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【23:春野日向は居眠りする★】
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春野は受け取ったジュースをひと口含んで、「これ美味しい!」と目を細めた。
「だろ? 甘すぎず酸っぱすぎず、ちょうどいい味……のはずだ」
「そうだね。さすが秋月君!」
春野は大事なものを扱うように両手でコップを包んで、俺を笑顔で見上げる。
お世辞じゃなくて、本当に美味しいと思ってくれている……と感じるような笑顔だ。
「なあ春野。ちょっとここで5分か10分くらい休んどけよ」
「あ、うん。そうする」
「俺はちょっと、他の生徒さんを見てくるよ。また休憩が終わったら、続きをやろう」
「うん」
春野をそこに残して、他の生徒さんの様子を覗きに行く。
三人の生徒さんは真剣な顔つきで、母の指導を受けていた。
ちょっと手元のおぼつかない女子大生に横からアドバイスをしたり、手本を見せたりしていたらすぐに10分くらい経ってしまっていた。
──あ、春野を忘れてた。
ふとそう思って、壁際に座る春野の方に目を向けると──
なんと春野はうつらうつらと船を漕いで居眠りをしているではないか。
──こんな所で寝るなんて、なんてやつだ……
そう思って春野の目の前まで行くと、うとうとと居眠りしている彼女の膝の上に、本が置かれているのに気づいた。
──参考書だ。
高校二年生の数学の参考書。
まだ俺たちは二年になったばかりなのに、この参考書は既にかなり読み込まれていて、よれっとしている。
足元には参考書を入れて来たであろう布製の鞄が、口を開けて置いてある。
料理教室の、こんなちょっとした合間にも参考書を広げて勉強しようとしている春野。
彼女が成績優秀な理由が、ここにあるのだと気づいた。
もしかしたら……
いや、きっと……春野がスポーツも音楽も高いレベルでやれるのは、こういう努力の賜物なのだろう。
春野は何でも楽々とできる、スーパーな女の子だから凄いのではない。
何でも楽々とできるように見えるほど、人の見えないところで努力をしている。
そこが春野の凄いところなんだ。
──そう思えてきた。
ならば尚更、春野が料理上手になれるように、俺は力になりたい。
俺の手助けなんて、春野にとってさしたる助けにはならないとしても、春野の力になりたい。
調理実習では、絶対に春野に恥をかかせたくない。いや、みんなから、さすがスーパーな春野さんだと言われるようにしてあげたい。
──俺は自然と、心からそう思った。
それにしても……春野は頭を下げて、すーすーと寝息を立てている。もしかしたら昨夜も遅くまで勉強をして、疲れているのかもしれない。
起こすのがなんだか申し訳ない気がして、どうしようかと躊躇しながら、春野の姿を頭の上から眺めていた。
「あきづき……くん……」
──ドキリとした。
聞こえるか聞こえないかという小声であるけれど、春野が寝言で確かに俺の名を呟いた。
いったいどんな夢を見ているんだ?
料理の特訓で、俺にいびられている夢じゃなかろうかと心配になる。
いや……もしかして起きているのか?
確かめるために、春野の頭に顔を少し近づけて、小さな声で囁くように呼びかけてみた。
「春野……」
俺の声が聞こえたのか、春野はゆっくりと顔を上げて、寝ぼけ眼《まなこ》でぼんやりと俺を見ている。
「ああ、秋月君。あのね……えっと……えっ? えっ? えっ? 秋月君っ!?」
「ああ、秋月だけど……」
春野は最初、夢と現実の狭間にいたようで、自分がうたた寝をしていたことに気づいて、たいそう焦った様子になった。
「あ、いや、ごめん! 私、寝てた?」
「ああ、寝てた」
「うわっ……ごめん! ホントにごめん!」
春野はかなり焦って、ぴょんと立ち上がり、おろおろしてる。顔は耳まで真っ赤だ。
たかが居眠りしてたくらいで、ここまで焦らなくてもいいのに。
──春野って真面目なんだな。
「いや、いいよ。疲れてるんだろ?」
「あっ、いや、大丈夫。私、変なこと言ってなかった?」
「いや、別に」
「そっか……」
変なことってなんだ?
