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【35:春野日向は安堵する】
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次の土曜日、つまり調理実習に向けて、最後の料理教室の日を迎えた。
「──ということで、実習メニューは煮込みハンバーグの可能性が高いらしい」
教室にやって来た日向にそう伝えると、彼女はぱぁっと顔を輝かせた。
「私のためにわざわざありがとう祐也君!」
「いや、わざわざって言っても、ちょっと雅彦に聞いただけだし……」
大したことはしていないのに、あまり大げさに感謝されると背中がむず痒い。
「それでも私のために動いてくれたのが嬉しい」
「あ、いや……だって友達だから、それくらいは当たり前だろ?」
「えっ……? うん、私たち、友達だもんね」
嬉しそうにニコリとする日向の口から出た『私たち友達だもんね』の言葉が、俺の胸に何か甘酸っぱいものを呼び起こさせる。
なんと言えばいいのかわからないけど、とても心地よい感じ。
「あ、だから今日は、煮込みハンバーグの作り方をやろう」
「私、ハンバーグ大好き。だから楽しみだなぁ」
「あ、そうなのか? 俺もハンバーグは大好きだ」
「祐也君も? 同じだね」
日向は目を細めて、嬉しそうだ。
学園のアイドルで遠い存在だと思っていた日向との、思いがけない共通点。
ハンバーグが好きなんてほんの些細な共通点なんだけれど、それがなんだかちょっと嬉しい感じがする。
──と言うか。
日向もやっぱり普通の女子高生なんだなという気がした。
実際は他にたくさん凄い所があるし、とんでもない美少女なのだから、普通の女子高生ではないのだけれども。
何はともあれ、この日は煮込みハンバーグの作り方を練習して、付け合わせのサラダとスープもこしらえた。
特にレシピだけでは頃合いがわかりにくい玉ねぎの炒め方や生地のこね方と炒め方、ソースの作り方なんかを丁寧に説明して練習をした。
最後に白いお皿にきちんと余白を作って、野菜の色味も綺麗に見えるように配置をして、カフェランチのようにお洒落に盛り付けた。
──そして試食をする。
「食べるのがもったいないくらい、綺麗に盛り付けできてる……」
──なんてことを日向は言いながら、それでも食欲には勝てなかったのか、すぐにハンバーグに箸をつけた。
「うーん、美味しいっ!」
煮込みハンバーグをひと切れ頬張り、目を細めて舌鼓を打つ日向。
美味しい物を口にした時には、相変わらず本当に幸せそうな顔をする。
俺もハンバーグをひと切れ口に入れ、舌でしっかりと味わう。肉の甘味と旨味が程よく溢れてくるし、煮込み具合もちょうどいい。
「うん。確かに美味しい」
「でしょー!」
「うん。完璧だ」
日向はにんまりと相好を崩して、うんうんとうなずいている。彼女にとっても会心の出来のようだ。
そんなことを話していたら、調理台の斜め向かいに座っている女子大生二人がクスッと笑って、お互いに顔を近づけひそひそと話した。
「まるで新婚さんみたいね」
「ほんとほんと。二人とも可愛い」
他の生徒さんには母から事情を説明してくれてあるから、調理実習のための特訓をしているのだということはわかっているはずだ。
けれども俺たちがそんなふうに見えているなんて、全然気づかなかった。
俺はともかく日向は俺と新婚みたいだなんて言われるのは嬉しく思わないだろうから、言動には気をつけないといけない。
そう思って日向を見ると、女子大生の声が聞こえなかったのか、ニコニコしながら煮込みハンバーグを食べることに集中している。
日向に聞こえなくて良かったとホッとした。
「なあ、日向」
「ん?」
日向は箸を止めて、俺の方を向いた。
「調理の各段階でかなり手慣れた感じだし、これなら料理が得意と言っても全く違和感はないな」
「うん、ありがとう」
「当日のレシピはこれとは違うだろうし、もしかしたら全然違うメニューかもしれない」
「その可能性はあるよね」
「でも調理実習でそんなに難しいメニューが取り上げられるはずはないから、レシピをしっかりと読んでそのとおりにしたら全く問題ない」
日向を不安にさせないように、彼女の目を真っ直ぐに見て、全く問題ないとあえて断言する。
「そ……そっかな?」
「そうだ。俺を信じろ」
「うん、わかった。祐也君を信じる」
日向が目を細めて見せる笑顔は、安堵の色が濃く浮かんでいる。
──そう。
料理上手に見せるために必要なことは、後は自信を持った態度で臨むことだけだ。
◆◇◆◇◆
それから4日が経ち、いよいよ調理実習の当日を迎えた。
いよいよ本番だと思うと昨夜はちょっと落ち着かなくて、ケーキ作りをして気持ちを落ち着けてから寝た。
実習は3、4限目を通して行われる。
俺たちは2限目が終わった後、休み時間に調理実習室へと移動した。
ぞろぞろと歩いて廊下を移動する時にチラッと日向を見ると、落ち着いた穏やかな表情をしている。
変に緊張して失敗することだけが心配の種であったが、これなら大丈夫そうだと少し安心した。
そして調理実習室に入った。
前のポワイボードを見ると、『本日のメニュー 煮込みハンバーグ』と書いてある。
──予想通りで良かった。
ところでグループ分けは?
