当たり屋

夢人

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複層8

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 まだ痛みが残っている。朝病院に行って包帯を変えてもらう。昼には梅田のホテルの喫茶ルームに変装して行く。審査部長と会うことになっている。少し髭を濃い目に付けて鏡を見る。久しぶりにゆっくり自分の顔を見てずいぶん痩せたと思った。体重もあの頃は72キロあったが今は60キロを割るところに来ている。
 既に審査部長はスーツ姿で日焼けした顔で窓際に座っている。周りに怪しい人は見当たらない。彼もこの内容の話で誰かを連れてくることはなさそうだ。牙は鞄を手に前の席に座る。
「誰だ?」
「花田に昔世話になったものだ」
 昔の社長だとは気づかぬようだ。倒産の片棒を担いだ男だが今更憎しみはない。
「映像は見たな?」
「条件は月末の10億の融資を止めろと言うことだが?何だかそう言うことがあった記憶があるが?」
 牙はそれには答えないで、
「この映像は花田のパソコンの中にある。だがこちらが公表しないとしても花田が公表したらと言うことが心配なはずだ」
 今度は審査部長が黙る。
「花田のパソコンのファイルは凍結させた。それは信用してもらうしかない」
と言って急に牙は審査部長のネクタイピンを取り上げた。やはり盗聴器が仕込まれていた。
「もちろん強引に融資を止めれないだろう?」
と鞄から封筒を出してくる。審査部長はそのコピーを見ている。
「これは本物か?」
「花田のパソコンに入っている粉飾の月次決算だ。だが疑惑程度で止めて置いてほしい」
 牙の中でも潰すのかどうかまだ決めていない。これを止めることで美貴ともう一度ぶつけようと思っている。恐らく美貴は10億内入れの不履行で動くはずだ。ここから何かが見えると牙は思っている。
「やはり粉飾をしていたのか?」
「だが元はいい会社だった」
 つい本音が出た。
「分かった」
と言うとゆっくり立ち上がった。









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