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3章
16歳 -火の極日14-
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宴の開始直後に大きなトラブルはあったものの、その後はトラブルらしいトラブルもなく順調に宴は進んでいきました。まぁ……あのレベルのトラブルが1回の小火宴で連続して発生したら、この宴か私が呪われているんじゃないかと思ってしまいますが……。
ただ、当然ながら全く問題が無かったという訳ではありません。
本来ならば宴の開始時に行われる主催者への挨拶を強制的に切り上げた為に、池の真ん中にある中島に渡る橋付近でちょっとした揉め事が発生してしまいました。というのも宴の始まりを告げる鏑矢が放たれる前は家格順で主催者に挨拶をするのがルールなのですが、開始後はそのルールが無くなって近くに居る人から順に挨拶をする為です。それを見た皐月姫殿下は自らが宴の会場を回って挨拶を受けるという方式に変更し、大きな揉め事に発展する前に収めてしまいました。それどころか王族が主催者の場合、本来なら直接挨拶ができるのは高位・中位華族と王族から直接指名された華族限定なんだそうですが、今回は皐月姫殿下が会場を隅々まで回った事で下位華族も直接挨拶をすることが出来、幸運だったと喜んでいる人が多数出たようです。
ちなみに全員ではなく多数という表現になったのは、急に王族から声をかけられた下位華族の何人かが緊張のあまり声がひっくり返ってしまって、ションボリとしてしまった人がいたからです。これも経験と思って次に繋げてください。
……なーーんて他人事なら簡単に言えるんですが、いざ自分のこととなるとそうもいきません。こんな経験、二度としたくないので問題ないといえばないのですが、つくづく私には色恋沙汰と演技は無理だと、この僅かな時間で悟りましたよ。
そんな私と緋桐殿下の周囲には、話しかけるタイミングを見計らっているかのようにたくさんの華族がいました。こちらを一切見ていないにも関わらず、緋桐殿下と私が動くとさり気なく一緒に動くんですよ。背中や後頭部にも目がついているんじゃないかと思うほどです。
他にも緋桐殿下に
「あそこの飲み物はどうだ?
酒は勧められないが、甘い果物を使った飲み物がある」
と促された先へと視線を向ければ、周囲の人たちがスススッと移動してそちらへの道を開けてくれるので、身長がこの国の人たちに比べれば(ここ重要)低い私でもその屋台を簡単に見つけることができます。
助かる反面、確実に此方の会話の内容を聞かれているって事なので緊張してしまいます。そんな緊張が緋桐殿下にも伝わったようで、しきりに甘いものを勧めてくれるのですが、この国の甘味って暴力的な甘さなのでちょっと遠慮したいんですよね。この国に来たばかりの頃、果物を搾ったジュースって事で飲んでみたらガッツリ砂糖が大量添加されていて、あまりの甘さに飲みきれなかったぐらいです。アレはカル◯スの原液をゴクゴク飲める人じゃないと無理です。
「出来れば叔父上のところへ行きたいのですが……」
「ん? ……あぁ、そうだな。鬱金殿のところに行こうか」
なんだか少し残念そうな顔をした緋桐殿下でしたが、直ぐに笑顔で私を叔父上たちの屋台があると思われる方向へと案内してくれました。流石に「鬱金殿」と言われても周囲の人たちは誰の事か解らないようで、モーゼの海割りのように人が別れて道が作られる事はありませんでしたが、緋桐殿下の動きに合わせて少しずつ人垣が割れていきます。ただ、そうやって除けてくれた人の大半は私達がどこに向かっているのかが気になるようで、私達の後をさり気なく付いてくるのですが……。
庭園をしばらく歩いていくと「これは?!」だとか「まぁぁ!!!」なんて声があちこちから聞こえてくる人混みが目の前に現れました。でも見えるのは無数の背中ばかりで、肝心の叔父上たちの姿は全く見えません。ただ人混みから離脱する人たちの手には私や叔父上たちが作ったピンチョスやロールサンドイッチを始めとした軽食があるので、この人垣の向こう側には確実に叔父上が居るとは思うのですが……。
「これはすごい人気だな。あの味を思えば当然といえば当然だが……。
さて、ここに居るのは鬱金殿か、はたまた山吹と槐殿か」
「どういう事です??」
「ん?
