ホワイト・ルシアン

たける

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第6章.沢村康介

2.

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帰りたくない、と言うので、取り敢えずホテルへ連れてきた。私の気持ちはますます昂り、部屋の扉を閉めた途端、ベッドまで待てなくてキスをした。
ついさっき降り始めた雨が窓を叩く音を聞きながら、彼のシャツを急いで脱がせる。薄暗い照明に小麦色の肌が照らされると、奪い合っていた唇をじっくり彼の唇に重ねた。

「このまま君を抱きたい」
「抱いてますよ」

そう言ってクスクス笑い──随分酔ってるから──腰に回した腕をほどかせた。そして首を捻りながら、悪戯っぽく僅かに目を細める。

「そう言う事じゃなくて……」

言ってしまった、と思ったが、どうやらからかわれているらしい。それに彼は、今の状況を楽しんでいるようで、私も楽しくなってきた。

「ここまできて、駄目だって?」
「そう言ったらどうします?」

物腰柔らかな口調でそう言われれば、尚更抱きたくなってくる。私は再度抱き着くと、腕を解かれる前に彼をベッドへ押し倒した。

「それ、本気かい?」

余裕そうに笑っているが、その表情は強張っている。強がって、わざと慣れているように──こう言うシチュエーションに──振る舞っているのが分かった。

「無理しなくていいんだよ……」

抱きたいが、無理強いしたくない。
そっと、短く刈り込まれた髪黒を撫で、目尻──まだ涙が溜まって潤んでいる──から頬へと、掌を滑らせた。

「無理じゃないです……何かもぅ、どうでもいい……」

失恋したと言っていたから、悲しみで自暴自棄になっているんだろう。そんな彼を、自分の都合でどうこうしたいとは思わない。
私は体を起こすと、ベッドに横たわったままの彼を振り返った。

「ここに泊まっていくといいよ。私は帰るから」

大層残念だが、火遊びなどした事がない私にとって、ギリギリの駆け引きは──勝負事ならいけるが──苦手だ。

「え……?しない、んですか……?」
「あぁ、しない。無理強いは、私のポリシーに反するからね」

ポンポンと、彼の肩を叩き、じゃあ、と踵を返すと、手を握られた。冷たい指先が、手の甲にくい込む。

「行かないで……!」
「そう言ったって……」

振り返りながら、そっと彼の手──微かに震えている──を握る。そんな私の手に、彼はもう片方の手を重ねた。

「1人にしないで下さい……」

潤む瞳から、また涙が溢れた。
私はベッドに腰かけると、強く彼を抱き締めた。

「抱いて、いいのかい?」

こくり、と頷いたが、胸に頬を寄せる彼の体は、まだ小さく震えている。

「こんな経験は、えと……だ、抱かれる側は、その、初めてだから……」
「そ、そうなんだ……」

赤らむ頬に、不安げに戦慄く唇。
初対面なのに、愛らしくて仕方ない。

「じゃあ、とびっきり優しくするよ」

怖かったり、痛かったら言ってね、と、囁きながら、首筋に吸い付く。すると彼は、ビクリとしながら肩をすぼめた。表情だけでなく、今では全身まで酷く緊張し強張っている。ゆっくりとズボンも下ろすと、彼は更に顔を赤くしながら顔を背けてしまった。

「恥ずかしい?でも、君の顔が見たいんだ、見せて」
「だ……駄目……です。凄く……恥ずかしいから……」

耳まで赤い彼は、腕で顔を隠してしまった。それを残念に思いながらも、私は行為を続ける事にした。
興味は、今にも爆発してしまいそうだ。
早く彼のナカに入りたかったが──抱かれる側が初めての──どう崩れるのか気になり、ゆっくりと愛撫する事にする。
手や指が彼を刺激する度に、初めての体は快感を感じ始め、少し押し殺すように漏れる声は、背筋が震える程妖艶だった。

「ハァ……ハァ……もう、放して……」

私の指や手が先走りでベトベトになった頃、彼は腕の隙間から訴えてきた。涙ぐむ目が私を欲情させているとも知らず、じっと見つめてくる。

「どうしてだい?」

そう言って舌を出し彼のペニスを舐めると、そのまま口に含んだ。

「んンッ……!あ、はゥッ……!ひ、ひぁッ……あァッ……あッ……!」

咥内に流れ込む白濁を飲み込み、顔を上げると、彼は激しく胸を上下させていた。
顔を隠せない程疲労しているのか、腕はだらりとベッドから落ちている。

「どう?まだ、放して欲しいかい?」

ずしりと彼にのしかかり、片足を持ち上げる。すると力無くではあるが、彼は微笑みを浮かべた。

「気持ち……良かった、です……」

素直な言葉と真っ直ぐな視線に、胸が大きく高鳴る。


──可愛い……


「じゃあ、もっと気持ちいい事、してあげようか……?」

そう言って全身にキスを施し、舌を──胸板や腹筋、くびれた腰など──這わせてから、ゆっくり秘部に指を差し挿れる。すると彼は、シーツを強く掴んだ。

「んンッ……」

まだ固い場所を丹念に解して行く。次第に指通りは良くなり、2本目を挿入した。

「ァあっ!」

焦らすよう、ゆるゆるとした抜き挿しを繰り返していると、彼は下半身を震わせ始めた。どうやら早く欲しいらしいが、もう少し苛めてやりたい気分の私は、抜き挿しの速度を上げ、じぃっと彼を見つめた。

「あッ……も、駄目……!」
「まだ駄目だ、と言ったら?」

すると彼は困った顔で笑い、私の腕を掴んだ。その力は弱々しく、また温かい。

「仕方ないなぁ……」

簡単に折れてしまうと、後孔から指を引き抜いた。じっとりと濡れる指先を舐めてから、いよいよ彼の体を横に倒し、片足を持ち上げる。まだもう少し、慣らしてからの方がいいのでは、と思うが、彼のペニスは苦しそうに震えながら、先走りを垂らしていた。

「本当に大丈夫?」

再度、確認する。彼は大丈夫です、と囁き、軽いキスをした。私はそれを合図とし、抑えていた欲望をゆっくりと、彼に挿入した。

「う……わぁ……ッ!」

驚きと困惑──異物への反応なのか痛みに対してなのかは分からない──に目を瞑り、口元を両手で隠した彼が震える。

「可愛いね、その仕草……」

耳まで赤い。私は彼を傷つけないよう、慎重に、探るように腰を動かし始めた。

「うゥッ……はッ……!あ、うわ……あンッ!」

逃げるように腰を引く彼を見遣り、私は早速見つけた弱い場所を攻めるべく、ゆっくりと移動する。

「あ……ストップ……!」
「うん?」

思わず動きを止め、彼を見つめた。

「ふふ……ふふふ……」

笑ってる。

「何だい……?」

腕の中で彼が移動すると、ベストポイントからズレた。

「別に、何も……?」

まだ笑っている。

「じゃあ、もういいだろう?」

ずらされたポイントを即座に修正すると、彼は私にしがみついた。

「ここ、駄目なのかい?」

ぎゅっと抱きしめ、ゆっくりと腰を動かす。

「あッ……!駄目!」

きつく絞めつけられ、危うく先に果ててしまいそうになった。その仕返し、ではないが、分かった、と嘘をつき、安堵する彼をそのまま激しく揺さ振ってやる。

「ふあァッ……!あッ!ず……るいッ……あンッ!」

何度も彼のナカを往復し続けているうちに、私も呻き声が漏れ始めた。

「あぁ……ハァッ……気持ちいいよ……」

そう囁いた自分の声が、何だか甘くて鼓膜がくすぐったい。だが、腕の中で乱れる彼を見ると、それも仕方がないような気になった。

「ふッ……ぅう…ンッ、んッんゥッ……!」

片腕で口元を隠し、噛んでいる姿は実に愛らしい。

「どうして腕を噛むんだい……?」

そう言って腕を退かすと、彼は涙をいっぱい溜めた目で、私を熱く見つめてきた。

「んふぅ……ハァッ……ハァッ……だって……」
「まだ恥ずかしいかい?」

妖艶な──愛らしくもある──笑みを返す彼へキスをすると、冷えた心が温かくなるのを感じる。

「気持ち……よくて……」
「なら、もう少し、気持ち良く……」
「はン……!」

シーツに押し付けながら、彼を突き上げる。窮屈な場所が更に閉塞し、苦しくても、もう1度突き上げた。短い矯声を上げる彼は、しっかり私にしがみついている。勿論私だって、彼をしっかりと抱いた。

「痛くないかい?」
「大丈夫……ぅうンッ!」

今度は連続して突き上げる。潤んだ目が私を見上げ、口元は僅かに綻んでいた。

「今度は君から、キスして欲しいな」
「え……どう、して……?」
「甘えてるんだ」

ニコリと笑うと、彼は苦笑し──体を捻って──額にキスをくれた。彼の方が年下だと思うが、不思議と甘えたくなる。
再び突き上げると、彼は私の頭を抱えて揺れた。
まだ雨はたくさん降っていて、雨垂れの音が激しく聞こえている。

「君……名前、は?」

ベッドが激しく軋んでいる。彼を俯せにし、何度も腰を叩きつけた。その都度短い矯声を漏らしては、シーツを握る姿が愛しくてならない。

「知らなくったって、いいでしょ……?」

どこか悲しい響きのある声音で、彼は──名乗る事を──拒んだ。そうだな、と答えながらも、この関係をずっと続けて行きたい──始まったばかりと言うか、始まってもないのか──と思っても、口には出せなかった。まるで夢のようなこの関係が、言ってしまったら消えてしまうかのようで。
でも、きっと君は笑う──気がする──だろう。

「ふッ……あ、あッ!」

連続して突き上げていると、やがて互いに射精し、ぐったりとシーツの上に転がった。隣で彼も荒い呼吸を繰り返している。

「君も、今私と同じ気持ちでいるかい?」
「ん……?どんな気持ち、ですか?」

優しい眼差しが見つめてくる。
それと同じ様に、雨垂れも優しく聞こえる。

「明日、憶えていたら、教えるよ」

暫く、じっとこっちを見つめていた彼だったが、やがて幾度か早い瞬きをし、ゆっくりと、ほどけるように笑った。

「はい……」




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