未来樹 -Mirage-

詠月初香

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3章

16歳 -火の極日1-

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ヒノモト国の人たちは気性は少々荒いものの、とても陽気でフレンドリーな人が多い印象なのですが、意外にも仕事に関してはアマツ三国で一番上下関係が厳しい国なのだそうです。仕事が一切絡まない関係ならば身分をほとんど気にしないそうなのですが、男女ともに国民の半数以上が武人なこの国では指揮命令系統を明確にする為に上下関係に厳しくならざるを得ないのだとか。


そんな事が背景にあるのかどうかは解りませんが……

「この度は誠に申し訳ございませんでした」

今、私の目の前には60歳は確実に過ぎていると思われる男性が頭を下げて謝り続けています。どうしてこうなった……と思って、困惑したまま横に居る叔父上を見上げれば、叔父上も同じように困惑していて視線を同席していた緋桐殿下へと向けました。

「殿下、我々は大事おおごとにしたくはないと申し上げたはずです。
 私どもは殿下のおかげで被害はなく、あちら側にも被害がなかった以上、
 あの時あの場で終わらせて良かったのでは?」

少しだけ批難めいた事を言いたくなるのは、ここが宿の受付脇にある茶屋兼酒場の一角で、あの日と同じかそれ以上に人の目がある所為です。流石に凝視してくるような人はいませんが、チラチラとこちらの様子を伺ってくる人が無数にいて、中にはコソコソと内緒話をしている人まで居ます。

「いや、あのまま終わらせては駄目なんだ。
 とはいえ此処で細かい手打ちの条件まで話し合う必要はないな。
 店主! 奥の間を借り切りたいんだが、構わないか?」

「は、はい。勿論ですとも!
 人払いも済ませましょうか??」

「あぁ、頼んだ」

手をパンパンと叩いて店主を呼び寄せた緋桐殿下は、さくっと話しをつけてしまいました。自国の王子である緋桐殿下に頼まれて「嫌です」とは言えないだろうなぁと、ちょっと店主に申し訳ない気持ちで見ていたら、慌てて奥へ引っ込んだ店主と入れ替わりに女中さんがやってきて私達を奥の間へと案内してくれました。

この宿はこの町にある宿の中でもかなりランクの高い宿で、国で一二を争うような豪商の商談にも使われています。その為に奥の間と呼ばれる場所があるらしいのですが、その場所に案内されて「間とは??」と疑問符で頭がいっぱいになってしまいました。

何故なら案内された先は秘密の部屋のような場所ではなく、あちこちに植えられた背の高い椰子の木が地面に影を幾つも落している広大な庭だったんです。その庭に真っ白い大きな天幕が3つあり、その中でも一際大きな天幕へと女中さんは案内してくれました。

(この天幕が部屋って事なんだろうけど、思っていた「間」とは違う……)

天幕に近付いてみれば、周りには赤茶色い実が沢山なった2m程の木が隙間なく植えてありました。

「お気を付けください。その木には棘がありますから」

女中さんの言葉に良く見れば、確かに枝という枝に立派な棘がびっしりと付いています。

「こうやって天幕の外から聞き耳をたてられないようにしてあるんだ」

緋桐殿下の説明に犬矢来いぬやらい攻撃力付与バージョンかなと思ってしまいます。あれは犬の粗相や雨や泥はねよけがメインでしたが、一説には泥棒よけや盗聴よけの意味もあったと聞きます。こちらの世界では防ぐだけじゃなくて攻撃もしておこうという感じなのかもしれません。

天幕の中に入れば、外と比べて明らかに気温が下がりました。椰子の木の陰のおかげで室温が上がりにくいのかもしれません。その天幕の中には更に天幕があり、その天幕を入ればまた天幕が……。

(マトリョーシカかっ!!)

心の中でツッコミつつ天幕を更にくぐります。その度に気温が少しずつ下がり、一番奥の部屋に辿り着く頃には外に比べればですが涼しいと感じる程です。天幕の中央には綺麗な敷布があり、その上に女中さんが人数分の円座を並べてくれました。右手に私達用の4つ、そして相対する場所におじいさんの一つ。そして中央に一際厚みのある豪華な円座が緋桐殿下の場所のようです。

女中さんが全員にお茶を用意してくれて、頭を下げて出て行ったのを確認してから

「改めまして、わたくしはアイカ町の松屋七房ななふさと申します。
 この度は当店の者が大変失礼を致しました」

「いや、先程も申しました通りこちらに被害は一切ありませんでしたので、
 これ以上の謝罪は不要です。どうかお気になさらずに……」

改めて挨拶と謝罪をする七房という名前のおじいさん。ヒノモト国人特有の日焼けした顔に刻まれた皺はとても優しげで、記憶から消されてしまった前世のお祖父ちゃんがこんな感じだったかもしれないと思う程、私や兄上を見る目がとても柔らかで暖かく感じます。

それにしても七房とは変った名前です。この世界の人は兄上や私のように草花の名をそのまま自分の名前にしている人が多いのですが、あくまでも多いだけで絶対ではありません。それでも竹三たけぞう菊若きくわかというように、植物がどこかしらに入ります。ですが七房にはどこにも植物がありません。

どうやら兄上も同じように思っていたようで

「七房という名前が珍しいですか?」

と、おじいさんが穏やかに微笑みながら兄上を見て言いました。ヴェールで表情を隠せている私と違って、兄上は丸見えだからなぁ。勿論ヴェールは厚くはないので、明るい場所+至近距離に居れば顔は見えてしまうでしょうが、少なくとも天幕の中の明るさでは七房さんから私の表情は見えていないようです。

「初代が房楊枝の行商から始めた松屋のわたくしが七代目でして……。
 ですから七房という名を名乗らせて頂いております。
 先日、皆さまに失礼を犯した者は八房やつふさ候補ではあったのですが……」

「そういえば、あの男はどうするんだ?」

七房さんと私達の間に座った緋桐殿下が、女中さんがお茶と一緒に置いていったお茶請けの砂糖まみれの果物を飲み込んでから思い出したように言います。

「あの者は番頭だったのですが、
 罰として丁稚からやり直させております」

番頭というと私の感覚でいえば店長です。そして丁稚は十三詣りを終えたばかりの子供たちが最初に就く役職?で、そんな子供たちに混じってあのおじさんが働かされているのかと思うと複雑な心境になります。

ざまぁみろとは到底思えませんし、当然胸がスカッとするわけでもありません。かといって同情するにはあのおじさんの性格は悪すぎでしたし……。ただただ一緒に働いている他の人にとばっちりがいっていない事を祈るばかりです。

「緋桐殿下におかれましては、当店の者の不始末により
 不要なお手数をおかけ致しました事を心よりお詫びを申し上げ、
 重ねて御礼を申し上げます」

今までで一番深く頭を下げた七房さん。

「あぁ、気にするな。たまたまその場に居合わせたのも、
 相手が旧知の仲であったのも何かの縁だ」

そう七房さんに言って楽にするようにと促す緋桐殿下は、続いて私達の方を見ると

「国民の気風の違いといえばそれまでなんだが……
 我が国では例え商人同士の諍いであっても
 見える形で手打ちにしておかないと、痛くもない腹を探られる事になる」

「……そうなのですか?」

「例えば今回の場合、なあなあで済ませば吉野家は松屋に何か負い目がある。
 或は裏事情があって抗議できない、または弱みがあるに違いないと思われる」

「それは……また……」

「しかも今回は俺が関わっている事を目撃した者も多い。
 にも関わらず手打ちがされたかどうか解らない状況は、
 俺は商人すら統率できない無能だと思わる」

叔父上と緋桐殿下の会話を聞きつつ、極端な国だなぁと思ってしまったのは内緒です。何でも白黒ハッキリつける事が良いとは限らないと思うんだけど……。

「吉野家さんのご出身のヤマト国では違うのでしょうが、
 我が国ではそれが当然と考えられています。
 ですから当店としても番頭が不祥事を起こして落ちてしまった評判を
 手打ちにて誠意を尽くす店として少しでも挽回致したく……。
 殿下がご用意してくだったこの機会を大事に致したいのです」