あぁ、小火宴では商人が庭園へ立ち入る事は基本的に禁止されているんだ。
ついでに華族との癒着を避ける為に屋号を掲げることも禁止されているな」
じゃぁ今まで見てきた屋台にいた人は?と尋ねれば、主催者側が用意した使用人なんだそうです。自分が受け持つことになる商品に関して、どんな質問をされても答えられるように事前研修を受けているそうで、使用人の中でもそれなりの実力者だけが此処に来られるんだとか。
まぁそうは言ってもトップレベルのすごい人たちは大火宴の方に居るので、小火宴に居る人たちは実力はあるけれど経験が浅い人たちらしいです。
「ただ例外はあって、今回の鬱金殿たちのように特殊な商品を持ち込んだ場合は
その商品の説明をするために特別に参加が許可されるんだ。
ようは使用人では対処しきれない可能性がある商品の場合だな。
そのうえでここは食べ物や飲み物の屋台が並ぶ区域で、
歯磨き粉などの小間物は別の区域で提供する決まりだから、
鬱金殿と山吹・槐殿の二組に分かれて説明してくれているはずなんだよ」
小火宴に参加すると決まって以来、慌ただしいなんて言葉では表せないぐらいに忙しくて、叔父上たちとゆっくりと話す時間が全くありませんでした。なので叔父上たちから「私達も宴の会場にいるから」と聞いていた私は、てっきり3人一緒にいるものだと思い込んで詳しく聞かないままでした。
「そうなのですね。
ここで私どもが提供している食べ物は私自身も好きな物ばかりなので、
是非とも緋桐殿下にも食して頂きとう御座います」
そうニッコリ笑顔で伝えたのは良いのですが、あまりの人混みに全く前に進めません。その後もどうにか叔父上の元に行こうとしたのですが、結局断念せざるをえませんでした。
緋桐殿下も
「先程から見て解るように、俺たちは平時から武人であることを忘れていない。
だから周囲の気配には常に気を配っているんだが、
君たちが作り出した物は武人の本分を忘れさせてしまうらしい」
と苦笑いしながら言うぐらい、みんな夢中になってピンチョスやロールサンドイッチを食べています。しかも色んな具材を使って飽きが来ないようにバリエーション豊かにしてあるので、1回食べても直ぐにまた人垣に戻っていく人も多く……。結果として人垣はどんどん大きくなっていって、最終的には人員整理の為の使用人や、高位華族の代理で順番待ちをする使用人なども投入される事態になりました。長い小火宴の歴史の中で、こんな事は初めてだったそうです。
改めて言うのもなんですが、自分が作った物で誰かが笑顔になるのってやっぱり嬉しいものです。ちょっと恥ずかしいような面映ゆいような気持ちもあるけれど、一番大きな気持は嬉しいって気持ちです。頑張った甲斐があったなぁ……。
小火宴も終盤に差し掛かった頃、緋桐殿下の随身の柘榴さんが困ったような表情で駆け寄ってきました。
「殿下、少々お耳に入れたい事が……」
「今じゃないと駄目……なんだよな。お前がこうやってくるって事は」
「えぇ、その通りです」
仕方ないと言わんばかりに溜め息をついた緋桐殿下は、私を連れたまま庭園の端へと移動しました。どうやら大事な話のようなので、私はどこか別の場所で待っていようと思ったのですが、緋桐殿下によって問答無用で連れてこられてしまいました。私一人にするなんてありえない……だそうです。
柘榴さんも最初は戸惑ったものの仕方ないと思ったのか、そのまま報告を始めてしまいました。
「北の国境を無許可で越えた一団を追っていた隊から、
どうやら王都へ入ったと思われると報告がありました。
また別件ですが、東宮蒼の妃の菖蒲様御一行が急遽来られるそうで……。
大至急、警備の見直しと強化が陛下より御下命されました」
「は? 菖蒲様が?」
