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120 囚われのお姫様(3)

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「ごっめん、やりすぎたかな!?」
 キリアンが打って変わって、愛想のいい声を出す。
「ヴァルくん、申し訳ないことをしたと思ってるんだ」
 シエロはしょげた声を出した。
 二人ともまだアイマスクを着けられ、しょんぼりと並んでいる。

 そんな二人には見向きもせず、ヴァルは、エマの前に立っていた。
 チュチュとマリアが、それを見守る。
 ヴァルがエマの手を掴み、引き寄せた。
「エマ・クレストは返してもらう」
 そのまま引っ張られていく。

 屋敷の門をヴァルの足が踏んだところで、キリアンとシエロの魔術が解かれた。

「……なんだ、あいつ」
 キリアンが、ヴァルの後ろ姿を眺めながら言う。
「あんなに感情豊かでかわいい奴じゃなかったろ。いつも偉そうな顔して」
「そうだったよね」
 シエロが、懐かしい顔で言った。
「エマと会うまでは、そんな顔してたよ」
「ってか、エマちゃんがいつからお前のものになったんだよ。“返してもらう”じゃねぇだろ。自分のものアピールしてんじゃねえぞ。やり方が汚いとこは相変わらずな」
 キリアンが、面白そうに笑った。

 ヴァルはエマの手を引いて、ズンズンと歩いていく。
 ヴァルに手を掴まれて、自分が緊張しているのがわかった。
 息が止まりそうだ。

 前からこんな感じだっただろうか。

 けど、今のヴァルの手と、今までのヴァルの手は、なんだか違う気がする。

 もっと、緊張してしまっているような気がする。

 久しぶりに会ったヴァルの背中も、風に揺れる髪も全部。
 確かに今までと同じなのに、ジークなんだというだけで、どうしても、重ねて見てしまう。
 何かフィルターがかかったような。

 ヴァルってどんなだったっけ。
 ヴァルの手ってどんなだったっけ。
 こんなに心臓が高鳴るものだったっけ。
 なんでこんな。

 思考とは裏腹に心臓が高鳴る。
 うるさいくらいにバクバクと鳴る。
 重ねて見たいわけじゃない。

 でも。

 この手が、ジークなんだというだけで。

 心臓が勝手に。

 勝手に。

 屋敷からかなり遠ざかった時、ヴァルが、後ろを振り返った。
 エマが声もなくぼろぼろと涙を流していたせいで、ヴァルがぎょっとした顔をする。

 林の向こうから風が吹いて、木がざわざわと鳴った。

「ごめん、エマ」
 離すまいとするように、ヴァルはエマの手を掴んだままだった。
「騙すつもりじゃなかったんだ」
 苦しそうに言うヴァルの顔に、直視できないほど、どぎまぎしてしまう。
 エマは、俯いた。

「…………こっちこそ、ごめん。今まで、勝手なこと、たくさん言ってた。もうあんな風に言わない。ヴァルに迷惑かけたりはしないから」
 エマの手を掴むヴァルの手に力が入る。
 ヴァルが一歩前へ出ると、エマの空いている方の手も掴んだ。
「嬉しかったから。全部」
 ヴァルが、下を向く。
「ずっと好きでいてくれたおかげで、俺の今があるから」

 エマの涙が、更にぼろぼろとこぼれた。

 そんな一言で、今までのことが全て報われたような、そんな気がしてしまう。
 今までジークを好きだったことも。
 死んでしまったことも。
 生まれ変わって魔術師として生きてきたことも。
 全部。

 エマが余計に泣いたことで、ヴァルが動揺した。
「ごめん、ほんと……。ごめん」
 ヴァルが静かに言う。
 慰めるように、あやすように、何度も何度もそう言って。
 ヴァルのその声は、木の騒めきと一緒に、静かに空に溶けた。



◇◇◇◇◇



エマちゃんを救出して一件落着。
次回はシエロくん回です。
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