57 / 86
第18章.ジプシー
3.
しおりを挟む
いつもと変わらない雰囲気で、カウンターに座って待つ。その間、どうやって切り出せばいいのかと、悩んでいた。
──そんなの、分かる筈ない……
アメリカーノ──ビター・ベルモットとスイート・ベルモット、そしてソーダとレモンの果皮を入れたもの──を飲む。カクテル言葉は、届かぬ想い、だ。
今の私にぴったりだと──自嘲気味に──笑う。
その時、彼が入ってきた。
「お待たせしてすみません」
そう言いながら、私の隣に座る彼は、黒いスーツに白いカッターシャツ、そしてワイン色と暗いグレーのストライプのネクタイを合わせていた。
「……い、いや。私もさっき来たところだ」
一瞬、見とれていた。取り繕うように、笑って見せる。
「何を飲まれてるんですか?」
「うん?アメリカーノだよ」
「美味しそう……僕も同じものを」
「いや、君は」
「康介さん」
名前を呼ばれ、彼を見つめる。悪戯っぽく煌めく瞳が、私を見ていた。
「あのカクテルの意味を、知ったんだってね」
心の奥を見透かされそうで、目を逸らした。その間に彼は、私と同じものを注文する。
「……はい。ちょっと前ですが……」
連絡しなくてすみません、と、謝る彼に、カクテルが差し出される。
「構わないよ。あれは……忘れてくれ」
「どうして?あれが、康介さんの本当の気持ちなんでしょう?」
──今、君を想う……
確かにそうだ。いつだって君を想っている。
好きだ。そう伝えてしまえたら……
だが私は──私からは──言えない。
「剣崎君……朋樹はまだ幼い、と言っても、もう28になるんだが、精神的にはまだまだ子供で、至らない点や未熟なところは沢山ある。小さな事で腹を立てたり、白黒ハッキリさせないと気が済まなかったり、負けず嫌いで、時に回りが見えなくなる時もある。だがね、親バカで言うのではないが、とても真っ直ぐな子なんだ」
「……はい、そうですね」
「朋樹を頼む」
カラン、と──カウンターで──氷が鳴った。
「それって……」
「君は朋樹が好きだろう?」
彼の瞳が潤む。そして、差し伸べられた手が、私の頬に──優しく──触れた。
「僕の気持ちは、お聞きになられないんですか?」
聞きたい。だが。
──だが、もしかして……
淡い期待はある。もしかして、と、思う気持ちも、なくはない。だが、そのもしもが叶ってしまったら?
私は嬉しいが、朋樹は?
──朋樹の事を思うと……
「……朋樹の事は好きです。康介さんが言うように、甘えん坊で、だけど試合中の凛々しい顔、緊迫感のある空気……どれも愛おしいです……」
でも、と、彼は──私の頬から──手を滑らせた。その手が、私の手を握る。
「貴方の優しさも、誠実さも……温もりや感触も、忘れられないんです……」
一筋の涙。それは相変わらず美しい。
「剣崎君……それは……」
気持ちが揺れる。
私だって男だ。好きな人を口説きたい気持ちは大いにある。このままホテルに行って、激しく抱きたいとも思う。
──願わくば、奪い去りたい……
触れたい。キスしたい。抱き締めたい。
だが、そのどれをも、私には出来ない。
彼の手から逃れ、涙を拭ってやる。
それが今、私に出来る──私自身が許す──精一杯の愛情だ。
「いつか忘れてしまう……それに、君のその涙だけで十分だよ」
最後に、私はまた、彼にカクテルをプレゼントした。
「プリンセス・メアリー、と言うんだ」
白く、雪のように──ジンとホワイトカカオリキュール、それと生クリームで作る──美しいカクテルだ。
「綺麗……ですね」
「祝福、と言う意味だ」
グラスを手に取ろうとして──彼の──手が止まる。
「……もう、ライラじゃないんですね……」
「あぁ……」
ぎこちなく、はにかみながら、彼は一口、カクテルを飲んだ。それは、私の思いを汲んでくれた、とも言えるだろう。
「ごちそうさまです……」
そう呟き、彼は去った。
──終わった……
振り向く事はしないまま、扉が閉まる音を聞き、私は長い息を吐き出した。
「ジプシーを……」
新たなカクテルを注文する。意味は、暫しの別れ、だ。
完全な別れじゃない。
また、会える。
──澪……
もう呼ぶ事はない名前を心で呟いた。
──そんなの、分かる筈ない……
アメリカーノ──ビター・ベルモットとスイート・ベルモット、そしてソーダとレモンの果皮を入れたもの──を飲む。カクテル言葉は、届かぬ想い、だ。
今の私にぴったりだと──自嘲気味に──笑う。
その時、彼が入ってきた。
「お待たせしてすみません」
そう言いながら、私の隣に座る彼は、黒いスーツに白いカッターシャツ、そしてワイン色と暗いグレーのストライプのネクタイを合わせていた。
「……い、いや。私もさっき来たところだ」
一瞬、見とれていた。取り繕うように、笑って見せる。
「何を飲まれてるんですか?」
「うん?アメリカーノだよ」
「美味しそう……僕も同じものを」
「いや、君は」
「康介さん」
名前を呼ばれ、彼を見つめる。悪戯っぽく煌めく瞳が、私を見ていた。
「あのカクテルの意味を、知ったんだってね」
心の奥を見透かされそうで、目を逸らした。その間に彼は、私と同じものを注文する。
「……はい。ちょっと前ですが……」
連絡しなくてすみません、と、謝る彼に、カクテルが差し出される。
「構わないよ。あれは……忘れてくれ」
「どうして?あれが、康介さんの本当の気持ちなんでしょう?」
──今、君を想う……
確かにそうだ。いつだって君を想っている。
好きだ。そう伝えてしまえたら……
だが私は──私からは──言えない。
「剣崎君……朋樹はまだ幼い、と言っても、もう28になるんだが、精神的にはまだまだ子供で、至らない点や未熟なところは沢山ある。小さな事で腹を立てたり、白黒ハッキリさせないと気が済まなかったり、負けず嫌いで、時に回りが見えなくなる時もある。だがね、親バカで言うのではないが、とても真っ直ぐな子なんだ」
「……はい、そうですね」
「朋樹を頼む」
カラン、と──カウンターで──氷が鳴った。
「それって……」
「君は朋樹が好きだろう?」
彼の瞳が潤む。そして、差し伸べられた手が、私の頬に──優しく──触れた。
「僕の気持ちは、お聞きになられないんですか?」
聞きたい。だが。
──だが、もしかして……
淡い期待はある。もしかして、と、思う気持ちも、なくはない。だが、そのもしもが叶ってしまったら?
