上 下
37 / 83

【37:春野日向はお喋りをする】

しおりを挟む
 俺と日向は隣のグループ同士で背中合わせに立っているから、時々チラッと振り向いて彼女の様子を窺った。

 日向はハンバーグの生地作りも難なくこなしている。生地に入れる塩の計量なんかもスムーズにしていた。
 態度も堂々としていて、このあたりはさすがだと感心する。まったく問題は無さそうだ。

 俺の方はと言えば、付け合わせの野菜を切り終わった後はあまりやることもなく、女子達がテキパキと調理するのを眺めたりして過ごしていた。

 佐倉はさすが料理が得意というだけあって、楽しそうに作業をしている。あっという間に生地作りを終えて、フライパンでハンバーグを焼き始めた。

 日向の様子をこっそり窺うと、もうハンバーグを焼き終えて、ケチャップやトマトピューレなど、煮込むためのトマトソースの材料をフライパンに投入している。

 丁寧に作業しているにも関わらず、かなり手早い。

 佐倉も手慣れた感じで作業を進めているのに、日向はそれよりも早いペースで進んでいる。
 大したものだ。

 日向はトマトソースを入れ終わって、フライパンに蓋をした。これから10分程度煮込むと煮込みハンバーグは完成だ。

 大きな山を越えてひと息ついたのか、日向は隣に立つ高城《たかしろ》と雑談を始めた。
 そしてしばらくすると、少し気になる会話が耳に入ってきた。

「日向が料理するとこ初めて見たけど、凄く上手だね!」
「初めて? そうだったっけ?」

 ──今までほとんど料理をしたことがないって言ってたくせに、よく言うよ。
 そう思うと笑いが漏れそうで、我慢するのに苦労する。

「うん。今まで見たことないなぁ」
「そうかもね。でも上手だなんてとんでもないよ」
「いやいや上手いよ。やっぱり日向は何でもできて凄いね!」
「いや実は……料理はちょっと苦手だから、少し練習した」
「ええっ、そうなの? でもそれでそれだけできたら、やっぱり日向は凄いよ!」

 いつも学校では完璧に見える日向が、料理をちょっと苦手とか練習したとか、カミングアウトしたことに少し驚いた。

 相手が親しい高城だからだろうか。それとも何か心境の変化があったのか……

 そんなことをぼんやりと考えていたら、ふと目の前のフライパンが目に入った。

 そう言えば日向のハンバーグは、ウチのグループよりも早く煮込みを始めた。
 こちらのグループのキッチンタイマーから類推するに、日向のハンバーグはもうそろそろ火を止めるべき時間だ。

 チラリと横目で日向を見ると、高城との雑談に夢中になっていてフライパンの方は見向きもしない。

 ──これはマズい。
 このまま何分もフライパンを放ったらかしにしたら、煮込み過ぎてしまう。

 しかし日向に直接声を掛けようにも、高城が肩を寄せるように近づいて、雑談をしている。

 こっそりと日向に教えるのは無理だ。
 せっかくここまで順調に来たのに、肝心の味が落ちるようなことがあっては、料理上手も何もあったもんじゃない。

 ──どうしたらいいんだ?

 日向……早く気づいてくれ……
 そう願うものの、日向は相変わらず高城とのお喋りに夢中だ。

 ──そうだ。雑談をやめろと直接二人に注意をするか?

 いや……隣のグループの、しかも高嶺の花の女子に、俺がいきなりお喋りを注意するなんて不自然極まりない。
 それにそんなことをしたら、高城に逆ギレされそうだ。

 ──さあ、どうする……?

 あんまり目立つことはしたくないけど仕方がない。

「あのさぁ、佐倉」

 調理台の向い側で他の女子と話をしている佐倉に声をかける。もちろん俺の背面に立っている日向にも充分聞こえるような大きな声で。

 普段の俺は自分から女子に話しかけるなんて、よっぽどの用事でも無い限りそんなことはしない。
 しないと言えば聞こえはいいけど、要するに他人と話すのは面倒臭いし苦手なのだ。ましてや女子になんて、何を話したらいいのかよくわからないことも多いから、余計に緊張してしまう。

 しかし今はそんなことは言ってられない。このまま日向を失敗させるわけにはいかないんだ。
 それに料理に関することなら俺はまあまあ話せる気もするから、勇気を振り絞って佐倉に声をかけることができた。

 佐倉は突然自分の名前を呼ばれて、何事かとこちらを向いた。

「そのハンバーグのフライパン。そろそろ火を止めないといけない時間じゃないの?」

 俺の声は、目の前の佐倉に話しかけるには不自然に大きな声だったかもしれない。佐倉や同じグループのメンバーには変なやつだと思われたかもしれないけど、後ろで雑談に熱中している日向に気づいてもらわないといけないので仕方がない。

 後ろの方で日向が「あっ……」という小さな声と、フライパンの蓋を開ける音が聞こえる。

 ──よし、うまくいった。

 佐倉は一瞬きょとんとして、次に呆れたように「ふん」と鼻から息を吐いた。

「何言ってるの秋月、まだだよ。あと数分は煮込まないといけない。料理がわからないんだから、あんたは黙っててよ」
「ほんとほんと。唯香ゆいかは料理が得意なんだから、秋月君みたいなド素人は黙って見てたらいいのよ!」

 最初に自分で自分をド素人だと言っていたもう一人の女子に、ド素人扱いをされてしまった。
 まあそう見られるように振舞っているんだから、それでいいんだけど。

 後ろのグループをチラッと見ると、日向はお皿に盛り付けをしている。はっきりとは見えないけど、丁寧に付け合せの人参とインゲンも配置しているようだ。

 こちらのグループもハンバーグを煮込み終わり、佐倉がお皿に盛り付けをし始める。

 その時後ろの日向のグループから、突然男子の「おおっ……」というため息交じりの声が聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う

もぐのすけ
青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。 将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。 サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。 そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。 サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

彼女たちは爛れたい ~貞操観念のおかしな彼女たちと普通の青春を送りたい俺がオトナになってしまうまで~

邑樹 政典
青春
【ちょっとエッチな青春ラブコメディ】(EP2以降はちょっとではないかも……)  EP1.  高校一年生の春、俺は中学生時代からの同級生である塚本深雪から告白された。  だが、俺にはもうすでに綾小路優那という恋人がいた。  しかし、優那は自分などに構わずどんどん恋人を増やせと言ってきて……。  EP2.  すっかり爛れた生活を送る俺たちだったが、中間テストの結果発表や生徒会会長選の案内の折り、優那に不穏な態度をとるクラスメイト服部香澄の存在に気づく。  また、服部の周辺を調べているうちに、どうやら彼女が優那の虐めに加担していた姫宮繭佳と同じ中学校の出身であることが判明する……。      ◇ ◆ ◇ ◆ ◇  本作は学生としてごく普通の青春を謳歌したい『俺』ことセトセイジロウくんと、その周りに集まるちょっと貞操観念のおかしな少女たちによるドタバタ『性春』ラブコメディです。  時にはトラブルに巻き込まれることもありますが、陰湿な展開には一切なりませんので安心して読み進めていただければと思います。  エッチなことに興味津々な女の子たちに囲まれて、それでも普通の青春を送りたいと願う『俺』はいったいどこまで正気を保っていられるのでしょうか……?  ※今作は直接的な性描写はこそありませんが、それに近い描写やそれを匂わせる描写は出てきます。とくにEP2以降は本気で爛れてきますので、そういったものに不快に感じられる方はあらかじめご注意ください。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

お隣に住む従姉妹のお姉さんが俺を放っておいてくれない

谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中
青春
大学合格を機に上京してきた主人公。 初めての一人暮らし……と思ったら、隣の部屋には従姉妹のお姉さんが住んでいた。 お姉さんは主人公の母親に頼まれて、主人公が大学を卒業するまで面倒をみてくれるらしい。 けどこのお姉さん、ちょっと執着が異常なような……。 ※念のため、フリー台本ではありません。無断利用は固く禁止します。 企業関係者で利用希望の場合はお問合せください。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...