16 / 64
第三章 薔薇のアーチ
第二話
しおりを挟む「本当に着いて来るとはな……」
依頼をした三兄弟の実家は長男さんの家から近い場所にあった。
鍵を開けながらこちらをチラチラと見つつ文句を垂れる彼らの父親に苦笑いを浮かべる。
荷物も持って来たんだから、諦めてね。
「お邪魔します」
「靴は端に寄せて置いてくれ」
言われたように靴を揃えて端に置き、彼の後に続いて家の中に入る。
初対面の時に声を荒げながら絵をぶん投げられたから気性が荒い人なんだろうと思っていた。そんな人だから奥さんを亡くした後の家は自分で物を片付けられず、部屋は取っ散らかっているのだろう、と勝手に決めつけていたのだが、通された部屋は意外にも整理整頓されていて、綺麗に掃除されている様子であった。
頑固おやじ。そんな印象があったから意外な一面だった。
「で、貴方は絵を描く為にあの子らに雇われたんだって?」
「はい」
貴方。これも意外。
失礼な事を立て続けに考えているけど、”アンタ”っていうタイプの人思っていたんだけどな。
彼のギャップが続き、段々面白くなってきたが本人は惜しみなく怪訝な顔をしていた。
「勝手な事を……」
「お父様は乗り気じゃないんですね」
否定するように首を横に振り、遂には、ふい、と私に背を向けた彼は少しだけ寂しそうに見えた。
「……死んでから綺麗なもん着せても意味がないだろう」
それはそうかもしれないが、そんな事を言われては私の存在意義がなくなってしまう。と思ったが、余計な事を言って怒られるのは嫌だからその言葉は飲み込む事にした。
なんだかんだ元気が無さそうなその背中に、なんて答えるのが良いのかな、なんて考えながら頭をポリポリと掻く。
チラリとこちらを見た彼は、私が大した事を考えていなさそうだと思ったのか諦めたように溜息を吐いて台所に向かった。その後を控えめについて行けば彼は手を洗っていた。そしてタオルで手を拭きながら「外から帰ったら手洗いうがいはちゃんとしろ。乾燥の時期は風邪を引きやすい。……嫌かもしれないがタオルはこれを使ってくれ」と言って、タオルを掛けた。それに倣って手を洗い、再び彼の後をついてリビングに向かう。
「リンゴの紅茶でいいか」
「え、あ、はい」
すっかり会話も雰囲気もすっかり変わったものだから返答がしどろもどろになってしまった。
「コーヒーもある」
「えっと、リンゴで」
「ソファーに座ってろ」
私は荷物を部屋の隅に置いて言われた通りに手を洗った後、ソファーに座る。彼はこちらに目もくれずにお湯を沸かし始めていた。
ソファーから見える庭は他の家と同様に薔薇が沢山咲いていた。特別、目に入ったのは薔薇のアーチ。ふっくらとした薔薇が見事に咲いていた。薔薇を育てるのは難しいと聞くが、あれも彼が奥様が亡くなった後も手入れしていたのだろうか。
リビングも家に入って来た時の印象通り良く掃除されていた。別に物が少ない訳では無いが、スッキリと整頓されている。
長男さんの反応を見る限り、子供が世話を焼きに来ているようには見えない。一番可能性がある妹さんは隣町に嫁いでいて、中々こちらには来れないだろうし、何より長男さんの奥さんに対する気まずげな態度は、言い方を変えれば気を使っている様子だった。あんな態度を取る人がお嫁さんにお手伝いなんてさせるだろうか。と、なるとだ。どうやら粗暴に見えた彼は生活力がある人らしい。彼はこの家で一人、細々と丁寧な暮らしをしているということだろう。
本当、人は見かけによらないね。
色々と部屋の中を見渡していれば彼の意外が沢山見つかった。やっぱり、一軒家に1人は広く感じるね。それがなんだか寂しく思えた。
ふ、とテーブルの上に置いている本が目に入る。
薔薇の育て方、か。沢山付箋が付いているが、これは奥様の物だろうか。
気になるなあ。テーブルの上に置いているということはさっきまで読んでいたのだろうか。
勝手に見るのは悪いよね。言えば見せてくれるだろうか。
許可も無く勝手に障るような不躾な事はしないようにと思いつつも、気になるその本をジッと見ていれば、コトり、と視線を遮るようにマグカップが置かれた。
なんとなく、見られたくないのかな、と思い、本から視線を外して「ありがとうございます」と言えば、彼は黙って頷き、斜め前に置いている一人用の椅子に座った。
紅茶にはスライスしたリンゴが入っていた。
「いただきます」
「熱いぞ」
「はい」
ふぅーと息を掛けて少し熱を冷まして一口飲む。
ああ、甘酸っぱくて美味しい。私はうんと甘いアップルティーが大好きなんだ。
「美味しいです」
「良かったな」
ぶっきらぼうな言い方だが、会話はしてくれるようで安心した。
彼が飲んでいる物からも甘い香りして、糖分を取った事だし落ち着いて話をすることが出来るだろうか、と先程の話題に戻す事にした。
「依頼内容、聞きますか」
「……」
はい、の時は黙るのか。分かりにくいようで分かりやすいのかもしれない。
「娘さんはお母様の好きな色であるピンク色のワンピースを、次男さんはお母様が好きだった薔薇に囲まれた、そんな絵を承りました」
「……一番上の子は何も言っていないのか」
「長男さんはピアノの話をしていました。でも、ピアノを描きますかと聞きましたが、家にそんなものはないと下のご兄弟に言われて。結局、描かない事になりましたね」
お父様は渋い顔をして、一口紅茶を飲む。
登場の仕方が騒がしかったからもっと煩い人かと思ったが、やはりさっきは訳があって興奮していただけのようだ。
「一番下の子が生まれたばかりの頃にピアノは売ったんだ」
暴れた事を悪いと思っているのかポソリと家の事情を話し始める。
「お金が必要だったからな」
彼ら曰くお母様は苦労して来たらしいが、2人揃ってこのご夫婦は堅実的だったのかもしれない。
「貴方には悪いが絵は描かなくていい」
口を尖らせ、ギュッと眉間に皴を寄せて何を言うのか。そんな顔をしてまで、どうして拒むのか。
「何故です」
「何故って。必要がないからだ」
食い下がる私の方をやっと見た彼の目の白い部分に細い赤の線が走っていた。
奥様が亡くなったのは去年。一年が経った。
でも、一年が経っても、貴方はそうやって途方に暮れているのではないか。
「お子さん達には必要なのかもしれないですよ」
私は、貴方の様な人の役に立ちたくて絵を描いているのだ。だから、どうか少しでも固く結んでしまった紐を柔らかくしてくれはしないだろうか。
「こういう形になってしまったけど、親孝行がしたいんじゃないですか」
「今更だろう」
「そうかもしれません。でも、いいじゃないですか。今更でも」
結局、子供を引き合いにされると弱いのか黙ってしまった。
してあげたかった、を叶えるのは結局のところ生きている人の自己満足になってしまうだろう。だけど、それでいいじゃないか。
私達が死んだ後、精霊の導きによって魂の繰り返しを願うのと一緒で、信仰ともいえるその願いこそ、生きている人の為にあるのだから。
「兎に角、依頼主からキャンセルを言われない限り、私は此処に居ますので」
出て行く気が無い事を伝えれば、彼は心底信じられないといった顔で私を見ていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる