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その頃、モールド伯爵領の執務室では

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連日の秘薬漬けで、書類仕事がようやく少し片付き始めた頃、王都へ行った愛娘のマリアから手紙が届いた。
私が執務机で書類のツインタワーに挟まれ、黙々と仕事していると、ノック音がする。
いつもなら書類仕事を手伝う右腕のロッゾは、マリアについていっているので執務室は静かだった。

「入れ」

「失礼します」

コツコツという足音の後に、ペタペタと足音が続く。
そして、私のこめかみからピキピキと音がした。

「ご当主様、王都のお嬢様からお手紙が届きました!」

執務室へ入ってきた赤髪の騎士が敬礼をする。
マリアが連れて来た元孤児のバッシュだ。
マリア親衛隊の面々は、いずれも私に劣らぬ強者だが、新人の騎士らしく小間使いをしている事が多い。
そのバッシュの足元には、小さな羽のついている黄緑色のトカゲがいる。
実体化したバッシュの精霊だ。

今、多くの騎士が精霊の実体化に成功しつつあり、モールド伯爵領では、精霊の実体化を普段使いをする事によって、練度を上げられないか試している最中だ。
中、私と言えば、トータスの住んでいる大剣を執務室に持ち込むのが禁止されてから、まともに精霊の実体化を練習出来ていない。
そう思えば、自然と眉間にシワが寄ろう物だ。

「…ご苦労」

眉間を揉みながらマリアからの手紙を受けとる。
なになに。
 
──拝見、お父様。


「ふむ。邸宅の件で商人ギルドが敵対したのか」

マリアの手紙の内容には、モールド伯爵家が、家格に相応しい邸宅を買うことを、商人ギルドが邪魔してきた事。
そして、商人ギルドに対して、どのような対応をしたら良いかの相談だった。
そして、別の手紙には、我がモールド伯爵家に紹介されなかった邸宅の元持ち主のリストが添えてある。

「ロムスタ伯爵との敵対に、まさか王都の商人ギルドまで関わるとは」

邸宅の元持ち主のリストを見れば、ロムスタ伯爵に潰されるか、賠償金で邸宅を手離す羽目になった東方地域の貴族が多い。
この東方地域には、我がモールド伯爵領も入っている。
東方地域の貴族群は、本来なら中央貴族のロムスタ伯爵と敵対しているハズなのだが、戦争を吹っ掛けられ、金と人質をとられ、ロムスタ伯爵の手先と成り果てている家が多かった。
だが、その関係につい最近ヒビが入る出来事があった。
その出来事とは説明するまでもないだろう。
我がモールド伯爵家がロムスタ伯爵を打ち破ったのだ。
今なら、ロムスタ伯爵よりも、モールド伯爵側につく貴族もいるのではないだろうか。

「妻と相談して決めねばな」

正直、貴族付き合いは私より妻の方が得意だ。
妻の判断に任せる方が良いだろう。
いや、単に商人ギルドへの報復だけなら、ロムスタ伯爵と関係なく、リストにある貴族に根回ししてしまえば良いのではないか?
しかし、バレてしまえば、間違いなく報復されるような事を、商人達の集まりごときがよくもやった物だ。
それとも、商人ギルドの連中はバレないと高を括っていたのだろうか?


⭐  ⭐  ⭐  ⭐


妻と相談して、リストにある貴族に、ウチに王都の邸宅を売りたくない理由が何かあるのか、無いのであるならば、ウチと連名で商人ギルドと内務卿に抗議して欲しい事。
そして東方地域で、もしもロムスタ伯爵と事を構えるなら、モールド伯爵軍が援軍に行っても良い旨を手紙で送る事にした。
ロムスタ伯爵と捕虜交換の交渉が進んでいない今、 人質としてロムスタ伯爵に差し出したハズの身内が先の戦いで捕虜として、モールド伯爵領に残されたままの貴族もいる。
妻が言うには、商人ギルドの件はモールド伯爵領が東方地域の雄とのしあがるのに、絶好の機会らしい。
私は今、貴族としてのしあがるよりも、私の精霊であるトータスの実体化を練習したいのだが…。
どうやらモールド伯爵家は、まだまだ忙しくなりそうだ。
私が精霊の実体化に時間を取れるようになるのは、いつになる事やら。

待っていろトータス。

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