上 下
38 / 83

【38:春野日向は称賛される】

しおりを挟む
 こちらのグループもハンバーグを煮込み終わり、佐倉がお皿に盛り付けをし始めた頃、突然後ろの日向のグループから、男子の「おおっ……」というため息交じりの声が聞こえた。

 振り返ると日向が盛り付け終わった煮込みハンバーグのプレートを、同じグループのメンバーの前に一つずつ配っている。その出来映えを見て男子が声を上げたようだ。

 日向のグループの調理台を見ると、美しい盛り付けのプレートが目に飛び込んできた。

 中央にハンバーグ。そして赤と緑の色が映えるように、付け合せの人参とインゲンが立体的に上手く配置されている。

 ──おお、素晴らしい出来だ。

「す……凄いな春野さんの料理。まるで高級料理店みたいだ……」
「ほ……ホントだ……」

 二人の男子はぐるっと調理室中を見回して、他のグループの出来映えと見比べた。
 まだまだ盛り付けまで進んでいるグループは少ないけれど、それでもある程度盛り付けが終わっているグループのお皿と、日向が盛り付けたお皿を何度も交互に見比べている。

 そしてまた二人ともため息をついた。

「全然違う……」
「ホントだ……月とすっぽんってやつか?」

 ──おいおい。他のグループの者に聞かれたら殴られるぞ。
 でもまあ、彼らが言っていることは大げさでもなく、確かにそうだ。

 もちろん日向のもまだまだ改善点はあるけど、他の生徒に比べたら日向の盛り付けは圧倒的に見栄えよくできている。

「はい、完成したグループから試食を始めていいですよー」

 先生の声が聞こえて、日向たちのグループは全員が椅子に座って試食を始めようとする。しかし他のグループから何人もの生徒が、そのグループの周りに集まってきた。

「うわぁ、すごーい! これ、誰が作ったの?」

 一人の女子生徒が訊くと、高城千夏が得意げに答える。

「もちろん日向! 凄いでしょ? 私もびっくりした」
「へぇー、やっぱり日向が作ったの? やっぱり日向は何でもできるねーっ」

 女子達のそんな会話を耳にして、見物に近寄ってきていた男子達も口々に喋り始めた。

「作ったの、春野さんだって!」
「やっぱりな! 俺はそう思ってたよ」
「味はどんなだろな?」
「美味いに決まってるだろ!」
「ああ、春野さんと同じグループのヤツラが羨ましい!」

 あろうことか一人の男子が、日向と同じグループの男子に「俺と変われ」なんて言い出した。もちろん「やだよ」と断われている。

 見物に来た女子達からも称賛の声が溢れている。

「美味しそーっ!」
「すごーい! おしゃれー!」
「いいなあ……私もあんなふうに作れるようになりたい……」

 周りからは絶賛の嵐だ。

 料理を口にした日向のグループメンバーからは「美味しい!」「サイコー!」「日向上手!」という声が聞こえる。

 これで『日向が調理実習で料理上手に見られるようにする』という俺のミッションも、無事に果たせたことになる。

 ──ホッとした。

 しかし日向のグループの周りに人が集まってきてなかなか戻らないものだから、とうとう先生が怒り出した。

「ほらほら、みんな自分の作業に戻りなさい!」

 みんなは「はーい」とか言いながら、ぞろぞろと自分達のグループの調理台に戻っていく。俺も自分のグループの方に向き直った。

 すると佐倉が盛り付け終わったプレートを両手に持って、不機嫌な顔で日向の方を見ていた。みんながバラけたのを見て、ようやくそのプレートを配り始める。

 俺の前にも佐倉はプレートをドンと置いた。かなり不機嫌な感じだ。
 せっかく得意の料理を披露しようと思っていたのに、日向にお株を奪われて腹を立てているってところか。
 でも佐倉の料理も日向に比べると劣って見えるけれど、なかなか綺麗にできている。

