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【37:春野日向はお喋りをする】
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俺と日向は隣のグループ同士で背中合わせに立っているから、時々チラッと振り向いて彼女の様子を窺った。
日向はハンバーグの生地作りも難なくこなしている。生地に入れる塩の計量なんかもスムーズにしていた。
態度も堂々としていて、このあたりはさすがだと感心する。まったく問題は無さそうだ。
俺の方はと言えば、付け合わせの野菜を切り終わった後はあまりやることもなく、女子達がテキパキと調理するのを眺めたりして過ごしていた。
佐倉はさすが料理が得意というだけあって、楽しそうに作業をしている。あっという間に生地作りを終えて、フライパンでハンバーグを焼き始めた。
日向の様子をこっそり窺うと、もうハンバーグを焼き終えて、ケチャップやトマトピューレなど、煮込むためのトマトソースの材料をフライパンに投入している。
丁寧に作業しているにも関わらず、かなり手早い。
佐倉も手慣れた感じで作業を進めているのに、日向はそれよりも早いペースで進んでいる。
大したものだ。
日向はトマトソースを入れ終わって、フライパンに蓋をした。これから10分程度煮込むと煮込みハンバーグは完成だ。
大きな山を越えてひと息ついたのか、日向は隣に立つ高城《たかしろ》と雑談を始めた。
そしてしばらくすると、少し気になる会話が耳に入ってきた。
「日向が料理するとこ初めて見たけど、凄く上手だね!」
「初めて? そうだったっけ?」
──今までほとんど料理をしたことがないって言ってたくせに、よく言うよ。
そう思うと笑いが漏れそうで、我慢するのに苦労する。
「うん。今まで見たことないなぁ」
「そうかもね。でも上手だなんてとんでもないよ」
「いやいや上手いよ。やっぱり日向は何でもできて凄いね!」
「いや実は……料理はちょっと苦手だから、少し練習した」
「ええっ、そうなの? でもそれでそれだけできたら、やっぱり日向は凄いよ!」
いつも学校では完璧に見える日向が、料理をちょっと苦手とか練習したとか、カミングアウトしたことに少し驚いた。
相手が親しい高城だからだろうか。それとも何か心境の変化があったのか……
そんなことをぼんやりと考えていたら、ふと目の前のフライパンが目に入った。
そう言えば日向のハンバーグは、ウチのグループよりも早く煮込みを始めた。
こちらのグループのキッチンタイマーから類推するに、日向のハンバーグはもうそろそろ火を止めるべき時間だ。
チラリと横目で日向を見ると、高城との雑談に夢中になっていてフライパンの方は見向きもしない。
──これはマズい。
このまま何分もフライパンを放ったらかしにしたら、煮込み過ぎてしまう。
しかし日向に直接声を掛けようにも、高城が肩を寄せるように近づいて、雑談をしている。
こっそりと日向に教えるのは無理だ。
せっかくここまで順調に来たのに、肝心の味が落ちるようなことがあっては、料理上手も何もあったもんじゃない。
──どうしたらいいんだ?
日向……早く気づいてくれ……
そう願うものの、日向は相変わらず高城とのお喋りに夢中だ。
──そうだ。雑談をやめろと直接二人に注意をするか?
いや……隣のグループの、しかも高嶺の花の女子に、俺がいきなりお喋りを注意するなんて不自然極まりない。
それにそんなことをしたら、高城に逆ギレされそうだ。
──さあ、どうする……?
あんまり目立つことはしたくないけど仕方がない。
「あのさぁ、佐倉」
調理台の向い側で他の女子と話をしている佐倉に声をかける。もちろん俺の背面に立っている日向にも充分聞こえるような大きな声で。
普段の俺は自分から女子に話しかけるなんて、よっぽどの用事でも無い限りそんなことはしない。
しないと言えば聞こえはいいけど、要するに他人と話すのは面倒臭いし苦手なのだ。ましてや女子になんて、何を話したらいいのかよくわからないことも多いから、余計に緊張してしまう。
しかし今はそんなことは言ってられない。このまま日向を失敗させるわけにはいかないんだ。
それに料理に関することなら俺はまあまあ話せる気もするから、勇気を振り絞って佐倉に声をかけることができた。
佐倉は突然自分の名前を呼ばれて、何事かとこちらを向いた。
「そのハンバーグのフライパン。そろそろ火を止めないといけない時間じゃないの?」
俺の声は、目の前の佐倉に話しかけるには不自然に大きな声だったかもしれない。佐倉や同じグループのメンバーには変なやつだと思われたかもしれないけど、後ろで雑談に熱中している日向に気づいてもらわないといけないので仕方がない。
後ろの方で日向が「あっ……」という小さな声と、フライパンの蓋を開ける音が聞こえる。
──よし、うまくいった。
佐倉は一瞬きょとんとして、次に呆れたように「ふん」と鼻から息を吐いた。
「何言ってるの秋月、まだだよ。あと数分は煮込まないといけない。料理がわからないんだから、あんたは黙っててよ」
「ほんとほんと。唯香は料理が得意なんだから、秋月君みたいなド素人は黙って見てたらいいのよ!」
最初に自分で自分をド素人だと言っていたもう一人の女子に、ド素人扱いをされてしまった。
まあそう見られるように振舞っているんだから、それでいいんだけど。
後ろのグループをチラッと見ると、日向はお皿に盛り付けをしている。はっきりとは見えないけど、丁寧に付け合せの人参とインゲンも配置しているようだ。
こちらのグループもハンバーグを煮込み終わり、佐倉がお皿に盛り付けをし始める。
その時後ろの日向のグループから、突然男子の「おおっ……」というため息交じりの声が聞こえた。
日向はハンバーグの生地作りも難なくこなしている。生地に入れる塩の計量なんかもスムーズにしていた。
態度も堂々としていて、このあたりはさすがだと感心する。まったく問題は無さそうだ。
俺の方はと言えば、付け合わせの野菜を切り終わった後はあまりやることもなく、女子達がテキパキと調理するのを眺めたりして過ごしていた。
佐倉はさすが料理が得意というだけあって、楽しそうに作業をしている。あっという間に生地作りを終えて、フライパンでハンバーグを焼き始めた。
日向の様子をこっそり窺うと、もうハンバーグを焼き終えて、ケチャップやトマトピューレなど、煮込むためのトマトソースの材料をフライパンに投入している。
丁寧に作業しているにも関わらず、かなり手早い。
佐倉も手慣れた感じで作業を進めているのに、日向はそれよりも早いペースで進んでいる。
大したものだ。
日向はトマトソースを入れ終わって、フライパンに蓋をした。これから10分程度煮込むと煮込みハンバーグは完成だ。
大きな山を越えてひと息ついたのか、日向は隣に立つ高城《たかしろ》と雑談を始めた。
そしてしばらくすると、少し気になる会話が耳に入ってきた。
「日向が料理するとこ初めて見たけど、凄く上手だね!」
「初めて? そうだったっけ?」
──今までほとんど料理をしたことがないって言ってたくせに、よく言うよ。
そう思うと笑いが漏れそうで、我慢するのに苦労する。
「うん。今まで見たことないなぁ」
「そうかもね。でも上手だなんてとんでもないよ」
「いやいや上手いよ。やっぱり日向は何でもできて凄いね!」
「いや実は……料理はちょっと苦手だから、少し練習した」
「ええっ、そうなの? でもそれでそれだけできたら、やっぱり日向は凄いよ!」
いつも学校では完璧に見える日向が、料理をちょっと苦手とか練習したとか、カミングアウトしたことに少し驚いた。
相手が親しい高城だからだろうか。それとも何か心境の変化があったのか……
そんなことをぼんやりと考えていたら、ふと目の前のフライパンが目に入った。
そう言えば日向のハンバーグは、ウチのグループよりも早く煮込みを始めた。
こちらのグループのキッチンタイマーから類推するに、日向のハンバーグはもうそろそろ火を止めるべき時間だ。
チラリと横目で日向を見ると、高城との雑談に夢中になっていてフライパンの方は見向きもしない。
──これはマズい。
このまま何分もフライパンを放ったらかしにしたら、煮込み過ぎてしまう。
しかし日向に直接声を掛けようにも、高城が肩を寄せるように近づいて、雑談をしている。
こっそりと日向に教えるのは無理だ。
せっかくここまで順調に来たのに、肝心の味が落ちるようなことがあっては、料理上手も何もあったもんじゃない。
──どうしたらいいんだ?
日向……早く気づいてくれ……
そう願うものの、日向は相変わらず高城とのお喋りに夢中だ。
──そうだ。雑談をやめろと直接二人に注意をするか?
いや……隣のグループの、しかも高嶺の花の女子に、俺がいきなりお喋りを注意するなんて不自然極まりない。
それにそんなことをしたら、高城に逆ギレされそうだ。
──さあ、どうする……?
あんまり目立つことはしたくないけど仕方がない。
「あのさぁ、佐倉」
調理台の向い側で他の女子と話をしている佐倉に声をかける。もちろん俺の背面に立っている日向にも充分聞こえるような大きな声で。
普段の俺は自分から女子に話しかけるなんて、よっぽどの用事でも無い限りそんなことはしない。
しないと言えば聞こえはいいけど、要するに他人と話すのは面倒臭いし苦手なのだ。ましてや女子になんて、何を話したらいいのかよくわからないことも多いから、余計に緊張してしまう。
しかし今はそんなことは言ってられない。このまま日向を失敗させるわけにはいかないんだ。
それに料理に関することなら俺はまあまあ話せる気もするから、勇気を振り絞って佐倉に声をかけることができた。
佐倉は突然自分の名前を呼ばれて、何事かとこちらを向いた。
「そのハンバーグのフライパン。そろそろ火を止めないといけない時間じゃないの?」
俺の声は、目の前の佐倉に話しかけるには不自然に大きな声だったかもしれない。佐倉や同じグループのメンバーには変なやつだと思われたかもしれないけど、後ろで雑談に熱中している日向に気づいてもらわないといけないので仕方がない。
後ろの方で日向が「あっ……」という小さな声と、フライパンの蓋を開ける音が聞こえる。
──よし、うまくいった。
佐倉は一瞬きょとんとして、次に呆れたように「ふん」と鼻から息を吐いた。
「何言ってるの秋月、まだだよ。あと数分は煮込まないといけない。料理がわからないんだから、あんたは黙っててよ」
「ほんとほんと。唯香は料理が得意なんだから、秋月君みたいなド素人は黙って見てたらいいのよ!」
最初に自分で自分をド素人だと言っていたもう一人の女子に、ド素人扱いをされてしまった。
まあそう見られるように振舞っているんだから、それでいいんだけど。
後ろのグループをチラッと見ると、日向はお皿に盛り付けをしている。はっきりとは見えないけど、丁寧に付け合せの人参とインゲンも配置しているようだ。
こちらのグループもハンバーグを煮込み終わり、佐倉がお皿に盛り付けをし始める。
その時後ろの日向のグループから、突然男子の「おおっ……」というため息交じりの声が聞こえた。
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