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3 アップデートの日(2)

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 その日も、アプデを確認して、朝御飯も食べずにざっとプレイする格好になるのに、それほど時間はかからなかった。
 まず、最後までやってみて、最後まで楽しんで、また最初から攻略するスタイルだ。
 その方がネタバレも怖くない。

 ランドルフ王太子のルートであるけれど、ジークもかなりのメインキャラ。
 田舎の伯爵家に生まれたジーク。王太子の手前、気持ちを押し殺し、ヒロインには優しくできずにいるのだけれど。魔術師として血の滲むような努力を経て、ヒロインを手助けする様は、本当に……本当に尊い。
 ちょっとツンデレっぽいところもいい。

 この尊さ。わかるだろうか。わかるだろうか、この気持ちが。
 心臓が高鳴るこの気持ちが。
 まだジークルートが出ていないだけあって、ジークがメインのスチルはまだ少ないけれど。
 ジークを目にするだけで、泣くほど嬉しくなる。
 ジークルートが解放された日なんて来たら、いったい私はどうなってしまうんだろう。
 ああ、一生ついていきます。バイトもがんばります。

 あ……。

 最後までざっとストーリーを追うために、進めていた画面に、ジークが現れる。
「ふふふっ」と声が漏れる。
 こんなところで、まさかの新規立ち絵。いつもは乱雑にまとめている長い黒髪が、今日は少し正装に近い。ああ、凛々しい顔つき。
 授業まであと1時間かぁ。朝御飯やめれば、もう少しなら大丈夫かな。

『俺もいるよ』

 ヒロインを前にしての伏し目がちな顔つき。
 はぁぁぁぁぁぁ。

『守るよ。守らせて欲しい』

 これは……、と思う。

 そして、ジークは、王太子の元へと走る、後ろ姿を見送った。

 こ……告白するのかと思った……。
 翼竜ととうとう戦うなんていう場に来て!ラストバトルが終わったらきっとエンディングだ。
 このゲームで初めて迎えるエンディング。推しでなくてもワクワクする。
 次に公開されるのはジークルートだといいな。

 ジークルートなら告白シーンもあるのかなぁ、なんて思う。
 ジークが短剣を取り出す。ジークは魔術師なのだけれど、魔力を込めるアイテムは、杖などではなく短剣だ。

 その瞬間。
 
 息を呑む。
 まさかこんなところで。
 画面には、短剣を掲げたジークの顔がアップで映っていた。
 スチル……。
 こんなところで。
 ジークルートなわけじゃないのに。
 ジーク一人だけが大きく映し出されたスチルがそこにはあった。
 王子ルートのラストストーリーだから、期待なんてしてなかった。こんな奇跡があるなんて。
 目頭が熱くなる。
 なんて尊い……。生まれてきてくれてありがとう……。

 けど、どうしてここで?
 最終章には王太子のスチルすら、まだ出てきていないのに。
 異様な力の入ったイラスト。
 ジークの決意の瞳。艶めいた眼差し。

 伝説の翼竜が現れる。
 人の手には届かぬ天空に住むという。忘れた頃に現れては、地を焼き払うという伝説の翼竜。
 ドラゴンなのかといえばそうとも言えず、その外殻はまるで透明であるようにキラキラと輝いており、直視できない。翼があり、飛べることがわかるだけで、誰もその姿をしっかりと確認できたものはいない。
 それは唐突なことだった。
 予言されていたよりも数十年早く、奴はやって来た。
 轟々と風が騒めき、周りの人の声も聞こえなくなる。
 太陽の光を反射し、直視できないその姿が襲いかかる。

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。



◇◇◇◇◇



この乙女ゲーを作っているのはマループロジェクトという一人サークル。
プロット、シナリオ監修、プログラミングはマルー本人が手がけています。
イラストやシナリオは知り合いに外注。
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