ホワイト・ルシアン

たける

文字の大きさ
上 下
80 / 86
第25章.変動

2.

しおりを挟む
監督をリビングに通し、ローテーブルを挟んで向かい合っていた。俺は──どんな話か分からず──緊張していたが、監督はコーヒーを飲み、リラックスしているように見える。

「我孫子監督、お話と言うのは……?」

早く終わらせて帰って欲しくて、俺から口を開いた。

「あれだけ忠告したのに、朋樹と付き合ってるんだな。しかも同棲まで……」

咎める口調ではなく、笑っている。俺は、はい、と認めた。

「その事はまぁ、仕方ない。若いうちってのは、止められれば止められる程、反発したくなるものだ」
「そう言うのじゃありません……」

若いと言ったって、俺はもう35だし、朋樹だってもうすぐ29になる。分別の付かない歳ではない。

「そうか?じゃあ、その話はそのぐらいにして……沢村の話をしようか」

いよいよ本題だと──居住いを正し──唇を濡らすようにコーヒーを含んだ。

「先日は悪かったな。オレも、魔が差した、と言うべきか……その……君に、嫉妬してたんだ」
「嫉妬……?僕に?」

意味が分からない、と言うより、それってむしろ、我孫子監督が康介さんを……

「オレはずっと……沢村が好きだったんだ」

やはり、そうだったのか──って、さっき気付いたばかりなんだけど──と思う。監督は微笑し、当時を思い返すような眼差しを、窓の外へ投げ掛けた。

「出会ったのは、全日本柔道学生優勝大会でだったんだけど……アイツは大学1年で、オレは4年だった。一目惚れ、って言うのかな……うん。きっとそうだ」
「と言うと……」
「もう30年……片想いだった」

見かけによらず、随分と一途な人だったんだと驚く。感嘆の息を漏らすと、監督は顎髭を擦った。

「別に、どうこうなりたい訳じゃないんだ。ただアイツが……君をまだ好きみたいでね」
「そ、そんな……」

そんな事を言われても困る。俺は朋樹と……

「正直、君は沢村の事をどう思ってるんだ?朋樹の事は抜きにして」
「どうして貴方に教えないといけないんですか?」
「アイツから、何か言われなかったか?カクテルをプレゼントしてもらったとか……」

ふーっと息を吐き──落ち着きを取り戻してから──2人で飲んだカクテルを思い出す。

「再会してすぐ、アフィニティとオリンピックをいただきました」

監督はカクテルの名前を言う度、携帯で意味を調べているようで、俯いている。
それぞれ、触れ合いたい、と言う意味と、待ち焦がれた再会、と言う意味だ。

「それだけか?」
「いえ……別れ際にライラを……その時は、何のカクテルか教えてくれなくて、分かったら連絡してと言われました」

今、君を想うと言う意味だと知ったけど、最後はまた、別のカクテルだった。

「最後にいただいたのは、プリンセス・メアリーでした」

そう伝えると、ふ、と顔を上げて俺を見つめてきた。

「どうして?」
「そんなの、僕に分かる筈ないじゃないですか!」

あの時俺は、康介さんに突き放された。
確かに朋樹の事は好きだったし、恋をしている自覚もあった。


──だけど俺は、康介さんを……!


気持ちを伝える事も許されなくて、ただ、受け入れるしかなかった。
涙が流れていた。

「……その涙だけで十分だよ」

それは、康介さんと同じ台詞だった。

「朋樹を……愛していない訳じゃないんです……」
「あぁ、分かてる」
「伝えたかった……」

顔を覆う。涙が止まらない。

「伝えなきゃ駄目だ。ちゃんと終わらせないと」

監督はそう言い、俺の前に携帯を差し出した。

「アイツは終わらせる事を怠った。君にそんな辛いしこりだけ残すなんて……!」

涙を拭い、差し出された携帯を見遣る。するとその画面には、ホワイト・ルシアンと言うカクテルが表示されていた。

「これをプレゼントして、ちゃんと終わらせるんだ」


──ホワイト・ルシアン……愛しさ……


「なぁ剣崎君。以前も言ったけど、沢村はオレの任期が終わったら、オリンピック日本代表の監督になる男だ」
「そう……なんですか……?」
「あぁそうさ。オレが委員会に推してる。それに、来月から強化合宿も行う予定なんだが、それにも特別コーチとして帯同してもらおうと思ってる」

何が言いたいのか分からず、首を捻る。

「きっとアイツにも、痼となって残ってる筈だ。そんなの、お互いに苦しいだけだろう。だから、例え結ばれなくとも、気持ちは伝えておくべきだと、オレは思う」

力強い眼差しに、そうなのかも知れないと思った。


──最後だからこそ、正直な気持ちを……


「考えてみます」
「あぁ、そうしてくれ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

2人

たける
BL
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆ もう君を、失いたくない…… 【あらすじ】 交通事故に巻き込まれ、視力を失った天涯孤独の葉山ミノルは、ある日自殺を試みる。 その時、親友の声が聞こえてきて踏みとどまるが、既に親友は亡くなっていて…… 最後は恐らくハッピーエンドです。 ※軽い性描写と暴力描写がありますので、苦手な方はご遠慮下さい。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります

かとらり。
BL
 前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。  勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。  風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。  どうやらその子どもは勇者の子供らしく…

処理中です...