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【47:秋月祐也は勉強する】

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 次の土曜日、つまり俺が料理教室の講師をするはずの日がやってきた。

 その日は朝から由美子先生が、来週からはテストが始まるから今日から試験が終わるまで、バイトは休んで試験勉強をしろと言ってきた。

「大丈夫だよ。試験勉強はちゃんとやるよ。だって講師の方も俺の手があった方がいいだろ?」
「何を言ってんのよ祐也。前回、一年生の学年末テストの時は、試験勉強したいからバイトは休ませてくれって言ってたくせに」

 確かにそうだった。俺は試験勉強をしないで良い成績を取る自信なんてないから、なんだかんだと言って、前回はバイトを休ませてもらったんだった。

「あ、いや……あれは学年末だから気合を入れなきゃいけないってことで……」
「こら祐也。いくら日向ちゃんが来るからって、会いたいのはわかるけど、ちゃんと試験勉強はしないとダメでしょ!」
「いや、日向は関係ないよ。」
「それならなおさら、今日は講師は休んで、試験勉強をすること! 日向ちゃんって成績トップなんでしょ? あんたもちゃんと勉強しないと、日向ちゃんに見限られるわよ」
「勉強するのも日向は関係ないって。俺は自分で自分のために勉強をするだけだ」
「それならいいけどねー」

 俺はそうは言ったものの、やはり日向にテストで恥ずかしい姿は見せたくないという気持ちがあるのは確かだ。母はにやにやしていて、完全に見透かされていることが悔しい。

 それに日向があれほどの努力家だと知って、やっぱり俺も色々と頑張らないといけないという気持ちも起きている。

「日向ちゃんは特訓ももう終わりだし、今日からは他の生徒さんと一緒のメニューをするから、あんたが居なくても大丈夫だからね」
「ああ。それはわかってる」

 それにしても、中間試験直前のこの時期に、そもそも日向は料理教室に来るのだろうか? 試験勉強をするために、休むのではないだろうか?


◆◇◆◇◆

 その日の俺はずっと自宅二階の自室で机に向かって試験勉強をしていた。
 最初はちょっと集中できずに部屋の片付けなんかをしていたけれども、そのうち勉強に没頭することができた。

 しかし料理教室の真上が自分の部屋になっているので、昼の部の教室に来ている生徒さんの声だろうか、会話の内容まではわからないのだけれども、時々何となく教室からの声が聞こえてきて集中が途切れたりした。


 夕方になってちょっと息抜きに一階に降りて、キッチンで冷蔵庫からお茶をコップに注いだ。
 そろそろいつもなら日向がやって来る時間だけど、今日は来ているのだろうか。

 少し気になって料理教室につながる扉の前まで来て耳を澄ますと、日向の声が聞こえた。
 試験直前の時期にも関わらず、日向は料理を習いに来ている。
 成績の良い彼女にとっては、中間テストなんてわざわざ気合を入れて準備をするほどのものではないのかもしれない。

 ──この扉の向こう側には日向がいる。

 そう思うと、何となく顔を見たい気もしたけれども、母と約束をした手前もあるし、何よりもしっかりと頑張るためにも顔を見せるのはやめて、自分の部屋に戻ることにした。

 変に日向の顔を見るよりも、その方が勉強に集中できる気がする。
 料理教室が終わったらそこで作ったものを夕食として部屋に届けてくれると母が言っていたから、それまで集中して勉強をしよう。

 そう考えて部屋に戻り、国語の教科書を開いて読み始めた。

 しばらくは勉強に集中していたのだけれども、料理教室の方から女性の笑い声のようなものが聞こえて、集中力が切れた。

 ──楽しそうだな。日向かな。

 机から顔を上げて何気なく部屋の天井を見上げると、頭の中に日向の笑顔が思い浮かんだ。
 日向の顔が見たい……気がする。

 ──あ、いや。何を考えてるんだ俺は。頑張ると決めたじゃないか。さあ、勉強、勉強!

 机の上に視線を戻すと、ふと国語の辞書が目に入った。さっきから何度か使っている辞書。それを手に取ってパラパラとめくる。
 
 そう言えば、雅彦が言っていたあの言葉。この辞書には何と書いてあるんだろうか。そう思って、その単語を探してみた。

 【恋】『人を好きになって、会いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ち』

 雅彦が言っていたのと同じ説明だ。アイツはこの辞書のことを言っていたのか。

 日向の顔を見たいと思ったということは、俺は日向に会いたいと思っている……?
 いや、まさか……
 俺は……日向に恋なんかしていない。
 
 ちょっと顔を見たいと思ったのは、彼女が失敗しないで調理をしているか、友達として気になっただけだ。

 ──俺は決して、恋なんかしていない。
 してはいけないんだ。

 日向のような女の子に恋をする資格があるとしたら、それはきっと小宮山のような男であって俺ではない。

「あ……」

 何をしているんだ俺は。気が付いたら、その言葉をシャープペンでぐるぐると囲っていた。そうしようと明確に思ってやったわけじゃないのに。

「ああっ、もう! 集中できない!」

 一人でいるのに、誰に当たっているのか。自分でもよくわからないけど、そんなセリフが口から出ていた。

 科目を変えようと、辞書を机の横のサイドテーブルの上に置いて、今度は数学の教科書を引っ張り出した。

「さあ、数学だ!」

 数字を見て論理的思考をしていると、少し頭が冷めて冷静になれるような気がする。そうして俺は、数字の問題を解くことに没頭した。

◆◇◆◇◆

 部屋の扉がコンコンとノックされた。チラッと視線を上げて時計を見ると、もう19時を過ぎている。
 知らぬ間に数学の問題に没頭していて、もうこんな時間になっていた。

 料理教室も終わった時間だし、母が食事を持ってきてくれたのだ。
 俺は集中力を切らしたくないから解きかけの問題に向かったまま、「どうぞ。開いてるよ」と答えた。

 ガチャリと扉が開く。

「ああ、そこ、置いといて」

 俺は頭では数学の問題を考えながら、机に向かったまま左手だけでサイドテーブルの上を指差した。

 足音が近づいて、サイドテーブルの前まで来た。

「あの、これ……よけとくね」
「ああ」

 ──と返事をしたものの、何かおかしい。母の声ではない気がしたし『これ』ってなんだろう?

 サイドテーブルがある方を振り向いた。
 するとそこに立っていたのは母ではなく──

 片手には食事を載せたトレー。もう片方の手には国語辞典を持った日向だった。
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