なるほど、挽回の機会があるのは良い事です。特に今回はこれといって被害が無かったので余計にそう思います。

「解りました。ならば双方にとって一番良いように致しましょう」

叔父上も同じ考えなのか、そう言うと殿下と一緒に話し合いが始まりました。




話し合いはサクサクと進みました。そもそもこちらは松屋さんに補償を求めている訳ではないので、手打ちの相談というよりは単なる商談といった感じです。私達が売る予定だった乾物や珍しい調味料は松屋さんの商いの範囲外ですが、幾つか小間物屋の松屋さん向けの商品もありました。例えば竹炭の粉と塩を混ぜて造った歯みがき粉なんかはその代表です。房楊枝から始まった松屋さんにもってこいの商品です。そういった商品の代理販売をお願いし、その手数料を平均よりも高く払っているという事で手打ちとしたと公表するそうです。実際にはそんなに貰わないんですけどね。

「これは口の中がすっきりさっぱりとして、とても良い品ですね!!
 これを私どもが扱っても良いのですか??」

試しにと歯みがき粉を使ってみた七房さんが、目を輝かせながら叔父上に尋ねます。同時に緋桐殿下も好奇心から試していて、俺にも売ってくれと山吹と相談を始めました。この世界では炭は木から作る物で、竹から作るという発想がありません。なので材料を見て木炭と塩を混ぜたモノを作る人は出てくるでしょうが、決して竹炭と塩を混ぜた私達の歯みがき粉の真似は出来ません。そして匂いの吸収力でいえば木炭よりも竹炭の方が上なので、どうやっても同じ質のモノは作り出せません。

ちなみにこの歯みがき粉。茴香ういきょう殿下によって「なんとか種技術」とかいうのに指定されたので、ヤマト国内では製造されていますが国外には絶対に製造法が漏れないように取り締まられています。当初、茴香殿下は私達の利益を奪いかねないと指定する事を拒んでいたのですが、そんな大仰な技術ではないですし、みんなが綺麗になって匂わなくなる方が私としても嬉しいので、どんどん普及させてとお願いした結果、ヤマト国では庶民すら買える定番の品になりつつあります。




そうこうしている間に火の極日はどんどんと過ぎていきました。緋桐殿下は当然ながら多忙で、出来るだけ私の側に居ると言ってはくれるのですが、公務の関係で離れている時間の方が圧倒的に多く。その間は兄上や叔父上のお仕事を手伝って過ごしています。私達のような新参の商人は極日のど真ん中を過ぎてからしか店を出せないという決まりがあるようで、今はまだ下準備しかできません。3年続けてお店を出してそれなりに売り上げ、その売り上げにかかる税金を一定額納めると次からはもう少し早くからお店を出せるようになる仕組みのようです。まぁ10日間ぶっ続けでお店を出していたら、私は高確率で体力が尽きていたので不幸中の幸いと思うようにしています。

火の極日のヒノモト国は太陽の出ている日中に神事、そして日が沈んでからは祭事といった感じで、大社おおやしろで神事に携わる人以外にとっては日が沈んでからが本番です。沢山の出店にならぶ香辛料を使った食べ物にもヒノモトっぽさを感じますが、何より弓矢で的を射るゲームがあるあたりがヒノモト国らしく、それらを小さな子供からお年寄りまで楽しそうに食べたり遊んだりしています。


そんな光景を宿の部屋の窓から家族みんなで見ていたら、

「櫻嬢、俺と一緒に祭りに行こう!」

いきなりそう言って緋桐殿下が部屋にやってきたのでした。
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