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中央軍では

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本軍から出た前進の命令にロムスタ全軍が動き出した。
押し出されるように、中央軍の前衛に居る俺達も足を動かす。
東部地域から駆り出された俺達、農民兵の皆の足取りは一様に重い。
なにせ左翼の軍勢をまるまる倒した謎の虹色の魔法陣が、行く手に構えるモールド軍の頭上に展開されているのだ。
魔法にはてんで詳しく無いが、あの魔法陣が一度発動すれば、どこかのロムスタ軍の一翼が消えるのだ。
そんな恐ろしい魔法は聞いた事がない。
モールド軍に肉薄してる第5軍の騎兵は狙われないだろう。
そして消えるのは恐らく、中央や右翼軍よりモールド軍の遠くに位置する本軍ではないだろう。
ならば、消えるのは俺達の居る中央か、それとも右翼か。
見渡せば周りの兵の顔には皆恐怖の色があった。
もちろん俺もだ。
馬に乗る騎士が歩兵を鼓舞しながら隊を先導する。
見たことのない騎士だが、豪華な装備からしてロムスタ軍の騎士だろう。
うちの領主様は、きっと中央軍の何処かに居るんだろう。
ここからでは姿を確認出来なかった。

「進め! 前を見ろ! モールド軍は恐れをなして縮こまっているぞ! 進め!」

先導する騎士が良く通る声を出した。
最も前列に居る兵士達がつられて口々に叫びだす。

「モールド軍が小さくなっていく! 突撃が効いたんだ!」

そう言われてしまえば、気になるのが人の性だ。
俺も直接モールド軍を見るんだと前の兵を掻き分けて進む。
ようやく最前列に出て見れば、モールド軍の小さな横陣は中央に一塊に集まり、なるほど縮こまっているように見えた。
俺も俺もと後ろから押される圧力が高まる。
気づけば、前へと歩くスピードは速くなっていった。
一度そうなってしまえば、さっきまで恐怖で硬直して動かなかった足は止まる事はなかった。
もう止まれないんなら、一刻も早く、あの魔法陣にやられるよりも前に、モールド軍を倒すんだ。
俺はそう思った。
皆の考える事も同じだろう。

「進めぇ! 進めぇ!」

先導する馬に乗った騎士の声も軽快になって来た。
騎馬隊が再度突撃するのが見えた。
小さくなったモールド軍は騎馬隊の突撃にびくともしない。
いくらかの兵を失い、騎馬隊は横に逸れていく。
巨大な虹色の魔法陣は小動もしなかった。
いよいよ自分達で、あの魔法陣を何とかしないとならないと覚悟を決める。

「なぁ! モールド軍の中で、魔法使いっぽいのを探せば良いのか?」

「知らねぇさ。魔法を使うのは騎士だべ」

「冒険者の魔法使いは、わかりやすい格好をしてるんだどもなぁ」

「おら、魔法使いなんて見たことねぇ」

「そか、見たことねぇかぁ。街に行っても中々見ねえからなぁ」

俺の住んでいる村は東部地域でも魔物の少ない所だ。
冒険者は珍しくないが、魔法を使えるような元貴族の冒険者は寄り付かない。
行軍の音に紛れないよう、大声で隣りを歩く同じ村出身の男と話し合う。
歩兵のスピードに合わせていた先導役の騎士がこちらを振り向くが、何も言わずにモールド軍の方向に顔を戻した。
顔の角度から魔法陣を見ているのだろう。
得体の知れない不安が消えていくような感覚だった。

そうしてモールド軍との距離で、3分の1の距離を稼いだ頃だろうか。
ついに虹色の魔法陣が光の粒へと姿を変え始めた。
光の粒が、モールド軍の頭上から、俺達中央軍の頭上へと集まってくる。
どうか他の所へ行ってくれ、見間違いだと願ったが、現実は残酷だ。
人生史上、聞いた事が無いんじゃないかというくらい大きな音で、俺はゴクリと喉を鳴らした。
一刻も早くどうにかしなければと、止まろうとするが、軍と言うのは急には止まれない。
後ろからの圧があるからだ。
先導する騎士が、無言で進軍方向から横に逸れて駆けていく。

「い、言わんこっちゃねぇ」

光の粒が集まり消えた真上の青い空を見上げながら、騎士に置いていかれた俺は呟いた。
多分、中央軍の歩兵全員が真上を見上げていたと思う。
だらだらと不規則に中央軍は進軍を止めた。

「…にげろぉおおおお、逃げろおおお」

逃げるにしろモールド軍とは反対方向だと、俺は何とか後ろを振り返って声を出した。
こんな事を勝手にしたら罰で殺されてしまうのかもしれないが、見張りの騎士はもう居ないし、このままだと、確実にあの光の柱の魔法で死んでしまうのだから仕方ない。
自分でもびっくりするくらい弱々しい、か細い声が出たので、焦って繰り返す。
今度は身体の何処から出てるのかわからないような野太い声が出た。

「逃げろおおお」

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