「はい。今年の火の極日は水の精霊力の異常発露が活発に見られたことから、
火の大社から水の神社へ神事の要請が行われ、
水の神社は事の重大さを鑑みて、神事の要として水の巫女として名高い
東宮妃菖蒲様の招致を要請。それを受けた天都が菖蒲様の派遣を決められて、
早ければ3日後にでも王都に入られるそうです」
「それはまた……」
と絶句した緋桐殿下。あまりのことに言葉が出ないようです。とりあえずさっき手にしたばかりでまだ口を付けていない果実水を緋桐殿下に勧め、どうか飲んで落ち着いてくださいと伝えます。殿下は「すまない」と一言謝ってから受け取り、ゴクゴクと喉を潤してから、大きく息を吐き出しました。
ちなみに天都からヒノモト国の王都である火乃本までを3日で移動するのは、金さんたちですら可能かどうか怪しいラインで、人間だったら絶対に無理です。先触れとして早馬で通信使がやってきて、その通信使が来たのが今先程。そして更に3日後には到着するってことなんだと思います。
「我が国に水の力を持つ蒼の東宮妃が来られる事自体は珍しくはないが、
ここまで急な来訪は珍しいな。
おそらく早駕籠を乗り継いでこられるのだろうが、
武人ではない東宮妃には、お身体への負担が激しいだろうに……」
思案顔で黙り込んでしまった緋桐殿下の横で、私は思わず視線が揺れてしまいました。それって……水の精霊力が異常発露してるって、私の所為じゃ??
「はい。
ですが町中や港での水の精霊力の異常発露は災害の前兆の可能性があると、
火の大社も水の神社も考えているようで……」
はい、私の所為確定です。
ただ柘榴さん曰く、前兆の可能性があるとは言いつつも、今まで一度もそんな事が無かったので火の大社も水の神社も災害が起こると明言する事もできず、未だ判断に困っている状態なんだそうです。そこでとりあえず火の大社と水の神社が同時に神事を執り行い、神と精霊に祈りを捧げる事にしたのだとか。
そして火の国であるヒノモト国では火の大社に大勢の神職者や巫女が居ますが、水の神社は人数も少なければ霊格が特別高い人も居ません。なのでヒノモト国の水の神社のトップは、前代未聞な事態にも対応可能だと思われる霊格の高い東宮妃へと要請を出したようです。
ただ、菖蒲様の霊格はもう……。
(これはマズイ……。全面的に私のせいだ)
「はぁ……仕方ないな。
相手が東宮妃、しかも蒼ともなれば僅かな隙が命取りとなるのは明白。
しかも狙ったかのように同時に現れた賊のことも気になるな……。
賊の捜索となるか討伐となるかは現時点では謎だが、
それらの陣頭指揮は今から俺が取るから、
柘榴、お前は警備の人員調整のために王宮へ行け」
テキパキと指示を出した緋桐殿下は、こちらへと振り返ると、スッと綺麗な所作で頭をさげました。
「すまない、櫻嬢。俺は直ぐに行かなくてはならない。
約束通り最後までちゃんと守り通す事ができない事を心から詫びる。
だが、これらの対処を怠るとその約束が根底から吹き飛ぶ事になりかねない。
本当に申し訳ないが解って欲しい」
「そんな、殿下が謝ることはございません。
殿下のお役目なのですもの、心得てございます。
どうか僅かな怪我も無きよう……ご武運を心よりお祈り申し上げます」
どこで誰が聞いているか解らないので、しっかりよそ行きの改まった言葉や態度で返事をします。
「約束を違えた俺に……。すまない感謝する。
とりあえず皐月の元までは共に行こう。
その後はずっと皐月の傍に居るように。
俺の傍の次に安全な場所は、皐月の居る場所だからな」
そう言いながら皐月姫殿下の元へと歩き始めました。その間も細々とした注意がされ、叔父上たちが迎えに来るまでは皐月姫殿下の傍にいることを約束させられ、緋桐殿下とは別れたのでした。
ただ、当然ながら全く問題が無かったという訳ではありません。