ホワイトボードには、各調理台ごとに生徒の出席番号が書いてあり、それがグループ分けらしい。一つのグループは4、5名ずつになっている。
それによると俺と日向は別グループだけど、幸いにして隣同士の調理台となっていた。
近くだから様子を窺うこともできるし、まあ良かったと言えよう。
そう思いながら実習用に持参したエプロンを身につけて、自分のグループの調理台に向かう。
隣のグループをちらりと見ると、日向はいつも料理教室で見にする花柄ピンクのエプロンと三角巾を身に付けていた。
いつも料理教室で見慣れた馴染みのある彼女の姿を学校で見ることに、なにか違和感と言うか、懐かしい感じと言うか……いずれにしても少し不思議な感覚が湧き起こる。
日向は長方形の調理台のうち、俺のグループに近い側に立っている。これはラッキーだ。
俺も何気ないふりをして日向のグループに近い方、つまり彼女と背中合わせになるような位置に立った。
そしてレシピが書かれたプリントが配られ、先生から説明がされた。レシピは料理教室で日向に教えたものと、ほとんど変わりはない。
これならば日向は落ち着いて調理に取り組むことができるはずだ。
そして──いよいよ調理実習が始まった。
「──ということで、実習メニューは煮込みハンバーグの可能性が高いらしい」
教室にやって来た日向にそう伝えると、彼女はぱぁっと顔を輝かせた。
「私のためにわざわざありがとう祐也君!」
「いや、わざわざって言っても、ちょっと雅彦に聞いただけだし……」
大したことはしていないのに、あまり大げさに感謝されると背中がむず痒い。
「それでも私のために動いてくれたのが嬉しい」
「あ、いや……だって友達だから、それくらいは当たり前だろ?」
「えっ……? うん、私たち、友達だもんね」
嬉しそうにニコリとする日向の口から出た『私たち友達だもんね』の言葉が、俺の胸に何か甘酸っぱいものを呼び起こさせる。
なんと言えばいいのかわからないけど、とても心地よい感じ。
「あ、だから今日は、煮込みハンバーグの作り方をやろう」
「私、ハンバーグ大好き。だから楽しみだなぁ」
「あ、そうなのか? 俺もハンバーグは大好きだ」
「祐也君も? 同じだね」
日向は目を細めて、嬉しそうだ。
学園のアイドルで遠い存在だと思っていた日向との、思いがけない共通点。
ハンバーグが好きなんてほんの些細な共通点なんだけれど、それがなんだかちょっと嬉しい感じがする。
──と言うか。
日向もやっぱり普通の女子高生なんだなという気がした。
実際は他にたくさん凄い所があるし、とんでもない美少女なのだから、普通の女子高生ではないのだけれども。
何はともあれ、この日は煮込みハンバーグの作り方を練習して、付け合わせのサラダとスープもこしらえた。
特にレシピだけでは頃合いがわかりにくい玉ねぎの炒め方や生地のこね方と炒め方、ソースの作り方なんかを丁寧に説明して練習をした。
最後に白いお皿にきちんと余白を作って、野菜の色味も綺麗に見えるように配置をして、カフェランチのようにお洒落に盛り付けた。
──そして試食をする。
「食べるのがもったいないくらい、綺麗に盛り付けできてる……」
──なんてことを日向は言いながら、それでも食欲には勝てなかったのか、すぐにハンバーグに箸をつけた。
「うーん、美味しいっ!」
煮込みハンバーグをひと切れ頬張り、目を細めて舌鼓を打つ日向。
美味しい物を口にした時には、相変わらず本当に幸せそうな顔をする。
俺もハンバーグをひと切れ口に入れ、舌でしっかりと味わう。肉の甘味と旨味が程よく溢れてくるし、煮込み具合もちょうどいい。
「うん。確かに美味しい」
「でしょー!」
「うん。完璧だ」
日向はにんまりと相好を崩して、うんうんとうなずいている。彼女にとっても会心の出来のようだ。
そんなことを話していたら、調理台の斜め向かいに座っている女子大生二人がクスッと笑って、お互いに顔を近づけひそひそと話した。
「まるで新婚さんみたいね」
「ほんとほんと。二人とも可愛い」
他の生徒さんには母から事情を説明してくれてあるから、調理実習のための特訓をしているのだということはわかっているはずだ。
けれども俺たちがそんなふうに見えているなんて、全然気づかなかった。
俺はともかく日向は俺と新婚みたいだなんて言われるのは嬉しく思わないだろうから、言動には気をつけないといけない。
そう思って日向を見ると、女子大生の声が聞こえなかったのか、ニコニコしながら煮込みハンバーグを食べることに集中している。
日向に聞こえなくて良かったとホッとした。
「なあ、日向」
「ん?」
日向は箸を止めて、俺の方を向いた。
「調理の各段階でかなり手慣れた感じだし、これなら料理が得意と言っても全く違和感はないな」
「うん、ありがとう」
「当日のレシピはこれとは違うだろうし、もしかしたら全然違うメニューかもしれない」
「その可能性はあるよね」
「でも調理実習でそんなに難しいメニューが取り上げられるはずはないから、レシピをしっかりと読んでそのとおりにしたら全く問題ない」
日向を不安にさせないように、彼女の目を真っ直ぐに見て、全く問題ないとあえて断言する。
「そ……そっかな?」
「そうだ。俺を信じろ」
「うん、わかった。祐也君を信じる」
日向が目を細めて見せる笑顔は、安堵の色が濃く浮かんでいる。
──そう。
料理上手に見せるために必要なことは、後は自信を持った態度で臨むことだけだ。
◆◇◆◇◆
それから4日が経ち、いよいよ調理実習の当日を迎えた。
いよいよ本番だと思うと昨夜はちょっと落ち着かなくて、ケーキ作りをして気持ちを落ち着けてから寝た。
実習は3、4限目を通して行われる。
俺たちは2限目が終わった後、休み時間に調理実習室へと移動した。
ぞろぞろと歩いて廊下を移動する時にチラッと日向を見ると、落ち着いた穏やかな表情をしている。
変に緊張して失敗することだけが心配の種であったが、これなら大丈夫そうだと少し安心した。
そして調理実習室に入った。
前のポワイボードを見ると、『本日のメニュー 煮込みハンバーグ』と書いてある。
──予想通りで良かった。
ところでグループ分けは?
ホワイトボードには、各調理台ごとに生徒の出席番号が書いてあり、それがグループ分けらしい。一つのグループは4、5名ずつになっている。
それによると俺と日向は別グループだけど、幸いにして隣同士の調理台となっていた。
近くだから様子を窺うこともできるし、まあ良かったと言えよう。
そう思いながら実習用に持参したエプロンを身につけて、自分のグループの調理台に向かう。
隣のグループをちらりと見ると、日向はいつも料理教室で見にする花柄ピンクのエプロンと三角巾を身に付けていた。
いつも料理教室で見慣れた馴染みのある彼女の姿を学校で見ることに、なにか違和感と言うか、懐かしい感じと言うか……いずれにしても少し不思議な感覚が湧き起こる。
日向は長方形の調理台のうち、俺のグループに近い側に立っている。これはラッキーだ。
俺も何気ないふりをして日向のグループに近い方、つまり彼女と背中合わせになるような位置に立った。
そしてレシピが書かれたプリントが配られ、先生から説明がされた。レシピは料理教室で日向に教えたものと、ほとんど変わりはない。
これならば日向は落ち着いて調理に取り組むことができるはずだ。
そして──いよいよ調理実習が始まった。
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