 俺たちのグループも全員が席について、試食を始めた。
 佐倉が不機嫌な顔をしたままなものだから、他の男子二人は黙ったままで黙々と食べ始めた。

 佐倉が不機嫌になっているのは日向に負けたから。──ということは、ある意味それは俺のせいでもある。ちょっとフォローしておかなきゃいけない。

 ひと口、煮込みハンバーグを口に入れて舌で味わう。
 ──うん。佐倉の煮込みハンバーグも、なかなかやるじゃないか。
 お世辞抜きにしても上手だと思う。

「うん、美味い!」

 俺があえて大きな声を出すと、佐倉はこちらを向いた。しかし少し不機嫌な表情のままだ。

「佐倉って、料理が上手なんだな」
「料理がわからない秋月に言われてもねぇ……」

 褒められて決して嫌じゃない感じなのだけれども、心からは喜べないみたいで、佐倉は苦笑いを浮かべている。

「いや、俺は食べる方は大得意だ」

 いつぞや日向が言ってたセリフをちょっと拝借してみた。

「このハンバーグは焼き具合が良くて、香ばしくて美味しいよ。それに形もいいし、固すぎず柔らか過ぎずちょうどいい」
「そ……そう?」

 俺はもうひと口ハンバーグを頬張り、日向の真似をして、目をキュッと閉じて美味しい顔をしてみる。

「うん、美味しい!」
「そう? 秋月、案外わかってるじゃん!」

 佐倉は今度は本当に嬉しそうな顔を見せた。やっぱり日向のように美味しい感情を素直に顔に出したからだろう。

 俺は日向に料理を教えたけれど、代わりに日向から、人と上手く接する方法みたいなものを教わってたのかもしれない。

「こういう美味しい食感に仕上げるのは、生地のこね方に秘密があるのかな?」
「おっ、秋月、なかなか鋭いねぇ。秋月もちゃんと料理を覚えてみれば? 私が教えてあげよっか?」

 佐倉はニコニコして、そんなことを言い出した。しまった。やり過ぎたか。

「いや、いいよ。俺は食べる専門で充分」
「そっか。じゃあ私のハンバーグを味わって食べて」
「うん、ありがとう。いただくよ」

 佐倉はちょっと照れたような視線を俺に向けているし、声もさっきの不機嫌な感じとは異なり、穏やかな口調になっている。

 何はともあれ日向への敵意みたいなものは薄れたようでホッとした。



 こうして日向の調理実習デビューは、これ以上ない良い結果を迎えることができ、彼女はクラスメイトから料理上手という評判を得ることができた。


 日向に『良かったな』と声をかけてあげたい。
 そう思ったのだけれども、実習が終わってから教室に戻る間も、その後の休み時間も高城がずっと日向の側にくっついていたものだから、結局ひと言もかけることができずに下校することになってしまった。

 しかし家の前まで帰ってきたところで、なぜか我が家の前に制服姿の日向が立っているのが目に入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

彼女たちは爛れたい ~貞操観念のおかしな彼女たちと普通の青春を送りたい俺がオトナになってしまうまで~

邑樹 政典
青春
【ちょっとエッチな青春ラブコメディ】(EP2以降はちょっとではないかも……)  EP1.  高校一年生の春、俺は中学生時代からの同級生である塚本深雪から告白された。  だが、俺にはもうすでに綾小路優那という恋人がいた。  しかし、優那は自分などに構わずどんどん恋人を増やせと言ってきて……。  EP2.  すっかり爛れた生活を送る俺たちだったが、中間テストの結果発表や生徒会会長選の案内の折り、優那に不穏な態度をとるクラスメイト服部香澄の存在に気づく。  また、服部の周辺を調べているうちに、どうやら彼女が優那の虐めに加担していた姫宮繭佳と同じ中学校の出身であることが判明する……。      ◇ ◆ ◇ ◆ ◇  本作は学生としてごく普通の青春を謳歌したい『俺』ことセトセイジロウくんと、その周りに集まるちょっと貞操観念のおかしな少女たちによるドタバタ『性春』ラブコメディです。  時にはトラブルに巻き込まれることもありますが、陰湿な展開には一切なりませんので安心して読み進めていただければと思います。  エッチなことに興味津々な女の子たちに囲まれて、それでも普通の青春を送りたいと願う『俺』はいったいどこまで正気を保っていられるのでしょうか……?  ※今作は直接的な性描写はこそありませんが、それに近い描写やそれを匂わせる描写は出てきます。とくにEP2以降は本気で爛れてきますので、そういったものに不快に感じられる方はあらかじめご注意ください。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

お隣に住む従姉妹のお姉さんが俺を放っておいてくれない

谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中
青春
大学合格を機に上京してきた主人公。 初めての一人暮らし……と思ったら、隣の部屋には従姉妹のお姉さんが住んでいた。 お姉さんは主人公の母親に頼まれて、主人公が大学を卒業するまで面倒をみてくれるらしい。 けどこのお姉さん、ちょっと執着が異常なような……。 ※念のため、フリー台本ではありません。無断利用は固く禁止します。 企業関係者で利用希望の場合はお問合せください。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...