本来ならば宴の開始時に行われる主催者への挨拶を強制的に切り上げた為に、池の真ん中にある中島に渡る橋付近でちょっとした揉め事が発生してしまいました。というのも宴の始まりを告げる鏑矢が放たれる前は家格順で主催者に挨拶をするのがルールなのですが、開始後はそのルールが無くなって近くに居る人から順に挨拶をする為です。それを見た皐月姫殿下は自らが宴の会場を回って挨拶を受けるという方式に変更し、大きな揉め事に発展する前に収めてしまいました。それどころか王族が主催者の場合、本来なら直接挨拶ができるのは高位・中位華族と王族から直接指名された華族限定なんだそうですが、今回は皐月姫殿下が会場を隅々まで回った事で下位華族も直接挨拶をすることが出来、幸運だったと喜んでいる人が多数出たようです。
ちなみに全員ではなく多数という表現になったのは、急に王族から声をかけられた下位華族の何人かが緊張のあまり声がひっくり返ってしまって、ションボリとしてしまった人がいたからです。これも経験と思って次に繋げてください。
……なーーんて他人事なら簡単に言えるんですが、いざ自分のこととなるとそうもいきません。こんな経験、二度としたくないので問題ないといえばないのですが、つくづく私には色恋沙汰と演技は無理だと、この僅かな時間で悟りましたよ。
そんな私と緋桐殿下の周囲には、話しかけるタイミングを見計らっているかのようにたくさんの華族がいました。こちらを一切見ていないにも関わらず、緋桐殿下と私が動くとさり気なく一緒に動くんですよ。背中や後頭部にも目がついているんじゃないかと思うほどです。
他にも緋桐殿下に
「あそこの飲み物はどうだ?
酒は勧められないが、甘い果物を使った飲み物がある」
と促された先へと視線を向ければ、周囲の人たちがスススッと移動してそちらへの道を開けてくれるので、身長がこの国の人たちに比べれば(ここ重要)低い私でもその屋台を簡単に見つけることができます。
助かる反面、確実に此方の会話の内容を聞かれているって事なので緊張してしまいます。そんな緊張が緋桐殿下にも伝わったようで、しきりに甘いものを勧めてくれるのですが、この国の甘味って暴力的な甘さなのでちょっと遠慮したいんですよね。この国に来たばかりの頃、果物を搾ったジュースって事で飲んでみたらガッツリ砂糖が大量添加されていて、あまりの甘さに飲みきれなかったぐらいです。アレはカル◯スの原液をゴクゴク飲める人じゃないと無理です。
「出来れば叔父上のところへ行きたいのですが……」
「ん? ……あぁ、そうだな。鬱金殿のところに行こうか」
なんだか少し残念そうな顔をした緋桐殿下でしたが、直ぐに笑顔で私を叔父上たちの屋台があると思われる方向へと案内してくれました。流石に「鬱金殿」と言われても周囲の人たちは誰の事か解らないようで、モーゼの海割りのように人が別れて道が作られる事はありませんでしたが、緋桐殿下の動きに合わせて少しずつ人垣が割れていきます。ただ、そうやって除けてくれた人の大半は私達がどこに向かっているのかが気になるようで、私達の後をさり気なく付いてくるのですが……。
庭園をしばらく歩いていくと「これは?!」だとか「まぁぁ!!!」なんて声があちこちから聞こえてくる人混みが目の前に現れました。でも見えるのは無数の背中ばかりで、肝心の叔父上たちの姿は全く見えません。ただ人混みから離脱する人たちの手には私や叔父上たちが作ったピンチョスやロールサンドイッチを始めとした軽食があるので、この人垣の向こう側には確実に叔父上が居るとは思うのですが……。
「これはすごい人気だな。あの味を思えば当然といえば当然だが……。
さて、ここに居るのは鬱金殿か、はたまた山吹と槐殿か」
「どういう事です??」
「ん?
