上 下
46 / 83

【46:小宮山純一郎は日向に声かける】

しおりを挟む
「へぇ、春野さんってそんなに料理が上手なの?」

 俺と雅彦が昨日の調理実習での日向の料理について話をしていたら、突然横から男子が声をかけてきた。


「おう、小宮山。そういやお前、昨日休んでたな。風邪だっけ?」
「ああ。調理実習があるから、みんなにうつしちゃいけないってことで大事をとって休んだけど、もう大丈夫だ」
「そっか。さっきの話だけど、春野の料理は見た目がめちゃくちゃ旨そうだったぞ。クラスの中でもダントツだ。俺は食ってないけど」
「へぇー やっぱ春野さんって凄いねぇ。なんでもできるんだなぁ」

 そう言う小宮山は日向と成績トップを争う秀才で、背が高く切れ長の目をした知性派イケメン。
 父はなんでも国会議員らしくて、彼も将来は政治家を目指していると聞いたことがある。彼がサラブレッドと呼ばれる所以《ゆえん》だ。

 間違いなく学校イチのハイスペック男子で、当然のごとく女子からめちゃくちゃ人気がある。
 だけどそれを鼻にかけることはなく、気さくで誰とも親しく話をするナイスガイなヤツだったりする。
 つまり、俺とは対極の存在とも言えるだろう。

 小宮山は雅彦とそれだけ言葉を交わすと、すぐに立ち去っていった。

 ──と思ったら、なんと友達数人と一緒に雑談をしている日向のすぐ横まで歩いて、日向に声をかけた。

「春野さんの料理、昨日見れなくて残念だったよ。めちゃくちゃ上手なんだって?」

 日向と、その横に座ってる高城が、急に何事かと声の主を振り返った。
 きっと高城は『日向に気軽に話しかけるな』とか言い出すと思うと、ひやっとする。

「ああ、小宮山君。そうだよー 日向、めちゃくちゃ料理が上手なんだ!」

 なんと。意外にも高城は、ニコニコして小宮山に答えている。

「そうだ、日向。今度小宮山君に、手料理を披露したら?」
「えっ……?」

 日向が驚いて、焦った顔をしている。

「ちょっと千夏……なんてことを言うのよ? そんなレベルじゃないんだから、やめてよ」
「高城さん。春野さんが困ってるみたいだから退散するよ。春野さんの料理があまりに絶賛されてたから、凄いねってひと言《こと》言いたかっただけだから」

 それだけ言うと小宮山は爽やかな笑顔でさっと片手を挙げて、どこに行くのか、颯爽と教室の外に去っていった。
 その時たまたますぐ近くに立っていた別の男子が、日向と高城に向かって話しかけた。

「じゃあ春野さん、僕に手料理作ってよ」
「えっ? あ……いや……」

 日向が口籠っている横から、高城が小宮山の時とは打って変わってつっけんどんな声で言い返す。

「はいはい。そんなことはできません。帰った帰った」
「ええーっ?」

 その男子は残念そうな顔をして、とぼとぼとした足取りで離れていく。

「高城のヤツ……選別してやがるな」

 雅彦が苦々しい顔をしている。

「ん? 何を?」
「イケメンだからなのか、サラブレッドだからなのかわからないけど……小宮山がいい男だから拒否するどころか、春野と仲良くさせるようなことを言ったんだよ、たぶん」
「そんなバカな。小宮山は単に高城の好みの男なんじゃないのか?」
「俺の勘では、今までも高城の行動は、春野が接する男を選別してるような気がするなぁ……」
「そんな……高城にいったいなんの権利があって?」
「そんなの俺にもわからないよ」

 雅彦が言うことは事実とは思えないが、さっきの高城はそうとも捉えられる態度ではあった。
 日向が誰と仲良くして誰と仲良くしないなんて、もちろん日向自身が決めることであって、他人がとやかく言うことではない。

 ──とは言うものの……
 確かに小宮山は超ハイスペック男子で、我が校で唯一日向とバランスが取れる男だという気はする。

 日向自身はどう思っているのだろうか。
 ……なんて思いながら日向を見たら、高城に対して「そういうことはやめて」とか文句を言ってるようだった。

「そんなことより祐也」
「ん? 何?」
「来週から中間テストだな。どうだ調子は?」

 雅彦の言葉に、急に現実に引き戻された思いだ。調理実習のことで頭がいっぱいで、テストのことなんてすっかり後回しにしていたけど、もう5月も下旬なんだからそんな時期だ。

「あ、まあ……ぼちぼちかな」
「そっか。祐也は一年の時はそこそこ成績良かったからなぁ……俺も二年では頑張ろうと思ってる」

 一年生の時の俺の成績は、200名余りが在籍する学年で30位台だった。
 雅彦が言うようにそこそこ良い方だとは思うが、それはかなり試験勉強をがんばった上での話で、正直言って二年生では成績が落ちるのではと不安に思っている。

 一方の雅彦は下から数えた方が早い順位なので、確かに頑張らないといけない。けれども一年の時の雅彦はそんなことを言ったことがなかったので意外だ。

「へぇ。雅彦にしては珍しいことを言うな」
「あ、いや……アマンがさ。いい加減ちゃんとやれってうるさいんだ」
「ああそうか。亜麻ちゃんはベスト10に入るような成績だもんな。ちゃんといい成績を取らないと、お前捨てられちゃうぞ、あはは」

 冗談で言ったつもりなのに、雅彦は「そうなんだよなぁ……」と深刻な顔をしている。
 ──おいおい、本当にヤバいのか?

「まあ雅彦。お互いにがんばろうな」
「ああ、そうだな」

 俺も……学年トップの日向に呆れられないように、そこそこは良い成績を取らなきゃいけないな……
 あの小宮山は2位で日向とトップを争っているんだし……

 ──あ、いや。小宮山は何の関係もない。
 なのに、ふと小宮山のことが頭に思い浮かぶなんて、俺はどうしたんだろう。
 俺は俺のベストを尽くすことが大切なんだ。

 そんなことを思いながら、雅彦とお互いに苦笑いを交わす俺たちであった。


◆◇◆◇◆

 それから一日置いて、次の土曜日、つまり俺が料理教室の講師をするはずの日がやってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

◆妻が好きすぎてガマンできないっ★

青海
大衆娯楽
 R 18バージョンからノーマルバージョンに変更しました。  妻が好きすぎて仕方ない透と泉の結婚生活編です。  https://novel18.syosetu.com/n6601ia/ 『大好きなあの人を一生囲って外に出したくない!』 こちらのサイトでエッチな小説を連載してます。 水野泉視点でのお話です。 よろしくどうぞ★

大事なあなた

トウリン
恋愛
弱冠十歳にして大企業を背負うことになった新藤一輝は、その重さを受け止めかねていた。そんな中、一人の少女に出会い……。 世話好き少女と年下少年の、ゆっくり深まる恋の物語です。 メインは三部構成です。 第一部「迷子の仔犬の育て方」は、少年が少女への想いを自覚するまで。 第二部「眠り姫の起こし方」は、それから3年後、少女が少年への想いを受け入れるまで。 第三部「幸せの増やし方」はメインの最終話。大人になって『現実』が割り込んできた二人の恋がどうなるのか。

チョコに添えて【完結版】

刹那玻璃
恋愛
ある少女からのバレンタインチョコに添えられた封筒。 彼女と受け取った少年の初恋と成長の物語です。

ネットの友達に会いに行ったら、間違ってべつの美少女と仲良くなった俺のラブコメ

扇 多門丸
青春
 謳歌高校に通う高校2年生の天宮時雨は、高校1年生の3学期、学校をサボり続けたせいで留年しかけた生徒だった。  そんな彼の唯一無二の友人が、ネットの友達のブルームーン。ある日、いつも一緒にゲームをするけれど、顔の知らない友達だったブルームーンから「ちかくの喫茶店にいる」とチャットが来る。会いたいなら、喫茶店にいる人の中から自分を当てたら会ってやる。その提案に乗り、喫茶店へと走り、きれいな黒髪ストレートの美少女か?と聞いた。しかし、ブルームーンからは「違う」と否定され、すれ違ってしまった。  ブルームーンが黒髪の美少女だという推測を捨てきれずに過ごしていたとき、学校の使われていない音楽室でピアノを弾いている、そいつの姿を見つけた。

ぷろせす!

おくむらなをし
現代文学
◇この小説は「process(0)」の続編です。 下村ミイナは高校2年生。 所属する文芸部は、実はゲーム作りしかしていない。 これは、ミイナと愉快な仲間たちがゲーム作りに無駄な時間を費やす学園コメディ。 ◇この小説はフィクションです。全22話、完結済み。

リセット

桐条京介
青春
六十余年の人生に疲れた男が、ひょんなことから手に入れたのは過去へ戻れるスイッチだった。 過去に戻って、自らの人生をやり直す男が辿り着くゴールは至上の幸福か、それとも―― ※この作品は、小説家になろう他でも公開している重複投稿作品になります。

あの空の向こうへ

中富虹輔
青春
 新しい学年。新しいクラス。二年生に進級した彼を待っていたのは、一人の女子との出会いだった。  彼女は問う。「どうして、絵をやめちゃったの?」  描かれなかった一枚の季節。止まってしまった時間は、また、動き出すのだろうか。

◆君と一緒にいられたら…〜青海透の恋愛事情

青海
恋愛
 こんな自分が誰かを愛することができるのだろうか‥。    人は誰かと出会い変わるー。 【妻が好きすぎてツライ】はこの後の話です。

処理中です...