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楠木と疾風

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無言でジッと見つめられると、嫌な冷や汗が流れる。

俺、無意識にこの人に個人的に恨まれる事をしたのかな。

「君、名前は?」

「…えっ」

「名前、フルネームで」

俺の名前を知ってどうするんだろう、指名手配に書くのかな。
さっき、「疾風」って聞こえたけどこれも空耳だったのか。
空耳が多いな、この世界で俺の名前を呼ぶ人は誰もいないのに…

名前を言って困る事は何もないからそれくらいならいいかな。
呪いを掛けるために名前が知りたいなら困ってしまうけど。

「相田疾風…です」とベッドの上の変な体勢で自己紹介した。
聞いたのは金髪の騎士の方なのに、少しの間沈黙した。

何でもいいから一言くらいなにか言ってほしいんだけど。

冷たく見られるのか笑われるのか、どんな反応をするのか分からなかった。

その結果は、俺が考えていたどちらも違っていた。

俺を見つめる優しい顔は、余計に混乱してしまう。

「あの、俺…」

「本当に、君は疾風なのか」

「そうですけど」

俺はずっと心に残る不思議な引っ掛かりを感じていた。

俺の名前を口にした彼は、誰かから俺の名前を聞いたわけではなく元々知っていると言いたげだった。
誰にも話してないから他の人から聞ける筈はなく、彼も知らない筈だ。

腕が俺に延びてきて、びっくりして強く目蓋を瞑った。
何をしてくるのか分かっている騎士団長達よりも、この人の行動が分からず戸惑う。

金髪の騎士の手は俺の頬に触れて、ゆっくりと撫でていた。
その顔は愛しい者を見るような顔に見える、俺をそういう目で見ていないのは分かるけど、どういう事なんだ?

俺が口を開くのと同時に着ているローブが突然発光した。

いろんな事が起きすぎて、びっくりしてローブを掴んだ。
金髪の騎士はプチパニックの俺とは対照的に冷静に俺を見つめていた。

ローブはより光を増した次の瞬間、光と共に消えた。
ずっと脱げなかったローブから解放されて、俺の気持ちもやっと安らげる事が出来た。

「ありがとう、脱げなくて困って…」

「………」

俺が最後まで言う前に、金髪の騎士に包み込まれるように抱き締められた。
えっと、これは…なんだろう…どちらかと言うと感極まって抱き締めるのは俺の方では?

どうしよう、この場合なにが正解なんだろう…こんな事初めてだ。

耳元から聞こえるのは、少し泣いているような声だった。

慰める方法は分からないから、頭と背中を両手で撫でた。
俺も昔母さんにされたなぁと呑気な事を考えていた。

いつもこの騎士の行動は予想が出来ず、いきなりだ。

抱き締めたと思ったら、俺から身体を少しだけ離す。
さすがに男に撫でられたら気持ち悪くて怒ってしまったのかもしれない。

「ごめんなさい!泣いてるように思って調子に乗りました!」

「………り」

「…え?」

「俺の名前、楠木悠里ゆうり

この人の名前はクレイドではなかったのか?他の騎士達が呼んでいたからそうだと思っていた。

いや、それは置いておいてこの人はなんて言った?

楠木って言った、しかも下の名前もちゃんと合っていた。

確認するように「楠木?」と口にすると、金髪の騎士は嬉しそうに微笑んでいた。

本当に楠木なのか?じゃあ生まれ変わったのか、それとも俺みたいにこの世界に呼ばれたのか。
顔が別人だから俺とは違うけど、生まれ変わりもやはり年齢が可笑しい。
いったい楠木になにが起こったんだ?目の前のこの人は本当に楠木?

