上 下
141 / 167

141 大魔術師の落とし物(1)

しおりを挟む
 学園長は、それからしばらく学園に居た。
 学園長がいることで、日々の夕食は、食堂ではなく、大広間での食事となった。
 朝食と昼食は、みんなと同じものを、部屋へ運ぶことになっていた。

「今日の朝食、持っていこうか?」
 学園長の部屋へ食事を持っていくのは、ヴァルの仕事だ。
 ヴァルが朝弱いにも関わらず、毎朝、学園長のために、パンを焼いたりサラダを用意したりするのは、なんだか不思議な光景だった。
 ……自分は、朝食はりんご1個だったりするのに。

 だから、その言葉は、気遣いだったし、厚意だった。そのほとんどは。
 残りの少しは、学園長と話すチャンスが欲しいと思っていることだ。

 エマの心には、一つだけ、気になることがあった。
 ヴァルを転生させたのは、学園長だという話だ。
 だからもしかしたら、エマを転生させたのは学園長なんじゃないかと思っていたし、そうでなくても、転生について何か知ることができるかもしれないと思っていた。
 けれど、こっそりと学園長に近付くチャンスがない。

 今まで、気にもならなかった。学園長とゆっくり話すことができないことに。
 けれど。

「ありがとう。大丈夫だよ。これは俺の仕事だから」

 その言葉。
 もしかしたら、師弟関係で守らないといけないものなのかもしれない。
 けど、食事を持っていくだけで、ここまで守らないといけないものなのだろうか。

 なんだか、学園長に避けられているような気がしてしまうのだ。
 エマを?それとも、ヴァル以外の全員を?
 それは、わからない。
 けど。

 なんだか、不自然さを感じてしまっていた。

 そんなある日のことだった。
 その日は、偶然、昼食のお弁当と一緒に、食堂のおかみさんがちょっとしたプチケーキを届けてくれていた。
 そのため、お茶の時間には、全員が食堂に集まっていた。
 学園長を含む全員が。

 学園長は、お誕生日席に座るため、エマの隣にはシエロが居た。
 少し手狭な感じはしたけれど、それほど困ることはなかった。
 もともと、食堂の部屋自体は大きいのだ。

 メンテが、いつも通り紅茶を入れてくれた。
 プチケーキは20個あり、数も申し分なかった。
 余ったケーキは、ヴァルの口の中へ消えていった。

「美味しかったね」
「私またお礼のお手紙書こうかな」
「おや、エマはお礼の手紙を書くのかい?」
 そうエマに尋ねたのは、他でもない、学園長だった。
「はい。嬉しかった気持ちは、出来るだけ相手に伝えないとって思ってて」
 学園長は、これ以上ないほど、優しい笑顔を見せた。
「いい心がけじゃのぅ」
 エマも、それに応じるように笑顔を見せた。

 食堂には、たまたま全員がいて、全員がお茶の後片付けを始めていた。

 今、いいチャンスかも。

 エマは、学園長の側に寄って行った。
「学園長、ちょっといいですか」
 話がしたいと、一言言うつもりだった。
 ただ、それだけ。

 学園長はすでに立ち上がり、扉の方へ行こうとしていた。
 エマが声をかけたので、ふいっと後ろを振り返った。

 その瞬間。

 カシャン、と音がした。

 学園長の服から、何かが落ちた音だった。

 全員が、そちらの方に目をやった。
 シエロ、ヴァル、チュチュ、メンテ、リナリ。そして、エマ。その全員が。

 そして、エマ以外の全員が、ピッタリと固まるようにそれを凝視した。

 エマが、それに駆け寄る。

「学園長、落としましたよ。壊れてないと……」

 そこまで言って、エマは、それに触れる手前で、ピッタリと止まった。

 エマは、そこでやっと、自分がやらかしたことに気がついた。



◇◇◇◇◇



今回からの展開で、この物語の設定は出し尽くすことになると思います。
こんな話だったのか~って思っちゃってください!
エマちゃんが知ってしまった事実とは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

裏ありイケメン侯爵様と私(曰く付き伯爵令嬢)がお飾り結婚しました!

麻竹
恋愛
伯爵令嬢のカレンの元に、ある日侯爵から縁談が持ち掛けられた。 今回もすぐに破談になると思っていたカレンだったが、しかし侯爵から思わぬ提案をされて驚くことに。 「単刀直入に言います、私のお飾りの妻になって頂けないでしょうか?」 これは、曰く付きで行き遅れの伯爵令嬢と何やら裏がアリそうな侯爵との、ちょっと変わった結婚バナシです。 ※不定期更新、のんびり投稿になります。

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

処理中です...