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不思議な食事

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クレイドを待っている間に眠気が襲ってきた。
そのままソファーの上で横になって瞳を閉じてしまった。

どのくらい寝たのかは分からないが、もうそろそろ起きる時間かなと覚醒していない頭で考える。

優しい手が俺の頭をゆっくり撫でていて、眠りに誘われていく。
起きようと思ったのに、何だかまた眠くなってきた。

もういいかと全てを投げ出したくなっていた時、鼻が小さく動いた。
いいにおいがする、パンを一つだけ食べたからまだお腹が減っている。
眠気が押し寄せてきたが、食欲が優った。

目を開けると、テーブルに並べられた色鮮やかな見た事がない料理が並んでいた。
美味しそうなにおいに起き上がると、すぐ隣にクレイドがいた。

「おはよう疾風」

「おはよう…って時間じゃないか」

窓の外はすっかり暗くなっていて、ポツポツと店や民家がライトアップされているようで綺麗だった。
寝る前はまだ夕方くらいだったから、それなりに時間が経っている感じがした。

クレイドを待たせてしまって申し訳ない気持ちで謝ると「気にしてない、まだ眠いなら寝るか?」と自分の膝を軽く叩いていた。
さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないから気持ちだけ受け取った。

見た事ない料理でも、普通の人が食べられない料理だというのは俺でも分かる。

いつ持ってきたのかは分からないが、作りたてのような温かさを感じた。
料理を皿に盛り付けているクレイドを見つめる。

俺の視線に気付いて、不思議な顔をしていた。

「どうした?食べたいものでもあるのか?」

「どれも美味しそうだけど、なんで温かいのか気になって」

「魔術で温めているだけだよ」

「電子レンジみたいだ!」

クレイドから盛り付けられた皿を受け取った。
俺はどの料理が好きか分からないから、おすすめされた料理を食べる事にした。

そしてとっさに思い付いた事を言うと、自分でも恥ずかしくなった。
小学生でももっとマシな事が言えるだろ。

クレイドもさすがに何言ってんだと呆れると思っていた。
恐る恐るクレイドの方を見ると、肩を震わせて笑っていた。

そんなに笑う事だったのかと余計顔が熱くなった。
すぐに「違う」と否定されたけど、変な事を言ったのは他の誰でもない…俺だ。

「本当に悪い意味じゃなくて、俺も確かにそうだなと思っただけだよ」

「……うん、ありがとうクレイド」

気を遣わせるのも悪いから、話を切り替える。

見た目は唐揚げのようだけど、食感がしょっぱいマシュマロのようだ。
唐揚げは好きだけど、これは俺の好みではないな。

豆をフォークで刺して口に持っていくと、口の中で弾けた。

これは見た目は青色で何の豆か分からないが、口いっぱいに広がるこの味は食べた事がある味だった。
ただ、その料理の名前が思い出せない…何だったんだろうあれ。

考え事をしていたから、眉間にシワを寄せていた。
なんだろうアレ、あまり好きではない味なのは確かだ。

「美味しくないよな、俺も赤ん坊からいるが最初は慣れなかった」

「美味しくないわけじゃなくて…」

「疾風の好みに合わないなら同じだ」

クレイドが俺のために用意してくれたんだ、わがままなんて言ってられない。
口いっぱいにマシュマロ唐揚げを入れて、リスのように頬を膨らませた。

確かにクレイドの言った通り、慣れるのもそう遠くないかもしれない。

俺の場合は目を見て味を想像しているから変な感じなるんだ。
飲み込んで、目を瞑りながらランダムでフォークを刺した。

口に持っていくと、広がる旨味に目を開けた。

さっきとはテンションが違うそれは、俺の大好きな肉類だった。
目を開けると、何処の世界でも共通する美味しい肉がそこにあった。

「この肉美味しい、何の肉?」

「これは牛もどきの肉だね」

「もどき…?」

「他にも豚もどきやとりもどきもいるよ」