頭がぐるぐると分からなくなって、気付くの遅かった。

気付いた時には、俺の唇が楠木の唇に重なっていた。
その間ほんの数秒だったんだろうが、俺の魂を抜くのには時間は掛からなかった。

頭が真っ白になる俺に楠木は心配そうに頬に触れていた。
やっと魂が戻ってきて、慌てて楠木の肩を押した。

「なっ、なんっ…なんでキス!?」

「再会の喜び?」

「楠木がしたのになんで疑問系なんだよ!」

「初めて、俺の前世を知っている人に会えたから」

楠木の言葉に少しだけ冷静を取り戻して、俺は楠木を見つめた。
顔は違うけど、中身は楠木なんだな…前世って言ってるし…

俺も、やっと一人じゃないんだって思えて楠木の嬉しさは分かる。
キスも嬉しさで少し暴走したのかもしれない、俺には理解が追い付いていないが。

とりあえず、この押し倒されているような体勢は止めたい。
楠木は肩を押す俺の手を掴んで、痛かったかもと謝った。

「謝る必要はない、俺も突然キスをしてごめん」と言いながらベッドに縫い付けるかのように俺の手をギュッと握った。
言ってる事とやってる事が真逆で、楠木がもう分からない。

「と、とりあえず一回座らないか?この体勢で話し合えないし」

「俺はこのままでも構わないけど」

「いや、さすがに男同士とはいえ襲われてるように見えるから、な?」

楠木だって、不本意な事を思われるのは嫌だと思う。
俺の知る楠木は、誰にでも優しくクラスの人気者だった。
でも楠木だって人間だ、喜怒哀楽くらい持っているのは当たり前だ。

楠木の顔を見ると、さっきの笑顔が引っ込んでいた。
冷たいわけではないが、スッと顔が無表情に変わりびっくりした。
そんなに怒ったのか?冗談だよと笑っても変わらなかった。

いくら楠木でも調子に乗った事を反省、今の楠木は俺の生死を握っている事を忘れていた。
両手が塞がっているから、軽く楠木の手を握り返す事しか出来ない。

「ごめん楠木、不快になったよな」

「なってないけど、疾風が座りたいならいいよ」

そう言って楠木は俺から離れてベッドから降りて、穏やかな声に安堵した。
上半身を起こした時に、ズキッと身体中のあちこちが痛み出した。

忘れていたのに、塞がっていない傷がまた開いた気分だ。
楠木も俺の異変に気付いて、ベッドに戻って肩を掴んできた。

「何処か痛むのか!?」

「えっ…ちょっと背中と足をやっちゃって」

「傷口を見るだけだから、ごめん」

そう楠木に言われて、ベッドに俯せの状態で押し倒された。
俺がなにか言う前に、制服のシャツを上まで上げられた。

いくら背中だけ見せているとはいえ、ちょっと恥ずかしいな。
俺からは背中がどうなっているのか分からないが、楠木が言葉に詰まっているのは分かる。

そこまで酷いのか、見たいような見たくないような複雑な気分だ。

無言になってしまった楠木に心配で小さく名前を呼んで振り返った。
その時、楠木は俺の背中に唇を寄せていて目を丸くした。

何をしているのかと見ていると、熱く濡れた舌で俺の傷口を舐めていた。
子供の頃は傷口を舐める事はあったが、さすがに鞭で打たれた傷は石をぶつけられた時よりも激痛が走った。

暴れて止めさせたかったが、肩を掴まれていて身動きが取れない。
シーツを思いっきり掴んで、耐えるしかなかった。

「いっ、つ…痛い、やめっ…うぐっ」

「……」

俺の情けない声は楠木には届く事はなかった。

まさか、唾液で治そうとか思ってる?それで治ったら医者がいらないだろ。

この世界の常識は分からないが、それだけは分かる。

病院に行けないお尋ね者の俺だから楠木が応急措置をしているのかもしれない。
そうだとしても、もっとなにかあるんじゃないのか?

目が熱くなり、痛みに耐えて涙を流して息が荒くなる。
どのくらいそうしていたのか、楠木が離れた時には全身が脱力していた。

楠木に「もう治療は終わった」と言われて、一瞬何の事か分からなかった。
治療をしていたのか、舐めていただけに見えたんだけど…
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