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精霊魔法

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雪を片付けられた直径30mほどの柵で囲まれた練兵場。
そこでは屈強な男たちがうめき声を挙げながら、死屍累々と横たわる。

「いっそ殺してくれェ…」
「これ以上は無理だ、無理なんだ」
「お師匠様…、アンタァいつもやりすぎです」

私が王立学園に向かう前の最後の調練は、やっぱり見慣れたいつもの光景だ。

「みんなのレベルもようやく充実してきた気がするわ。あと、足らない物は、と」

私は頬に手をあてながら、モールド伯爵軍に足らない物を考える。
やり残した事はないかしら。

「飛び道具が結局見つからなかったわね」

「遠距離での攻撃については報告がございます」

私の呟きに答えたのは、モールド伯爵家に仕えてくれている執事のロッゾだ。
ロッゾの隣にはアーロン騎士団長もついてきている。
ロッゾがアーロン騎士団長に目で挨拶する。
すると、アーロン騎士団長は胸をはって、半透明な精霊を大剣から実体化させて肩においた。
アーロン騎士団長の精霊は、太った二足歩行のカモノハシみたいな動物だ。

「モモン。水のつぶてを出してくれ」

アーロン騎士団長の精霊は力強く頷くと、両手を目の前に挙げる。

ぽちゃん

水の玉がアーロン騎士団長の目の前に現れて、真下に落ちた。
アーロン騎士団長を見て、首をかしげるカモノハシみたいな精霊。

「モモン…? 前に飛ばすのだぞ?」

カモノハシみたいな精霊は、なるほどと手でジェスチャーする。

「待って。精霊って魔法を使えるの?」

「使える属性は精霊の種族よって限られれるようです。モモンの属性は水属性で練習によって威力は向上中です。お嬢様に言われた遠距離の攻撃、目処がたちました」

したり顔でアーロン騎士団長が答える。
私は自分の精霊であるラテを石ころサイズで手のひらに出す。

「ラテ? あなた精霊は魔法を使えないって言ってたわよね?」

「精霊、魔法使エナイ」

「では、アーロン騎士団長の精霊が特別なの?」

「アレ、魔法ジャナイ。精霊、直接自分ノ属性ニ語リカケルダケ」

「…わかったわ。魔法じゃなかったのね。ラテ、あなたの属性は何なの?」

「オレ、岩ノ属性」

「岩? 土じゃないの? 魔法は六元素しかないのよ?」

「六元素、ヒトガ勝手ニ決メタ物。岩属性、精霊ガ元カラ知ッテル物」

「なんてこと…」

この世界の常識では、風土火水の四大元素に、レアな光と闇の元素をあわせて六元素が魔法の属性の全てである。
魔方陣を使う魔法では、対応する属性の紋様と魔術式を組み合わせる。
しかし、属性がそもそも間違ってるとなると、それは、これまでの魔方陣の常識が覆るかもしれない情報だった。

「じゃあ、ラテ。私に一度、岩属性の攻撃を見せてくれるかしら」

「ナニニドウ攻撃スル?」

「…そんなに選択肢のある魔法なのね」

「魔法ジャナイ。属性ニ語リカケルダケ」

私はアーロン騎士団長とラテのもたらした情報に頭を抱えた。

「便宜上、精霊が属性に語りかける魔法を、精霊魔法と呼ぶ事とします。ラテは石のつぶてで修練場の壁を攻撃しみてください」

「ジャア、マリアノ魔力モラウ」

練兵場の一角には、モールド伯爵軍には殆ど使える者はいないが、魔法の練習用に壁が立っている。

魔力を少し吸われる感覚がした後、ラテはゆらゆらと揺れながら拳大の石を発現させた。
そして、魔法の練習用の壁に向かって結構な勢いの速度で、発現させた石を飛ばした。

ドゴッ

ごつい音と共に、石が壁に突き刺さる。
ラテの石つぶては、当たれば人が死ぬ威力だった。

「ラテ殿は精霊魔法…? が得意なようですな。モモン! 同じように壁に向かって水のつぶてを放つのだ」

カモノハシのような精霊は水のつぶてを発現させると、ピヨピヨと飛ばしてパシャっと壁を濡らした。
アーロン騎士団長はにこりと笑い、カモノハシのような精霊の頭を撫でる。

「お嬢様、精霊魔法はモールド伯爵家内のみで使い、他には秘匿すべきかと」

深い青色のオールバックの髪型をした執事のロッゾが静かな声で私に話しかける。
精霊魔法は貴族全体の権威を揺るがしかねない発見だった。
貴族階級では、魔法は主に武力の象徴として使われるからだ。

「お父様が決めるべきだわ。お父様には精霊魔法を知らせているの?」

「お伝えしたところ、旦那様はご自分の精霊の実体化の訓練でいっぱいいっぱいなので、お嬢様に一任するとの事です」

「…秘匿するかは、威力と使える人数次第だわ。騎士団では他に誰が精霊魔法に成功したのかしら?」

「精霊の実体化に成功した数名の騎士は、威力はお嬢様の精霊とは違えど、全て精霊魔法の発現に成功しています」

ロッゾに確認を取ると、アーロン騎士団長が続いて報告をしてくる。

「精霊魔法の威力は練習次第です。うちのモモンは、最初は水つぶてを真っ直ぐ飛ばすことも出来なかったのですから」

アーロン騎士団長は誇らしげな顔だ。
恐らく将来、モールド伯爵家の精霊たちは、ラテの石つぶてに似たような威力の精霊魔法を使えるようになるのだろう。
いや、練習次第ならば、威力に上限はないかもしれない。

「秘匿しつつ精霊をもつ騎士全員に練習させましょう。精霊魔法はモールド伯爵家の特別な象徴になり得るわ」

「承知つかまつりました」

ゴクリと喉をならして逡巡した後、返事をしてロッゾは丁寧に私に礼をする。

「それと、旦那様から、お嬢様の調練が終わり次第、執務室に来て欲しいと言付けを授かっております」

「わかりましたわ、今行きます。ところでロッゾ、あなたは精霊魔法に成功したの?」

私の問いにロッゾは僅かに口角を上げて答えた。
彼の胸ポケットから、木葉の傘を持った小人がこちらを覗く。
その精霊は実体化していた。

「モールド伯爵家を守る執事として、当然の務めですので」
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