本当にもどきなのか分からないが、美味しいのには変わらない。
もう一口肉を食べて、クレイドはジッと俺の顔を見つめていた。

あれ?食べないのか?そんなに見られると食べづらい。
こんなにたくさんの料理が並べてあるからてっきりクレイドも食べるかと思っていた。

自分だけいろいろと食べて申し訳ないな。
「クレイドは食べないのか?」と聞くと「後ででいい」という言葉が返ってきた。
後でいいなら、盛り付けは今でも良いよな。

取り分け用の大きなスプーンを手にして、俺が皿を盛り付けると意気込んだ。

学生の頃、楠木があまり食べていないと言われていろんな人にいろんな食べ物をもらっていた。
それから楠木がちゃんと食べたのかは、俺には分からない。

綺麗に盛り付ける事が出来て、嬉しい気持ちのままクレイドに皿を見せた。

「はい、クレイドのぶん」

「…俺に?」

「当然、あ…苦手な食べ物入ってた?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ」

クレイドは声を震わせながら、俺を抱きしめた。
皿を溢さないように、上げているとクレイドが感謝の言葉を口にした。
元々クレイドが持ってきたんだから、感謝するのは俺の方だ。

クレイドがお礼を言うと、俺もお礼を言ってそれの繰り返しだった。
お互い一歩も譲らない状態で、最初に降参したのは俺の方だった。

とりあえず食べよう、話はそれからでも遅くない。
クレイドに盛り付けた皿を渡して、やっと食事が出来た。

味を覚えて工夫すれば、普段食べているものに近付けれるかもしれない。
両親が共働きで、夕飯をいつも自分で作ってるくらいの料理しか作れないけど…

隣を見ると、クレイドにとってはいつもの食事だからか黙々と食べていた。
でも、ちょっと嬉しそうな顔をしている…普段は一人で食べていたのかな。

俺、もしかしたら楠木と友達になりたかったのかもしれない。
でも、あの時は楠木の周りに常に人がいて声を掛ける事は出来なかった。

今は俺の隣にクレイドがいる、今ならあの時出来なかった友達になれるかもしれない。

「クレイド、その…」

「どうかした?食べづらいならもっと他のを持ってくるよ」

「いいよ、だんだん慣れてきたし…そう、じゃなくて…」

「………?」

「俺、クレイドと友達になりたいんだ!」

友達になりたいと言うだけなのに、こんなに勇気がいるものなんだな。
相手が俺とは違う輝く道を歩いている存在だからかな。

それでも、友達になりたい…沈黙が耐えられなくてクレイドの方を見た。
その顔は、一生俺の心に残り忘れられないものになる。

さっきまでの嬉しさの影がなくなり、絶望に顔を青ざめていた。
友達になりたいと言っただけなのに、なんでそんな顔をするんだろう。
もしかして、この世界での友達って別の意味があるのか?

もし悪い意味があるんだったら、ちゃんと訂正しないと…

「友達って言うのは、元の世界の意味と同じで」

「…ごめん、友達にはなれない」

俺の説明を聞いて、楠木は下を向いてそう言った。

そっか、そうだよな…元の世界に帰るのに友達とかふざけてると思われるよな。
少し仲良くなった気になって、一人で舞い上がっていた。

クレイドにとっては、クラスメイトとして俺の世話をしているだけなのに。

俺も空気が悪くならないように「俺の方こそごめん!早く食べて元の世界に帰れる方法を探そう」と明るく言って、口にいろいろ放り込んだ。

あれ…こんなに味がなかっただろうか、さっきまではちょっと美味しく感じていたのに今は…

クレイドとの食事はその後無言のまま終わり、食器を片付けに部屋を出た。
呆然と天井を見つめて、まるで失恋したような気持ちだった。
そんな感情を抱いた事はないのに、友達にすらなれない俺はクレイドの何になれるのだろうか。

パシり?クレイドがそれをするとは思えない、いつも人に頼らず自分でやってたし。
やっぱり背景の一部を演出するしかないよな、クレイドにとって鬱陶しいとは思うけど。
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