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約束の時

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七色の魔法陣を維持させながらも、必死にロムスタ軍からの魔法に耐える。
大規模な宴会芸には、下準備が必要不可欠だ。
精霊たちはやんややんやと騒いでいる。
我々が七色の魔法陣を出してからは、敵の魔法の弾幕は途端に少なくなっていた。
しかし、ハリボテの光の膜に諦めた敵兵も居るが、強力なファイアランスを唱えてくる魔法使いは諦めないようだ。
防御魔法担当の騎士たちの顔色は優れない。

「このままでは不味いな、少々早いが始めるとしようか。頼めるかアーロン騎士団長」

「…この命に変えましても」

「頼むぞ。皆のもの! 次の段階に進むぞー!」

「「応ッ」」

私の掛け声と共に、頭上の七色に輝く魔法陣がいつくもの光の粒に姿を変え、遥か上空に飛んで一つに集っていく。
光の粒がいくつかに分かれているのは、魔力の負担を分担するためだ。
ロムスタ軍の兵士を見ると、何が起こったのかわからないのだろう。
皆一様にポカーンと口をあけ空を見てている。

「声に合わせろぉ! 光の柱!」

「「光のッ柱ッ」」

声に合わせて一筋の光の柱が敵ロムスタ軍に突き刺さる。
少しでもズレたら違和感を持たれるために、タイミングが命の演出である。
光の柱に攻撃力は伴っておらず、光量もさほど高くなく、魔力節約のために柱の中はがらんどうだ。
中に居る敵兵士達からは、柱ではなく、光の壁に見えるだろう。

「光の柱を広げるのに合わせて、霧を出せぇ!」

「「応ッ」」

今も徐々に大きくなっていく光の柱の輪郭がぼんやりと視認し難くなっていった。
光の柱内に霧を発生させているのだ。
霧は視界を悪くし、触媒として、作戦の要であるアーロン騎士団長の精霊の魔法を増強する効果があった。
霧の魔法の前準備にもっと湿気を集める予定があったが、霧は足りるのだろうか。

「良しッ。柱の大きさは敵左翼の過半を包み込んだぞ! そのまま広げろ! 行くぞ、突風と鐘の音!」

「「突風ッ! 鐘の音ッ!」」

標的となっているロムスタ連合軍左翼の四分の三が光の柱に包まれると、風の魔法を使える精霊たちが協力し、突風と甲高い鐘の音を起こす。
七色の魔法陣というハリボテ魔法に実体を与えるための演出であった。
熱を伴った爆風では威力の規模の小ささが看破されかねないため、爆風を冷たい風と鐘の音に変えている。
見た事も、聞いた事もない、得体の知れない大きな物が、音と衝撃を伴うならば、人はきっとそれに恐怖するのだから。
ふと気づけば、強力な魔法を連発していた敵の切り札であろう魔法使いは、左翼軍を包む光の柱を見て、ついに諦めたのか、攻撃するのをやめていた。
無理をしてでも、早めに光の柱という『魔法』を発動して正解だったと、私はほくそ笑んだ。
諦め、絶望に染まっていろ、敵の切り札たる魔法使いよ。
後は仕上げだ。
頼むぞ、アーロン騎士団長。

 ☆ ☆ ☆ ☆

私の名はカームベルト子爵。
モールド伯爵と戦うロムスタ伯爵の率いる連合軍に参加しており、左翼の軍勢の一角に居る。
自らが望んだ戦いでは無かったが、東部貴族の多くは中央の雄ロムスタ伯爵に逆らえない。
私もそんな東部の一貴族だった。
下手をすれば王家への反逆罪にも問われかねない規模の連合だったが、ロムスタ伯爵に強要され出兵。
ロムスタ伯爵の人質となっている我が息子のアイゼンも、きっとこの戦場のどこかに居るのだろう。
学生時代から優秀な子だったので如才なくやってるハズだ。
しかし、この戦いの結果、東部貴族がロムスタ伯爵の言いなりになる時代は終わりを迎える事になるだろう。

開戦の合図ともなる魔法の行使は、巨大な物量となって、モールド伯爵の軍勢に襲いかかる。
各軍にはロムスタ伯爵の監視役が来ているので、露骨にサボる訳にはいかない。
もっとも、モールド伯爵軍の前に、突然現れた光の膜の防御魔法が魔法を防ぎ出した所で、多くの者が諦めたように手を抜いた。
モールド伯爵の軍勢が無事でほっとした瞬間だった。
やはりあの軍勢は特別なのだ、魔法の弾幕も効きはしない。
監視役は怒鳴っているが、魔力には限度がある。
効かないと解って魔法を撃つ奴などいない、見れば他の領主達も同じなようだ。
やがて、モールド伯爵軍の七色の魔法陣が発動すると、魔法陣は光の粒となって天高く登っていく。
ついに、この時が来たのだと、私の確信は深くなる。
ぼんやりとした光量の光の柱…、いや場所によっては光の壁が我々左翼軍の周りに突き立った。

「なんだこの光は!」

ざわざわと兵士たちの不安なざわめきが一気に広がる。
光の柱は大きさを広げ、我々を包囲するような巨大な壁へと変わっていく。
気づけば辺りに霧が立ち込め始め、視界は途端に悪くなり、いっそう兵たちの不安は募ったようだ。
やがて、運命の時は訪れる。
カランコロンとかん高い鐘の音が天から鳴り響き、頭に直接人の声が響いてくる。

『約束の時は来た。約束を果たせ』

「な、なんだ? 人の声? あ…頭がぼんやり…する」

平民の兵士達が膝を崩して倒れ始める。
空からは神聖な気配が圧となって降り注ぐ、強力な範囲睡眠魔法だ。

「何だ! 何が起こっている!」

監視役の騎士が怒鳴る。
ただし、魔法抵抗に優れる貴族階級が魔力を大きく失っていなければ、通るほどではなかった。
それは、私と同じくロムスタ伯爵から遣わされた監視役の騎士も同じだ。
私はスラリと剣を抜く。
霧で視界は悪く、遠くまで見渡せないが、きっと他の東部領主も私と時を同じくして剣を抜いていることだろう。
モールド伯爵と約束した時間は決まっている、早く動かなければ。

「グッ。き、貴様ぁ!」

光の壁に狼狽し、油断している監視役の騎士の背中から剣を斬りつける。
しかし、角度が悪かったのか傷は致命傷に届かなかったようで、監視役の騎士は反撃してきた。
片腕を斬りつけられ、己の不甲斐なさを嘆くが、時間は待ってくれない。
せめて私に息子アイゼンの半分の腕前もあれば良かったのだが。

「…ロムスタ伯爵の時代を我々の手で終わらせる時が来たのだ! 私に倒されろ、ロムスタ伯爵の犬め!」

「…老いぼれめ! その腕で何が出来る!」

私の命に変えても、新しい時代の扉を開かねばならない。
本来両手で持つハズの剣に、片手で力を思い切り込め、震えながらも振り上げる。
監視役の騎士は私の非力さを見てニヤリと笑った。
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