あぁ、小火宴では商人が庭園へ立ち入る事は基本的に禁止されているんだ。
ついでに華族との癒着を避ける為に屋号を掲げることも禁止されているな」
じゃぁ今まで見てきた屋台にいた人は?と尋ねれば、主催者側が用意した使用人なんだそうです。自分が受け持つことになる商品に関して、どんな質問をされても答えられるように事前研修を受けているそうで、使用人の中でもそれなりの実力者だけが此処に来られるんだとか。
まぁそうは言ってもトップレベルのすごい人たちは大火宴の方に居るので、小火宴に居る人たちは実力はあるけれど経験が浅い人たちらしいです。
「ただ例外はあって、今回の鬱金殿たちのように特殊な商品を持ち込んだ場合は
その商品の説明をするために特別に参加が許可されるんだ。
ようは使用人では対処しきれない可能性がある商品の場合だな。
そのうえでここは食べ物や飲み物の屋台が並ぶ区域で、
歯磨き粉などの小間物は別の区域で提供する決まりだから、
鬱金殿と山吹・槐殿の二組に分かれて説明してくれているはずなんだよ」
小火宴に参加すると決まって以来、慌ただしいなんて言葉では表せないぐらいに忙しくて、叔父上たちとゆっくりと話す時間が全くありませんでした。なので叔父上たちから「私達も宴の会場にいるから」と聞いていた私は、てっきり3人一緒にいるものだと思い込んで詳しく聞かないままでした。
「そうなのですね。
ここで私どもが提供している食べ物は私自身も好きな物ばかりなので、
是非とも緋桐殿下にも食して頂きとう御座います」
そうニッコリ笑顔で伝えたのは良いのですが、あまりの人混みに全く前に進めません。その後もどうにか叔父上の元に行こうとしたのですが、結局断念せざるをえませんでした。
緋桐殿下も
「先程から見て解るように、俺たちは平時から武人であることを忘れていない。
だから周囲の気配には常に気を配っているんだが、
君たちが作り出した物は武人の本分を忘れさせてしまうらしい」
と苦笑いしながら言うぐらい、みんな夢中になってピンチョスやロールサンドイッチを食べています。しかも色んな具材を使って飽きが来ないようにバリエーション豊かにしてあるので、1回食べても直ぐにまた人垣に戻っていく人も多く……。結果として人垣はどんどん大きくなっていって、最終的には人員整理の為の使用人や、高位華族の代理で順番待ちをする使用人なども投入される事態になりました。長い小火宴の歴史の中で、こんな事は初めてだったそうです。
改めて言うのもなんですが、自分が作った物で誰かが笑顔になるのってやっぱり嬉しいものです。ちょっと恥ずかしいような面映ゆいような気持ちもあるけれど、一番大きな気持は嬉しいって気持ちです。頑張った甲斐があったなぁ……。
小火宴も終盤に差し掛かった頃、緋桐殿下の随身の柘榴さんが困ったような表情で駆け寄ってきました。
「殿下、少々お耳に入れたい事が……」
「今じゃないと駄目……なんだよな。お前がこうやってくるって事は」
「えぇ、その通りです」
仕方ないと言わんばかりに溜め息をついた緋桐殿下は、私を連れたまま庭園の端へと移動しました。どうやら大事な話のようなので、私はどこか別の場所で待っていようと思ったのですが、緋桐殿下によって問答無用で連れてこられてしまいました。私一人にするなんてありえない……だそうです。
柘榴さんも最初は戸惑ったものの仕方ないと思ったのか、そのまま報告を始めてしまいました。
「北の国境を無許可で越えた一団を追っていた隊から、
どうやら王都へ入ったと思われると報告がありました。
また別件ですが、東宮蒼の妃の菖蒲様御一行が急遽来られるそうで……。
大至急、警備の見直しと強化が陛下より御下命されました」
「は? 菖蒲様が?」
「はい。今年の火の極日は水の精霊力の異常発露が活発に見られたことから、
火の大社から水の神社へ神事の要請が行われ、
水の神社は事の重大さを鑑みて、神事の要として水の巫女として名高い
東宮妃菖蒲様の招致を要請。それを受けた天都が菖蒲様の派遣を決められて、
早ければ3日後にでも王都に入られるそうです」
「それはまた……」
と絶句した緋桐殿下。あまりのことに言葉が出ないようです。とりあえずさっき手にしたばかりでまだ口を付けていない果実水を緋桐殿下に勧め、どうか飲んで落ち着いてくださいと伝えます。殿下は「すまない」と一言謝ってから受け取り、ゴクゴクと喉を潤してから、大きく息を吐き出しました。
ちなみに天都からヒノモト国の王都である火乃本までを3日で移動するのは、金さんたちですら可能かどうか怪しいラインで、人間だったら絶対に無理です。先触れとして早馬で通信使がやってきて、その通信使が来たのが今先程。そして更に3日後には到着するってことなんだと思います。
「我が国に水の力を持つ蒼の東宮妃が来られる事自体は珍しくはないが、
ここまで急な来訪は珍しいな。
おそらく早駕籠を乗り継いでこられるのだろうが、
武人ではない東宮妃には、お身体への負担が激しいだろうに……」
思案顔で黙り込んでしまった緋桐殿下の横で、私は思わず視線が揺れてしまいました。それって……水の精霊力が異常発露してるって、私の所為じゃ??
「はい。
ですが町中や港での水の精霊力の異常発露は災害の前兆の可能性があると、
火の大社も水の神社も考えているようで……」
はい、私の所為確定です。
ただ柘榴さん曰く、前兆の可能性があるとは言いつつも、今まで一度もそんな事が無かったので火の大社も水の神社も災害が起こると明言する事もできず、未だ判断に困っている状態なんだそうです。そこでとりあえず火の大社と水の神社が同時に神事を執り行い、神と精霊に祈りを捧げる事にしたのだとか。
そして火の国であるヒノモト国では火の大社に大勢の神職者や巫女が居ますが、水の神社は人数も少なければ霊格が特別高い人も居ません。なのでヒノモト国の水の神社のトップは、前代未聞な事態にも対応可能だと思われる霊格の高い東宮妃へと要請を出したようです。
ただ、菖蒲様の霊格はもう……。
(これはマズイ……。全面的に私のせいだ)
「はぁ……仕方ないな。
相手が東宮妃、しかも蒼ともなれば僅かな隙が命取りとなるのは明白。
しかも狙ったかのように同時に現れた賊のことも気になるな……。
賊の捜索となるか討伐となるかは現時点では謎だが、
それらの陣頭指揮は今から俺が取るから、
柘榴、お前は警備の人員調整のために王宮へ行け」
テキパキと指示を出した緋桐殿下は、こちらへと振り返ると、スッと綺麗な所作で頭をさげました。
「すまない、櫻嬢。俺は直ぐに行かなくてはならない。
約束通り最後までちゃんと守り通す事ができない事を心から詫びる。
だが、これらの対処を怠るとその約束が根底から吹き飛ぶ事になりかねない。
本当に申し訳ないが解って欲しい」
「そんな、殿下が謝ることはございません。
殿下のお役目なのですもの、心得てございます。
どうか僅かな怪我も無きよう……ご武運を心よりお祈り申し上げます」
どこで誰が聞いているか解らないので、しっかりよそ行きの改まった言葉や態度で返事をします。
「約束を違えた俺に……。すまない感謝する。
とりあえず皐月の元までは共に行こう。
その後はずっと皐月の傍に居るように。
俺の傍の次に安全な場所は、皐月の居る場所だからな」
そう言いながら皐月姫殿下の元へと歩き始めました。その間も細々とした注意がされ、叔父上たちが迎えに来るまでは皐月姫殿下の傍にいることを約束させられ、緋桐殿下とは別れたのでした。
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