私は嬉しいが、朋樹は?
──朋樹の事を思うと……
「……朋樹の事は好きです。康介さんが言うように、甘えん坊で、だけど試合中の凛々しい顔、緊迫感のある空気……どれも愛おしいです……」
でも、と、彼は──私の頬から──手を滑らせた。その手が、私の手を握る。
「貴方の優しさも、誠実さも……温もりや感触も、忘れられないんです……」
一筋の涙。それは相変わらず美しい。
「剣崎君……それは……」
気持ちが揺れる。
私だって男だ。好きな人を口説きたい気持ちは大いにある。このままホテルに行って、激しく抱きたいとも思う。
──願わくば、奪い去りたい……
触れたい。キスしたい。抱き締めたい。
だが、そのどれをも、私には出来ない。
彼の手から逃れ、涙を拭ってやる。
それが今、私に出来る──私自身が許す──精一杯の愛情だ。
「いつか忘れてしまう……それに、君のその涙だけで十分だよ」
最後に、私はまた、彼にカクテルをプレゼントした。
「プリンセス・メアリー、と言うんだ」
白く、雪のように──ジンとホワイトカカオリキュール、それと生クリームで作る──美しいカクテルだ。
「綺麗……ですね」
「祝福、と言う意味だ」
グラスを手に取ろうとして──彼の──手が止まる。
「……もう、ライラじゃないんですね……」
「あぁ……」
ぎこちなく、はにかみながら、彼は一口、カクテルを飲んだ。それは、私の思いを汲んでくれた、とも言えるだろう。
「ごちそうさまです……」
そう呟き、彼は去った。
──終わった……
振り向く事はしないまま、扉が閉まる音を聞き、私は長い息を吐き出した。
「ジプシーを……」
新たなカクテルを注文する。意味は、暫しの別れ、だ。
完全な別れじゃない。
また、会える。
──澪……
もう呼ぶ事はない名前を心で呟いた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
【R18】家庭教師と少年 ~僕はセンセイの淫らな教え子~
杏野 音
BL
瀬尾家に出入りする若く美貌の家庭教師、檜山は異常な欲望を内に秘めていた。教え子の少年、遥斗は檜山の手により禁断の性愛に目覚めさせられる。
※少し長めのものを予定していたのですが別の話でやる事にしたので短編として公開します。
全五回予定。数日ごとに更新。
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
とろけてなくなる
瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。
連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。
雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。
無骨なヤクザ×ドライな少年。
歳の差。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
2人
たける
BL
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
もう君を、失いたくない……
【あらすじ】
交通事故に巻き込まれ、視力を失った天涯孤独の葉山ミノルは、ある日自殺を試みる。
その時、親友の声が聞こえてきて踏みとどまるが、既に親友は亡くなっていて……
最後は恐らくハッピーエンドです。
※軽い性描写と暴力描写がありますので、苦手な方はご遠慮下さい。
その瞳に魅せられて
一ノ清たつみ(元しばいぬ)
BL
「あの目が欲しい」
あの目に、あの失われぬ強い眼差しに再び射抜かれたい。もっと近くで、もっと傍で。自分だけを映すものとして傍に置きたい。そう思ったらもう、男は駄目だったのだーー
執着攻めが神子様らぶな従者の受けを横から掻っ攫っていく話。
ひょんなことから、カイトは神子だというハルキと共に、異世界へと連れて来られてしまう。神子の従者として扱われる事になったカイトにはしかし、誰にも言えない秘密があって…という異世界転移のおまけ君のお話。
珍しく若い子。おえろは最後の方におまけ程度に※表示予定。
ストーリーのもえ重視。
完結投稿します。pixiv、カクヨムに別版掲載中。
古いので読みにくいかもしれませんが、どうぞご容赦ください。
R18版の方に手を加えました。
7万字程度。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる