を収めてランカスター家の親類のもとを訪れた。
ランカスター家を継ぐことなく、これから静かに生きていくと告げるために。
当時を知る七十代の長老が対応してくれたが、母さんの姿を見て泣き崩れた。シュゼット嬢によく似ていたために疑われることはなかった。
困ったことがあればいつでも頼りなさいと重ねて言われ、ランカスター家の屋敷を案内された。
あの屋敷での出来事を思うと正直足がすくんだが、残っているならばあの絵画を見せてあげたい。
幸福そうに赤子を抱く、両親の笑顔の絵画を。
親戚の家に仕える家令さんが鍵を開けてくれ、中に入ると全く同じ作りの屋敷の光景にめまいがした。死の光景はもう見ることはなかったが、精神にくるものはある。無理しなくてもいいと言われたが、俺も自分の目で確かめたい。
案内されることなく迷いのない足取りで中に向かう俺に奇異な目を向けつつも、家令さんは口出しをしないでいてくれた。
あの『幸福の絵画』は、隠し扉にしまわれることなく廊下に飾ってあった。
母さんはしばらく廊下に並んだ絵画を見て回っていた。あの屋敷と違って、武器を収めた展示ケースも不幸を描いた絵画も存在しない。
おそらく全ての絵は、執事さんが描いたものだったのだろう。幸せの絵を描いた後で悪魔に魅入られ、苦悩しながらも手がかりを残すギリギリの手段として描き続けたものだったのだ。
執事さん…本当にあのまま、地の底に堕ちていったのだろうか? 俺があの屋敷に行ったことが神の贖罪としての救いとするなら、執事さんにその手は伸びなかったのだろうか? 今となっては知る由もないが、決して彼の望まぬ罪だったというのに…。
親戚の長老にオルゴールを託そうとすると「形見としてそばに置いて欲しい」と言われ、そのまま持ち帰ることにしてランカスター家の屋敷を辞した。シュゼット嬢もそう望むだろう、と付け加えられて。
あとに残された屋敷も今まで管理してくれた親戚の物として、好きに処分してもらうつもりだ。
これで、俺も母さんも事実上ランカスター家とは縁が切れたことになる。
俺も母さんにも後悔などなかった。あとは今までの日常に戻っていくばかりだ。
これから孤児院や学院で、それぞれの居場所に戻るために。やるべきことをなすために。
俺がやるべきこと、それは…。
シスター・リズは静かに話し始めた。
天涯孤独だと思っていた幼い日々のこと。
結婚後に孤児院の先生に渡された手紙のこと。
その内容で、自分の正体を知った時のこと。
裏庭に、両親のための仮のお墓を作ったこと
俺の父親でもある、孤児院の牧師さんとのこと。
「俺の父親が…牧師さん? そうだったのか…」
いつも穏やかで心の芯が強いあの牧師さんが俺の父親と知って驚きもし、納得もした。彼はずっとシスターと共に子供の成長を見守っていてくれたのだ。
「二人きりでひっそりと結婚式をして、子供ができた後にあの手紙で自分のことを知ったの」
そう言って彼女は自分の部屋から古ぼけた封筒を持ってきた。
許可をもらって読ませてもらうと、内容はこうだった。
俺も知るおおよその事情を書いた後で、娘の事が明るみに出れば『悪魔の娘』とされてその生涯に傷がつくかもしれない。それを防ぐために、ランカスター家との関わりを絶って穏やかに一生を過ごしてほしい。自分や妻のように苦しい思いをすることのないように、ただ健やかに育ってくれればそれでいい。できることなら、そばで成長を見守りたかった…。
そんな切々とした想いが込められている。逃げる際に急いで書いたものなのだろう…乱れた筆使いで綴られていた。
手紙を読んで同様のことを思い、表立って親子と名乗らず孤児院で預かる子供の一人として見守ることを二人で決意したという。
赤い指輪はここにきた時から身につけていたそうだが、それを幼い俺に受け継がせて今に至る。
全てを話し終えて、シスター・リズ…母さんは改めて俺に向き直った。
「顔も知らないけれど私の母様を解放してくれてありがとう…。本当に、よくあなたも無事で帰ってきてくれたわ。さぞかし辛い思いをしたんじゃないかしら?」
その問いに、俺もかぶりを振る。
必ずここに帰って、再びみんなに…ティアラに会いたいと思った。だから乗り越えられたことだと話すと、今度はティアラに抱きしめられた。ボロボロに涙を流し、しゃくりあげながら「良かった…」と繰り返す彼女。その手と俺の手を母さんが結びつける。
「あなたたちのこれからを祝福しましょう。あなたたちの絆のおかげで乗り越えられた試練なのだから。そして…ティアラ、これからはあなたも私のことを「お母さん」って呼んでくれるかしら?」
さらに涙をこぼしながら、ティアラが声にならない声で返事をしながら何度も頷く。
穏やかな朝のことだった。
それから。
母さんの立会いのもと、オルゴールに二つの指輪を収めてランカスター家の親類のもとを訪れた。
ランカスター家を継ぐことなく、これから静かに生きていくと告げるために。
当時を知る七十代の長老が対応してくれたが、母さんの姿を見て泣き崩れた。シュゼット嬢によく似ていたために疑われることはなかった。
困ったことがあればいつでも頼りなさいと重ねて言われ、ランカスター家の屋敷を案内された。
