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籠の中

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「どうした?なにかほしいものでも」

「今はまだ……あ」

周りをウロウロしながら見ていたからかクレイドに言われて、俺は早速頼む事にした。

クレイドに持ってきてもらうんじゃなくて、俺が自分で元の世界に帰れる方法を探すために本が見たい。
クレイドは少し考え込んでから「夜中なら皆寝ているから夜中に資料室に行ってみるか?」と言われて、首が取れそうなほど頷いた。

ここは城と兵舎が隣接している場所で、クレイドとザット団長のみ城に別室がある。
王族に万が一なにかがあった時にすぐに駆けつけられるように。

兵舎はいろんな人がいて危険だから、城の別室にいる。
城の資料室なら元の世界に帰れる方法が何処かにあっても不思議ではない。
俺の顔を何人かに見られたから、ローブを脱いでも分かる人には分かる。

まだ風化するには早いからな、モブ過ぎてすぐに顔は忘れそうだ。

今すぐにでも行きたいが、今はまだ人が起きてる時間帯だから我慢だ。

「もうそろそろ夕飯の時間だな、取ってくるよ」

「ありがとう、俺もなにかお礼したいんだけどなにか手伝う事ある?」

「疾風の笑顔が見えるだけで嬉しいよ」

クレイドに頬を軽く撫でられて、少しドキッとした。
さすが少女漫画のヒーローだ、男ですらちょっと意識しそうになった。

クレイドはそんなつもりがなくても、きっと無意識にそうなってしまうんだろう。

俺の笑顔に価値はないから、遠回しに何もするなって事なのかな。 

クレイドが部屋を出て、俺はそのまま何もする事がなくなった。

何もするなと言われても、いくら異世界とはいえぐうたらはなぁ…

ふと、窓の外を見てみると街が見渡せる絶景が広がっていた。
あの時は逃げるので必死で、こうして余裕で見る暇はなかった。

そうだ、少しの間とはいえここにいるからソーラさんに助けてくれたお礼もしたい。
でも俺がクレイドと一緒に自由行動出来るのは夜中だけだからな。

バイトが出来たらお金を払えるんだけど、そもそも人に見つかっちゃいけないから無理だ。

他には、パンをいっぱい買う?でもそれは結局クレイドの金になるから意味がない。
街を見ながらあーでもないこーでもないと考える。

その時、他の人とは明らかに違うなにかが横切っていた。
それを見て、とっさに窓から映らないようにしゃがんだ。

なんで堂々と魔物が街中をうろついているんだよ。
しかも、他の人には見えていない様子で素通りしていた。

起き上がってもう一度魔物を見ようと探すが、もう何処にもいなかった。
俺、疲れてたのかな…いるわけないよな魔物なんて…

もう窓も見る気が失せて、ソファーに座って大人しくクレイドを待つ事にした。






・クレイド視点・

今日あった出来事を国王に報告するために、長い廊下を歩いていた。
これ以上疾風を追いかけ回さないように、脱走した魔物は死んだ事にするか。
俺を頼りきっているザット団長だって俺の言葉は疑わない。

そうだ、ザット団長にも報告しないとな…身代わりで魔物の拠点を一つ潰したんだから。

情報を共有しておかないと嘘なんてすぐに分かってしまう。

嘘か…俺は疾風にも、いくつかの嘘を付いている。
疾風には一緒に元の世界に帰る方法を探そうと言った。
俺の言葉を信じて疾風は嬉しそうにしていた、そんな気は最初からないのに…

一番会いたかった子が俺の記憶のままの姿でいるんだ、手離すわけにはいかない。
もし気付かれても、酷いと責められたって構わない。

今の俺は、もう人生にどうでもいいと感じているザット団長の傀儡ではない。
疾風が俺に生きる希望を与えてくれた、人のようにしてくれるのは疾風だけだ。

でも、俺の今の姿は疾風の知る俺ではなくなった。
死んだんだ、楠木悠里は…今の俺はクレイド・ディアハート。

楠木と前の名前で言われてるのは嬉しかったのは確かだ。
疾風は何も変わっていないから、まるで学生時代のようでドキドキした。
でも、冷静になったら疾風が他の人間の名前を呼んでいるようにも感じた。

中身は楠木だとしても、姿はクレイドだ…クレイドと呼んでほしい。
そうしたら、この世界で俺のものって感じで気持ちが高鳴った。

俺のものなんだ、誰にも絶対に渡すわけにいかない…当然元の世界が相手でも…

本音は早く疾風のところに帰りたいんだけど、もう少し時間が掛かるな。

城の別室は俺とザット団長それぞれの部屋があるが、同時に泊まる事はない。
住み込みの護衛のような感じで、交代で泊まっている。

今後は俺が全て城に泊まる事を伝えておかないと。
ザット団長も堅苦しい城の中は嫌だと常に言っていたから断らないだろう。

後ろから大きな声を上げて、騎士が俺のところに走ってきた。

ここで無駄な時間を過ごすと、疾風の時間が減るから眉を寄せて騎士の方を見た。
この騎士は俺が不機嫌なのに気付いていないのか、俺の背中を見ていた。

「クレイド様!背中に血がっ、怪我をされたんですか!?」

「あぁ、これは気にしなくていい」

「そうはいきません!今すく医務室に…」

騎士が俺の背中に触れようとして、腕を強く握った。
引き寄せて、至近距離でもう一度「何もしなくていい」と疾風に聞かせられないほどの低い声で伝えた。

鈍感な騎士だったが、さすがにこれは分かったのか顔が真っ青になって小さく返事をした。
跡が少し残っている腕を離すと、頭を下げて走り去っていった。

誰にも触れさせない、これは俺にとって大切なものだ。

誰が付けたのかは分からないが、疾風の身体にあった傷。
俺にとって、疾風に与えられた贈り物だと思っている。

でも、傷はすぐになくなってしまう…後ろのこの傷も…

今度は疾風に与えられた傷がいいな、快楽に溺れた疾風が付けた傷は他の何よりも価値がある。
さっきまでの不機嫌な顔はなくなり、小さな笑みを浮かべた。

疾風は俺に治療の力があると思っているみたいだけど違う。

でも、この力を知ったらきっと疾風は俺の事をどう思うのか怖い。

俺を怯えないで、離れていかないで…疾風の心も俺の近くで縛り付けなければ…

ザット団長には知られているから、何処で疾風の耳に入るか分からない。

今すぐ殺したいけど、それがバレたら俺はきっと処刑だろうな。
疾風の居場所もなくなるのは避けたい、次生まれ変わって巡り会うかは分からない。

そんな小さな可能性に賭けるほど、俺は心に余裕はない。
今いる疾風を大切に大切に籠の中で守って離さない。

疾風は何も知らずにずっと俺の傍にいてほしいな。
この世界で疾風が頼れるのは俺しかいないんだから。

国王の部屋の前に立ち、名前を言うと護衛の騎士に通された。

俺の学生時代から止まっていた時間がやっと動き出した。
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