90 / 101
中央軍では
しおりを挟む本軍から出た前進の命令にロムスタ全軍が動き出した。
押し出されるように、中央軍の前衛に居る俺達も足を動かす。
東部地域から駆り出された俺達、農民兵の皆の足取りは一様に重い。
なにせ左翼の軍勢をまるまる倒した謎の虹色の魔法陣が、行く手に構えるモールド軍の頭上に展開されているのだ。
魔法にはてんで詳しく無いが、あの魔法陣が一度発動すれば、どこかのロムスタ軍の一翼が消えるのだ。
そんな恐ろしい魔法は聞いた事がない。
モールド軍に肉薄してる第5軍の騎兵は狙われないだろう。
そして消えるのは恐らく、中央や右翼軍よりモールド軍の遠くに位置する本軍ではないだろう。
ならば、消えるのは俺達の居る中央か、それとも右翼か。
見渡せば周りの兵の顔には皆恐怖の色があった。
もちろん俺もだ。
馬に乗る騎士が歩兵を鼓舞しながら隊を先導する。
見たことのない騎士だが、豪華な装備からしてロムスタ軍の騎士だろう。
うちの領主様は、きっと中央軍の何処かに居るんだろう。
ここからでは姿を確認出来なかった。
「進め! 前を見ろ! モールド軍は恐れをなして縮こまっているぞ! 進め!」
先導する騎士が良く通る声を出した。
最も前列に居る兵士達がつられて口々に叫びだす。
「モールド軍が小さくなっていく! 突撃が効いたんだ!」
そう言われてしまえば、気になるのが人の性だ。
俺も直接モールド軍を見るんだと前の兵を掻き分けて進む。
ようやく最前列に出て見れば、モールド軍の小さな横陣は中央に一塊に集まり、なるほど縮こまっているように見えた。
俺も俺もと後ろから押される圧力が高まる。
気づけば、前へと歩くスピードは速くなっていった。
一度そうなってしまえば、さっきまで恐怖で硬直して動かなかった足は止まる事はなかった。
もう止まれないんなら、一刻も早く、あの魔法陣にやられるよりも前に、モールド軍を倒すんだ。
俺はそう思った。
皆の考える事も同じだろう。
「進めぇ! 進めぇ!」
先導する馬に乗った騎士の声も軽快になって来た。
騎馬隊が再度突撃するのが見えた。
小さくなったモールド軍は騎馬隊の突撃にびくともしない。
いくらかの兵を失い、騎馬隊は横に逸れていく。
巨大な虹色の魔法陣は小動もしなかった。
いよいよ自分達で、あの魔法陣を何とかしないとならないと覚悟を決める。
「なぁ! モールド軍の中で、魔法使いっぽいのを探せば良いのか?」
「知らねぇさ。魔法を使うのは騎士だべ」
「冒険者の魔法使いは、わかりやすい格好をしてるんだどもなぁ」
「おら、魔法使いなんて見たことねぇ」
「そか、見たことねぇかぁ。街に行っても中々見ねえからなぁ」
俺の住んでいる村は東部地域でも魔物の少ない所だ。
冒険者は珍しくないが、魔法を使えるような元貴族の冒険者は寄り付かない。
行軍の音に紛れないよう、大声で隣りを歩く同じ村出身の男と話し合う。
歩兵のスピードに合わせていた先導役の騎士がこちらを振り向くが、何も言わずにモールド軍の方向に顔を戻した。
顔の角度から魔法陣を見ているのだろう。
得体の知れない不安が消えていくような感覚だった。
そうしてモールド軍との距離で、3分の1の距離を稼いだ頃だろうか。
ついに虹色の魔法陣が光の粒へと姿を変え始めた。
光の粒が、モールド軍の頭上から、俺達中央軍の頭上へと集まってくる。
どうか他の所へ行ってくれ、見間違いだと願ったが、現実は残酷だ。
人生史上、聞いた事が無いんじゃないかというくらい大きな音で、俺はゴクリと喉を鳴らした。
一刻も早くどうにかしなければと、止まろうとするが、軍と言うのは急には止まれない。
後ろからの圧があるからだ。
先導する騎士が、無言で進軍方向から横に逸れて駆けていく。
「い、言わんこっちゃねぇ」
光の粒が集まり消えた真上の青い空を見上げながら、騎士に置いていかれた俺は呟いた。
多分、中央軍の歩兵全員が真上を見上げていたと思う。
だらだらと不規則に中央軍は進軍を止めた。
「…にげろぉおおおお、逃げろおおお」
逃げるにしろモールド軍とは反対方向だと、俺は何とか後ろを振り返って声を出した。
こんな事を勝手にしたら罰で殺されてしまうのかもしれないが、見張りの騎士はもう居ないし、このままだと、確実にあの光の柱の魔法で死んでしまうのだから仕方ない。
自分でもびっくりするくらい弱々しい、か細い声が出たので、焦って繰り返す。
今度は身体の何処から出てるのかわからないような野太い声が出た。
「逃げろおおお」
16
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。
小説家になろうでも公開している短編集です。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。
そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。
しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。
そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる