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【36:春野日向は実習に臨む】
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先生からの説明があった後、いよいよ調理実習が始まった。同じグループのメンバーを見回すと、女子が2人と男子が自分を入れて3人の合計5人。
さすがに顔と名前はわかるが、ほとんど話したことのない人達だ。
日向のグループも同じく男子3人、女子が2人で、もう一人の女子はあの高城 千夏だ。
日向といつも一緒にいて、以前俺が廊下で日向に偶然ぶつかった時に文句を言ってきた高城千夏。
彼女は活発なタイプで、普段から日向に近づく男子を敵視するような場面を見かけることがあるから、なかなか厄介だ。
何かを日向に伝えたいと思ってさりげなく日向に近寄ったりしたら、近くに寄るなとか言われそうな気がする。
「さあ、役割分担はどうする?」
同じグループの女子の一人、佐倉 唯香がメンバーを見渡して言った。
佐倉も割と活発なタイプで、周りを取り仕切るのが得意そうな感じ。
ショートカットがよく似合う、ちょっとボーイッシュで可愛い女の子だ。
「唯香が決めてよ。唯香は料理が得意なんだから。私はド素人だからよくわからないし」
もう一人の女子がそう言うと、佐倉は俺たち男子をぐるっと見回して「それでいい?」と尋ねた。
「ああ、いいよ」
「異議なーし」
他の男子二人がそういうので、俺も「うん」と頷いた。
「じゃあメインのハンバーグは私ら女子がやるから、男子は付け合わせの野菜を切ってよ。スープも私がやるわ」
さすが料理得意女子。ほとんどやってくれるようだ。男子は三人で付け合わせの野菜を切るだけなら、かなり手を抜ける。
女子達はひき肉や玉ねぎを取り出して、早速ハンバーグの生地作りに取り掛かった。
他の男子達と言えば、ごそごそと野菜をいじりながら、二人とも目は違う方を向いてる。
視線の先を振り返ると、隣の調理台の日向だった。
「おい、春野さんを見ろよ。ピンクのエプロンと三角巾が、これまた可愛いよなぁ」
「ああ。滅多に見れないお宝な姿だな。写真に撮りてぇ……」
さすがに授業中にスマホは出せないから写真は撮れない。それをこの男子はたいそう残念がっている。
そう言えば、日向のエプロン姿は見慣れてしまっていたけれど、改めて見ると確かに物凄く可愛い。
そんなレアな姿を毎週見ることができるというのは、他の男子達からしたらとても羨ましいことなのだと再認識した。
これはやっぱり日向がウチの料理教室に来ていることは、絶対に学校では内緒にし続けないと嫉妬の嵐で大変なことになりそうだ。
「おっ、春野さんが玉ねぎを切るぞ」
たかが玉ねぎを切るだけで注視されるなんて、やっぱり日向の存在感は半端ない。
日向を見ると、ハンバーグの生地に入れる玉ねぎのみじん切りを始めようと、包丁を握ったところだった。
日向と同じグループの男子も手を止めて、彼女の姿に見入ってる。ふと周りを見ると多くの男子が、いや女子さえも日向の方に目を向けていた。
──なんという注目度。
これでは日向が周りの目を気にするのも理解できる。
日向が手慣れた様子で玉ねぎにみじん切り用の切り込みを入れるのを、クラスの多くが固唾を飲んで見守っている。
──みんなの注目の中で、失敗しないだろうか……
日向本人は落ち着いた表情をしているのに、俺の方が緊張して変な汗が出るし喉が乾く。
やがて日向は流れるような美しい手つきで、サクサクとみじん切りをやり始めた。
それを見て実習室のあちらこちらから、「おおっ……」とか「ほぉー」というため息のような声が漏れ聞こえてくる。
「春野さん、やっぱ上手いな……」
「ホントだ。やっぱり料理もめっちゃ得意なんだな。さすがだ」
同じグループの男子2人が感心したような声を出している。スムーズなスタートが切れて、俺もホッとした。
「くそぉ、春野さんと同じグループになりたかった!」
「そしたら学園のアイドルの手料理を味わえるのに……」
二人がそんなことまで言い出すものだから、佐倉がちょっと不機嫌そうな声を出した。
「ほらほら男子! ボーッとしてないで、ちゃんと作業をしなさいよ」
男子達は慌てて野菜を切る準備を始める。俺も彼らから付け合わせ用に切ってくれと、人参を手渡された。
「あの……これ……どうしたら?」
俺が何もわからないふりをしてその男子に聞くと、そいつも困った顔をした。
「わからん。とにかく輪切りにすればいいんじゃね?」
「こらこら男子! いきなり輪切りにしてどうすんの? 皮を剥かなきゃ!」
慌てた佐倉が呆れたような声を上げた。
そりゃそうだ。スタンダードなやり方は、皮を剥く。
「皮って……どうすんの?」
俺が佐倉に訊くと、皮むき器のピーラーを「これで」と言いながら、呆れた表情で手渡してくれた。
──そうか。この調理実習では、包丁で剥かなくてもいいんだな。
なんて考えていたら、同じグループの女子が佐倉の耳元でひそひそと話していた。
「秋月君って、人参の皮をどう剥いたらいいのかもわからないんだね」
「まあ男子なんてそんなもんでしょ。ふふっ」
佐倉が鼻で笑ってる。
うんそうだよ。男子なんてそんなもんだ。
その認識でずっといて欲しい。
──とは言うものの。
俺は適当にピーラーで人参の皮むきをした。
あえて剥き残しを作ったりしたら不格好な人参になった。
「なんだよ秋月。それならまだ俺の方がマシだぜ。へったくそだなぁ」
隣の男子が、自分が皮を剥いた人参をこれ見よがしに示しながら小馬鹿にしてきた。
「ああ。俺、不器用なんだよ」
「そうだな、ははは。秋月もちょっとは料理を練習したらどうだ?」
そう言う彼の人参も決して綺麗ではないけど、男子三人の中では一番マシだ。
「あ、いや……俺は、いいよ。君は上手いなぁ」
「だろ?」
その男子は得意げに鼻の頭を指でこすった。
そんな俺たちのやり取りを見て、女子2人が「やっぱり男子はダメねぇ」なんて、楽しそうに優越感に浸っている。
──まあ、こんなほのぼのとした感じもいいもんだ。
そう思いながら、俺は日向のことが気になって仕方がなかった。
さすがに顔と名前はわかるが、ほとんど話したことのない人達だ。
日向のグループも同じく男子3人、女子が2人で、もう一人の女子はあの高城 千夏だ。
日向といつも一緒にいて、以前俺が廊下で日向に偶然ぶつかった時に文句を言ってきた高城千夏。
彼女は活発なタイプで、普段から日向に近づく男子を敵視するような場面を見かけることがあるから、なかなか厄介だ。
何かを日向に伝えたいと思ってさりげなく日向に近寄ったりしたら、近くに寄るなとか言われそうな気がする。
「さあ、役割分担はどうする?」
同じグループの女子の一人、佐倉 唯香がメンバーを見渡して言った。
佐倉も割と活発なタイプで、周りを取り仕切るのが得意そうな感じ。
ショートカットがよく似合う、ちょっとボーイッシュで可愛い女の子だ。
「唯香が決めてよ。唯香は料理が得意なんだから。私はド素人だからよくわからないし」
もう一人の女子がそう言うと、佐倉は俺たち男子をぐるっと見回して「それでいい?」と尋ねた。
「ああ、いいよ」
「異議なーし」
他の男子二人がそういうので、俺も「うん」と頷いた。
「じゃあメインのハンバーグは私ら女子がやるから、男子は付け合わせの野菜を切ってよ。スープも私がやるわ」
さすが料理得意女子。ほとんどやってくれるようだ。男子は三人で付け合わせの野菜を切るだけなら、かなり手を抜ける。
女子達はひき肉や玉ねぎを取り出して、早速ハンバーグの生地作りに取り掛かった。
他の男子達と言えば、ごそごそと野菜をいじりながら、二人とも目は違う方を向いてる。
視線の先を振り返ると、隣の調理台の日向だった。
「おい、春野さんを見ろよ。ピンクのエプロンと三角巾が、これまた可愛いよなぁ」
「ああ。滅多に見れないお宝な姿だな。写真に撮りてぇ……」
さすがに授業中にスマホは出せないから写真は撮れない。それをこの男子はたいそう残念がっている。
そう言えば、日向のエプロン姿は見慣れてしまっていたけれど、改めて見ると確かに物凄く可愛い。
そんなレアな姿を毎週見ることができるというのは、他の男子達からしたらとても羨ましいことなのだと再認識した。
これはやっぱり日向がウチの料理教室に来ていることは、絶対に学校では内緒にし続けないと嫉妬の嵐で大変なことになりそうだ。
「おっ、春野さんが玉ねぎを切るぞ」
たかが玉ねぎを切るだけで注視されるなんて、やっぱり日向の存在感は半端ない。
日向を見ると、ハンバーグの生地に入れる玉ねぎのみじん切りを始めようと、包丁を握ったところだった。
日向と同じグループの男子も手を止めて、彼女の姿に見入ってる。ふと周りを見ると多くの男子が、いや女子さえも日向の方に目を向けていた。
──なんという注目度。
これでは日向が周りの目を気にするのも理解できる。
日向が手慣れた様子で玉ねぎにみじん切り用の切り込みを入れるのを、クラスの多くが固唾を飲んで見守っている。
──みんなの注目の中で、失敗しないだろうか……
日向本人は落ち着いた表情をしているのに、俺の方が緊張して変な汗が出るし喉が乾く。
やがて日向は流れるような美しい手つきで、サクサクとみじん切りをやり始めた。
それを見て実習室のあちらこちらから、「おおっ……」とか「ほぉー」というため息のような声が漏れ聞こえてくる。
「春野さん、やっぱ上手いな……」
「ホントだ。やっぱり料理もめっちゃ得意なんだな。さすがだ」
同じグループの男子2人が感心したような声を出している。スムーズなスタートが切れて、俺もホッとした。
「くそぉ、春野さんと同じグループになりたかった!」
「そしたら学園のアイドルの手料理を味わえるのに……」
二人がそんなことまで言い出すものだから、佐倉がちょっと不機嫌そうな声を出した。
「ほらほら男子! ボーッとしてないで、ちゃんと作業をしなさいよ」
男子達は慌てて野菜を切る準備を始める。俺も彼らから付け合わせ用に切ってくれと、人参を手渡された。
「あの……これ……どうしたら?」
俺が何もわからないふりをしてその男子に聞くと、そいつも困った顔をした。
「わからん。とにかく輪切りにすればいいんじゃね?」
「こらこら男子! いきなり輪切りにしてどうすんの? 皮を剥かなきゃ!」
慌てた佐倉が呆れたような声を上げた。
そりゃそうだ。スタンダードなやり方は、皮を剥く。
「皮って……どうすんの?」
俺が佐倉に訊くと、皮むき器のピーラーを「これで」と言いながら、呆れた表情で手渡してくれた。
──そうか。この調理実習では、包丁で剥かなくてもいいんだな。
なんて考えていたら、同じグループの女子が佐倉の耳元でひそひそと話していた。
「秋月君って、人参の皮をどう剥いたらいいのかもわからないんだね」
「まあ男子なんてそんなもんでしょ。ふふっ」
佐倉が鼻で笑ってる。
うんそうだよ。男子なんてそんなもんだ。
その認識でずっといて欲しい。
──とは言うものの。
俺は適当にピーラーで人参の皮むきをした。
あえて剥き残しを作ったりしたら不格好な人参になった。
「なんだよ秋月。それならまだ俺の方がマシだぜ。へったくそだなぁ」
隣の男子が、自分が皮を剥いた人参をこれ見よがしに示しながら小馬鹿にしてきた。
「ああ。俺、不器用なんだよ」
「そうだな、ははは。秋月もちょっとは料理を練習したらどうだ?」
そう言う彼の人参も決して綺麗ではないけど、男子三人の中では一番マシだ。
「あ、いや……俺は、いいよ。君は上手いなぁ」
「だろ?」
その男子は得意げに鼻の頭を指でこすった。
そんな俺たちのやり取りを見て、女子2人が「やっぱり男子はダメねぇ」なんて、楽しそうに優越感に浸っている。
──まあ、こんなほのぼのとした感じもいいもんだ。
そう思いながら、俺は日向のことが気になって仕方がなかった。
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