あの屋敷での出来事を思うと正直足がすくんだが、残っているならばあの絵画を見せてあげたい。
幸福そうに赤子を抱く、両親の笑顔の絵画を。
親戚の家に仕える家令さんが鍵を開けてくれ、中に入ると全く同じ作りの屋敷の光景にめまいがした。死の光景はもう見ることはなかったが、精神にくるものはある。無理しなくてもいいと言われたが、俺も自分の目で確かめたい。
案内されることなく迷いのない足取りで中に向かう俺に奇異な目を向けつつも、家令さんは口出しをしないでいてくれた。
あの『幸福の絵画』は、隠し扉にしまわれることなく廊下に飾ってあった。
母さんはしばらく廊下に並んだ絵画を見て回っていた。あの屋敷と違って、武器を収めた展示ケースも不幸を描いた絵画も存在しない。
おそらく全ての絵は、執事さんが描いたものだったのだろう。幸せの絵を描いた後で悪魔に魅入られ、苦悩しながらも手がかりを残すギリギリの手段として描き続けたものだったのだ。
執事さん…本当にあのまま、地の底に堕ちていったのだろうか? 俺があの屋敷に行ったことが神の贖罪としての救いとするなら、執事さんにその手は伸びなかったのだろうか? 今となっては知る由もないが、決して彼の望まぬ罪だったというのに…。
親戚の長老にオルゴールを託そうとすると「形見としてそばに置いて欲しい」と言われ、そのまま持ち帰ることにしてランカスター家の屋敷を辞した。シュゼット嬢もそう望むだろう、と付け加えられて。
あとに残された屋敷も今まで管理してくれた親戚の物として、好きに処分してもらうつもりだ。
これで、俺も母さんも事実上ランカスター家とは縁が切れたことになる。
俺も母さんにも後悔などなかった。あとは今までの日常に戻っていくばかりだ。
これから孤児院や学院で、それぞれの居場所に戻るために。やるべきことをなすために。
俺がやるべきこと、それは…。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小径
砂詠 飛来
ホラー
うらみつらみに横恋慕
江戸を染めるは吉原大火――
筆職人の与四郎と妻のお沙。
互いに想い合い、こんなにも近くにいるのに届かぬ心。
ふたりの選んだ運命は‥‥
江戸を舞台に吉原を巻き込んでのドタバタ珍道中!(違
少年少女怪奇譚 〜一位ノ毒~
しょこらあいす
ホラー
これは、「無能でも役に立ちますよ。多分」のヒロインであるジュア・ライフィンが書いたホラー物語集。
ゾッとする本格的な話から物悲しい話まで、様々なものが詰まっています。
――もしかすると、霊があなたに取り憑くかもしれませんよ。
お読みになる際はお気をつけて。
※無能役の本編とは何の関係もありません。
わたしの百物語
薊野ざわり
ホラー
「わたし」は、老人ホームにいる祖母から、不思議な話を聞き出して、録音することに熱中していた。
それだけでは足りずに、ツテをたどって知り合った人たちから、話を集めるまでになった。
不思議な話、気持ち悪い話、嫌な話。どこか置き場所に困るようなお話たち。
これは、そんなわたしが集めた、コレクションの一部である。
※よそサイトの企画向けに執筆しました。タイトルのまま、百物語です。ホラー度・残酷度は低め。お気に入りのお話を見付けていただけたら嬉しいです。
小説家になろうにも掲載しています。
あやかしのうた
akikawa
ホラー
あやかしと人間の孤独な愛の少し不思議な物語を描いた短編集(2編)。
第1部 虚妄の家
「冷たい水底であなたの名を呼んでいた。会いたくて、哀しくて・・・」
第2部 神婚
「一族の総領以外、この儀式を誰も覗き見てはならぬ。」
好奇心おう盛な幼き弟は、その晩こっそりと神の部屋に忍び込み、美しき兄と神との秘密の儀式を覗き見たーーー。
虚空に揺れし君の袖。
汝、何故に泣く?
夢さがなく我愁うれう。
夢通わせた君憎し。
想いとどめし乙女が心の露(なみだ)。
哀しき愛の唄。
叫ぶ家と憂鬱な殺人鬼(旧Ver
Tempp
ホラー
大学1年の春休み、公理智樹から『呪いの家に付き合ってほしい』というLIMEを受け取る。公理智樹は強引だ。下手に断ると無理やり呪いの家に放りこまれるかもしれない。それを避ける妥協策として、家の前まで見に行くという約束をした。それが運の悪い俺の運の尽き。
案の定俺は家に呪われ、家にかけられた呪いを解かなければならなくなる。
●概要●
これは呪いの家から脱出するために、都合4つの事件の過去を渡るホラーミステリーです。認識差異をベースにした構成なので多分に概念的なものを含みます。
文意不明のところがあれば修正しますので、ぜひ教えてください。
●改稿中
見出しにサブ見出しがついたものは公開後に改稿をしたものです。
2日で1〜3話程度更新。
もともと32万字完結を22万字くらいに減らしたい予定。
R15はGの方です。人が死ぬので。エロ要素は基本的にありません。
定期的にホラーカテゴリとミステリカテゴリを行ったり来たりしてみようかと思ったけど、エントリの時点で固定されたみたい。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる