夢追い旅

夢人

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舞踏会

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 目が店の暗さに慣れてきたのか、前にいる少女の顔が見えた。まだ中学生くらいにしか見えない。
「金はある」
 財布を開いて中身を見せる。
「見せ金やないやろな」
 あっという間に財布が抜き取られる。
「聖徳太子がずらり5人ならんどる」
「戦利品!」
「だめよ。これは私が預かるわ」
 あっという間に、財布が彼女の手の中に。周平は手品を見ているように、少女の手の中の財布を見ている。
「板垣君はいるかな?」
 後ろから声がかかる。
「留守みたい。伊藤さんは在宅よ」
「伊藤君だけで、今日の舞踏会は参加できる」
「まだ 水割りは飲める?」
 夢を見ているのだろうか。
「では始めるとするか」
 うなぎの寝床のような狭いスペースに、マント姿の年寄りが立っている。声の張りに似つかわしくない。古めかしい音楽が聞こえてくる。この曲は確かに叔母の部屋で何度も聞いたことのある曲である。やはり!夢を見ている。男の顔が急に周平の前に迫る。鼻だけが異常に大きい。顔の半分は顔なのである。顔もまた大きい。六頭身、いや五頭身だ。マントはよく見ると薄汚れたカーテン?ランニングにパンツといういでたちなのである。
 少女は素早くカウンターのグラスを下げる。どうも舞踏会の何たるかを知っているようである。周平も慌てて、グラスを手元に運ぶ。いつの間にか、カウンターに花柄のパンツに半裸の青年が、1本の花を持って座り込んでいる。マントの老人が難解な詩を朗読する。
「これは昔々の話です」
 青年は口をパクパクしているだけで、少女が話している。周平はぼんやりと少女の目を見ている。これはどうしても少女の目ではない。恋の苦しみもすべて飲み込んだ瞳である。その黒玉が、話をしながら笑う時にくるくると回転するのだ。すでに 少女の言う舞踏会の幕は落とされたようである。暗がりのカウンターに人の顔か何人も浮かんでいる。
 どれほどの時間がたったのか、青年は花柄のパンツまでも脱ぎ去って、カウンターに仰向けに倒れたまま、まことに無様に足をばたつかせている。少女はまるで風景を見る目で、青年の亀さんの上に帽子をかぶせる。その帽子が生き物のように動き出す。青年は、それに合わせるように指先や足先まで巧みに動かす。鼻の男も負けていない。像のように耳たぶをひらひら動かすのである。これは少女の言葉の糸に操られているようだ。






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