果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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エピローグ 〜七日目の夜明け〜

明かされる想い

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払暁の空

 シスター・リズは静かに話し始めた。
 天涯孤独だと思っていた幼い日々のこと。
 結婚後に孤児院の先生に渡された手紙のこと。
 その内容で、自分の正体を知った時のこと。
 裏庭に、両親のための仮のお墓を作ったこと
 俺の父親でもある、孤児院の牧師さんとのこと。

「俺の父親が…牧師さん? そうだったのか…」
 いつも穏やかで心の芯が強いあの牧師さんが俺の父親と知って驚きもし、納得もした。彼はずっとシスターと共に子供の成長を見守っていてくれたのだ。
 
「二人きりでひっそりと結婚式をして、子供ができた後にあの手紙で自分のことを知ったの」
 そう言って彼女は自分の部屋から古ぼけた封筒を持ってきた。
 許可をもらって読ませてもらうと、内容はこうだった。

 俺も知るおおよその事情を書いた後で、エリザベスの事が明るみに出れば『悪魔の娘』とされてその生涯に傷がつくかもしれない。それを防ぐために、ランカスター家との関わりを絶って穏やかに一生を過ごしてほしい。自分や妻のように苦しい思いをすることのないように、ただ健やかに育ってくれればそれでいい。できることなら、そばで成長を見守りたかった…。

 そんな切々とした想いが込められている。逃げる際に急いで書いたものなのだろう…乱れた筆使いで綴られていた。
 手紙を読んで同様のことを思い、表立って親子と名乗らず孤児院で預かる子供の一人として見守ることを二人で決意したという。
 赤い指輪はここにきた時から身につけていたそうだが、それを幼い俺に受け継がせて今に至る。

 全てを話し終えて、シスター・リズ…母さんは改めて俺に向き直った。
「顔も知らないけれど私の母様を解放してくれてありがとう…。本当に、よくあなたも無事で帰ってきてくれたわ。さぞかし辛い思いをしたんじゃないかしら?」
 その問いに、俺もかぶりを振る。
 必ずここに帰って、再びみんなに…ティアラに会いたいと思った。だから乗り越えられたことだと話すと、今度はティアラに抱きしめられた。ボロボロに涙を流し、しゃくりあげながら「良かった…」と繰り返す彼女。その手と俺の手を母さんが結びつける。
「あなたたちのこれからを祝福しましょう。あなたたちの絆のおかげで乗り越えられた試練なのだから。そして…ティアラ、これからはあなたも私のことを「お母さん」って呼んでくれるかしら?」
 さらに涙をこぼしながら、ティアラが声にならない声で返事をしながら何度も頷く。

 穏やかな朝のことだった。


 それから。
 母さんの立会いのもと、オルゴールに二つの指輪を収めてランカスター家の親類のもとを訪れた。

 ランカスター家を継ぐことなく、これから静かに生きていくと告げるために。
 当時を知る七十代の長老が対応してくれたが、母さんの姿を見て泣き崩れた。シュゼット嬢によく似ていたために疑われることはなかった。
 困ったことがあればいつでも頼りなさいと重ねて言われ、ランカスター家の屋敷を案内された。

 あの屋敷での出来事を思うと正直足がすくんだが、残っているならばあの絵画を見せてあげたい。
 幸福そうに赤子を抱く、両親の笑顔の絵画を。

 親戚の家に仕える家令さんが鍵を開けてくれ、中に入ると全く同じ作りの屋敷の光景にめまいがした。死の光景はもう見ることはなかったが、精神にくるものはある。無理しなくてもいいと言われたが、俺も自分の目で確かめたい。

 案内されることなく迷いのない足取りで中に向かう俺に奇異な目を向けつつも、家令さんは口出しをしないでいてくれた。
  あの『幸福の絵画』は、隠し扉にしまわれることなく廊下に飾ってあった。
 母さんはしばらく廊下に並んだ絵画を見て回っていた。あの屋敷と違って、武器を収めた展示ケースも不幸を描いた絵画も存在しない。

 おそらく全ての絵は、執事さんが描いたものだったのだろう。幸せの絵を描いた後で悪魔に魅入られ、苦悩しながらも手がかりを残すギリギリの手段として描き続けたものだったのだ。
 
 執事さん…本当にあのまま、地の底に堕ちていったのだろうか? 俺があの屋敷に行ったことが神の贖罪としての救いとするなら、執事さんにその手は伸びなかったのだろうか? 今となっては知る由もないが、決して彼の望まぬ罪だったというのに…。

 親戚の長老にオルゴールを託そうとすると「形見としてそばに置いて欲しい」と言われ、そのまま持ち帰ることにしてランカスター家の屋敷を辞した。シュゼット嬢もそう望むだろう、と付け加えられて。
 あとに残された屋敷も今まで管理してくれた親戚の物として、好きに処分してもらうつもりだ。

 これで、俺も母さんも事実上ランカスター家とは縁が切れたことになる。
 俺も母さんにも後悔などなかった。あとは今までの日常に戻っていくばかりだ。
  これから孤児院や学院で、それぞれの居場所に戻るために。やるべきことをなすために。

 俺がやるべきこと、それは…。
 
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