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第7章.沢村朋樹
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会社近くまで送ってくれた澪さんは、じゃあねって帰って行った。
時計は17時を回り、辺りは帰宅する男女が往来している。オレはエレベーターで地下の道場へ向かった。
「あ、沢村先輩お疲れ様です」
「お疲れ様。コーチは、執務室?」
「はい」
後輩に礼を言い、執務室のドアをノックする。どうぞ、と、低い声──父のものだ──が返ってきた。
「失礼します」
「お疲れ様。取り敢えず座ってくれ」
「はい、失礼します……」
ソファに沈み、そっと膝上で指を組む。コーチは柔道着のままで、神妙な顔付きだった。
「営業の吉村君から聞いたんだが……訪問先で知り合った人と、食事をしたそうだね」
「はい、しました。ですが、領収書は切ってません」
「や、そう言う事じゃなくてだな……」
何だろう。いつもより会話の内容が曖昧だ。一体何が聞きたいのか。
「コーチ、何か問題でも?」
「うん?いや、そうじゃない。その……剣崎澪さん、だったかな?サンライズ社の」
「……ご存知で?」
吉村が喋ったんだろう。陰険な奴だ。ふっと息を漏らし、コーチの表情を窺うと、厳しいものだった。
「お前も分かっているだろうが、ライバル社との会食は考えものだぞ」
「プライベートです。だから問題があるとは思っていません」
一体何が言いたいんだろう?さすがに苛立ちが隠せず、ついきつい物言いになってしまった。
マズイ、と思ったけど、コーチは咎める様子もなく、ただ腕を組んだだけだった。
「……そうか、プライベートか。なら、家に帰ってから」
「何を話すって?」
言葉を遮り、そう聞いた。家に帰って話すと言う事は、家族として、と言う事だろう。
「父さん、何を聞きたいのか知らないけど、早く言ってよ。オレは早く帰りたいんだから」
ふーっと、緊張の糸を緩め、ソファにもたれた。それを見た父は、腕を解いて膝を掴むと、前傾になった。
「じゃあ聞くが、その、剣崎さんは、2年前の話を何かしたりしなかったか?」
「え?」
何で父さんが知っているのだろう?
その答えはすぐ、オレの頭に浮かんだ。
だけど、父さんの口から語られる事になった。
「実は父さんな……2年前に、剣崎さんに会ってるんだ」
「じゃあ、澪さんが言ってた誰かさんって、父さんの事だったの?」
嘘だ。まさか、父さんが?
どう言う経緯で?
いや、昨年離婚した理由を、母さんは父さんの浮気だって言ってた。それが澪さんなの?
「最初から説明して。オレ、澪さんに聞いてるから」
「……朋樹、剣崎さんに会わせてくれないか?」
「ちょっと!オレの話し聞いてる?」
「うん?」
昔からそうだ。この人は、オレの話しなんて聞きやしない。だから2人で話をするのは──会話が噛み合わないから──嫌なんだ。
「本当に澪さんが言ってた人か、確認したいって言ってんの」
「あぁ。私が相手で間違いない」
「自分で判断しないで!オレが聞いて判断するから」
いつになくムキになる自分がいて、父がそれを驚きの表情で見ている。だけど、自分を抑えられない。
「朋樹、落ち着きなさい」
「……っ!」
頭に血が上ってる。
こんな小さな事で。
だから子供なんだ。
──落ち着かないと……
精神統一。沈着冷静。深呼吸。
「ちょっと頭冷やしてくる」
そう言ってオレは執務室を出て、屋上に向かった。
時計は17時を回り、辺りは帰宅する男女が往来している。オレはエレベーターで地下の道場へ向かった。
「あ、沢村先輩お疲れ様です」
「お疲れ様。コーチは、執務室?」
「はい」
後輩に礼を言い、執務室のドアをノックする。どうぞ、と、低い声──父のものだ──が返ってきた。
「失礼します」
「お疲れ様。取り敢えず座ってくれ」
「はい、失礼します……」
ソファに沈み、そっと膝上で指を組む。コーチは柔道着のままで、神妙な顔付きだった。
「営業の吉村君から聞いたんだが……訪問先で知り合った人と、食事をしたそうだね」
「はい、しました。ですが、領収書は切ってません」
「や、そう言う事じゃなくてだな……」
何だろう。いつもより会話の内容が曖昧だ。一体何が聞きたいのか。
「コーチ、何か問題でも?」
「うん?いや、そうじゃない。その……剣崎澪さん、だったかな?サンライズ社の」
「……ご存知で?」
吉村が喋ったんだろう。陰険な奴だ。ふっと息を漏らし、コーチの表情を窺うと、厳しいものだった。
「お前も分かっているだろうが、ライバル社との会食は考えものだぞ」
「プライベートです。だから問題があるとは思っていません」
一体何が言いたいんだろう?さすがに苛立ちが隠せず、ついきつい物言いになってしまった。
マズイ、と思ったけど、コーチは咎める様子もなく、ただ腕を組んだだけだった。
「……そうか、プライベートか。なら、家に帰ってから」
「何を話すって?」
言葉を遮り、そう聞いた。家に帰って話すと言う事は、家族として、と言う事だろう。
「父さん、何を聞きたいのか知らないけど、早く言ってよ。オレは早く帰りたいんだから」
ふーっと、緊張の糸を緩め、ソファにもたれた。それを見た父は、腕を解いて膝を掴むと、前傾になった。
「じゃあ聞くが、その、剣崎さんは、2年前の話を何かしたりしなかったか?」
「え?」
何で父さんが知っているのだろう?
その答えはすぐ、オレの頭に浮かんだ。
だけど、父さんの口から語られる事になった。
「実は父さんな……2年前に、剣崎さんに会ってるんだ」
「じゃあ、澪さんが言ってた誰かさんって、父さんの事だったの?」
嘘だ。まさか、父さんが?
どう言う経緯で?
いや、昨年離婚した理由を、母さんは父さんの浮気だって言ってた。それが澪さんなの?
「最初から説明して。オレ、澪さんに聞いてるから」
「……朋樹、剣崎さんに会わせてくれないか?」
「ちょっと!オレの話し聞いてる?」
「うん?」
昔からそうだ。この人は、オレの話しなんて聞きやしない。だから2人で話をするのは──会話が噛み合わないから──嫌なんだ。
「本当に澪さんが言ってた人か、確認したいって言ってんの」
「あぁ。私が相手で間違いない」
「自分で判断しないで!オレが聞いて判断するから」
いつになくムキになる自分がいて、父がそれを驚きの表情で見ている。だけど、自分を抑えられない。
「朋樹、落ち着きなさい」
「……っ!」
頭に血が上ってる。
こんな小さな事で。
だから子供なんだ。
──落ち着かないと……
精神統一。沈着冷静。深呼吸。
「ちょっと頭冷やしてくる」
そう言ってオレは執務室を出て、屋上に向かった。
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