春野は本当に、どんな夢を見てたのだろうか。
もし俺が登場して、変な役回りだったとしたら困る。
だから春野が俺の名前を呟いたことを明かすのが怖くて、黙っておくことにした。
「春野。疲れてるんなら、しばらく休んでていいよ」
「いや、ホントに大丈夫だから。せっかくここに来たんだし、ちゃんと料理の練習をしたい」
「そっか、わかった。じゃあ続きをしようか」
「うん」
春野が慌てて参考書を鞄にしまうのを見て、「昨日は遅くまで勉強してたのか?」と尋ねると、彼女は一瞬ためらった後に「いや、別に……」と答えた。
今の言葉の間から察するに、やっぱり昨夜は遅くまで勉強してたのだろう。
いやはや、やっぱりこの子は頑張り屋さんだ。
再び調理台に向かって包丁使いの練習を始める春野の横顔を見ながら、なんとかしてこの子の料理の腕を上げてあげたいと、改めて俺は気持ちを入れ込んだ。
「だろ? 甘すぎず酸っぱすぎず、ちょうどいい味……のはずだ」
「そうだね。さすが秋月君!」
春野は大事なものを扱うように両手でコップを包んで、俺を笑顔で見上げる。
お世辞じゃなくて、本当に美味しいと思ってくれている……と感じるような笑顔だ。
「なあ春野。ちょっとここで5分か10分くらい休んどけよ」
「あ、うん。そうする」
「俺はちょっと、他の生徒さんを見てくるよ。また休憩が終わったら、続きをやろう」
「うん」
春野をそこに残して、他の生徒さんの様子を覗きに行く。
三人の生徒さんは真剣な顔つきで、母の指導を受けていた。
ちょっと手元のおぼつかない女子大生に横からアドバイスをしたり、手本を見せたりしていたらすぐに10分くらい経ってしまっていた。
──あ、春野を忘れてた。
ふとそう思って、壁際に座る春野の方に目を向けると──
なんと春野はうつらうつらと船を漕いで居眠りをしているではないか。
──こんな所で寝るなんて、なんてやつだ……
そう思って春野の目の前まで行くと、うとうとと居眠りしている彼女の膝の上に、本が置かれているのに気づいた。
──参考書だ。
高校二年生の数学の参考書。
まだ俺たちは二年になったばかりなのに、この参考書は既にかなり読み込まれていて、よれっとしている。
足元には参考書を入れて来たであろう布製の鞄が、口を開けて置いてある。
料理教室の、こんなちょっとした合間にも参考書を広げて勉強しようとしている春野。
彼女が成績優秀な理由が、ここにあるのだと気づいた。
もしかしたら……
いや、きっと……春野がスポーツも音楽も高いレベルでやれるのは、こういう努力の賜物なのだろう。
春野は何でも楽々とできる、スーパーな女の子だから凄いのではない。
何でも楽々とできるように見えるほど、人の見えないところで努力をしている。
そこが春野の凄いところなんだ。
──そう思えてきた。
ならば尚更、春野が料理上手になれるように、俺は力になりたい。
俺の手助けなんて、春野にとってさしたる助けにはならないとしても、春野の力になりたい。
調理実習では、絶対に春野に恥をかかせたくない。いや、みんなから、さすがスーパーな春野さんだと言われるようにしてあげたい。
──俺は自然と、心からそう思った。
それにしても……春野は頭を下げて、すーすーと寝息を立てている。もしかしたら昨夜も遅くまで勉強をして、疲れているのかもしれない。
起こすのがなんだか申し訳ない気がして、どうしようかと躊躇しながら、春野の姿を頭の上から眺めていた。
「あきづき……くん……」
──ドキリとした。
聞こえるか聞こえないかという小声であるけれど、春野が寝言で確かに俺の名を呟いた。
いったいどんな夢を見ているんだ?
料理の特訓で、俺にいびられている夢じゃなかろうかと心配になる。
いや……もしかして起きているのか?
確かめるために、春野の頭に顔を少し近づけて、小さな声で囁くように呼びかけてみた。
「春野……」
俺の声が聞こえたのか、春野はゆっくりと顔を上げて、寝ぼけ眼《まなこ》でぼんやりと俺を見ている。
「ああ、秋月君。あのね……えっと……えっ? えっ? えっ? 秋月君っ!?」
「ああ、秋月だけど……」
春野は最初、夢と現実の狭間にいたようで、自分がうたた寝をしていたことに気づいて、たいそう焦った様子になった。
「あ、いや、ごめん! 私、寝てた?」
「ああ、寝てた」
「うわっ……ごめん! ホントにごめん!」
春野はかなり焦って、ぴょんと立ち上がり、おろおろしてる。顔は耳まで真っ赤だ。
たかが居眠りしてたくらいで、ここまで焦らなくてもいいのに。
──春野って真面目なんだな。
「いや、いいよ。疲れてるんだろ?」
「あっ、いや、大丈夫。私、変なこと言ってなかった?」
「いや、別に」
「そっか……」
変なことってなんだ?
春野は本当に、どんな夢を見てたのだろうか。
もし俺が登場して、変な役回りだったとしたら困る。
だから春野が俺の名前を呟いたことを明かすのが怖くて、黙っておくことにした。
「春野。疲れてるんなら、しばらく休んでていいよ」
「いや、ホントに大丈夫だから。せっかくここに来たんだし、ちゃんと料理の練習をしたい」
「そっか、わかった。じゃあ続きをしようか」
「うん」
春野が慌てて参考書を鞄にしまうのを見て、「昨日は遅くまで勉強してたのか?」と尋ねると、彼女は一瞬ためらった後に「いや、別に……」と答えた。
今の言葉の間から察するに、やっぱり昨夜は遅くまで勉強してたのだろう。
いやはや、やっぱりこの子は頑張り屋さんだ。
再び調理台に向かって包丁使いの練習を始める春野の横顔を見ながら、なんとかしてこの子の料理の腕を上げてあげたいと、改めて俺は気持ちを入れ込んだ。
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