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第6章.沢村康介
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何処かで見た顔だと思った。すぐ思い出せなかったのは、もうそれが2年も前の事だったから。
元ラグビー日本代表選手と言うのも、知らなかった──吉村から初めて聞いた──し、名前だって尋ねなかった。興味がなかった訳じゃない。
彼が聞かないでと、言ったからだ。
──しかし……
可愛らしい人だと──写真を見て──改めて思う。
バーで声をかけたのは私からだった。余りに酷く酔っていて──閉店間際だったのもある──心配になったからだ。
──2年前
彼は私より後に入店してきた。と言うのも、連れが口笛を吹いたのを覚えていたから。
「色男ですねぇ、あの人」
「うん?そうか?」
そうだな、と、言い換える。彼はカウンターに座るなり、バーテンに濃いものを注文し──マティーニだった──次々にグラスを空けていった。
無茶な飲み方だな、と思いつつ、声をかけるのもどうかとも思ってると、連れが細君に帰宅命令を下され──新婚だったから──帰って行った。私はと言うと、最近妻とは上手くいっておらず──他に恋仲になった人がいるらしい事は把握していた──家に帰り辛かった。息子は独り暮らしを始めたから、尚更だ。
──1日ぐらい帰らなくたって……
そう言う心持ちで飲んでいた。
やがて、閉店時間です、と、言われ、会計をしようと席を立った時、彼がカウンターに突っ伏しているのが見えた。横目に様子を伺うと、彼は顔を上げ、つ、と、一筋、涙を流した。
胸がドキリと、一際大きく鼓動する。
私は彼を見つめていた。こっちを見ろ、と、願いつつ。その願いが通じたのか、彼が私を見た。鼓動が早まって痛い。
「随分な飲み方してたね」
思うよりも先に、言葉が出ていた。彼は潤んで呆けた瞳をパチパチさせ──不信感など持ち合わせていないかのような無防備さで──笑った。
「失恋しちゃって……」
ニコリ、と無理に笑う顔が、傷の深さを物語っているようで、私は何と答えたらいいか逡巡していた。
「あはは、そんな困った顔しないで下さい。何だか貴方にまでフラれたみたい……」
「あ、いや、すまない。私なら……その……」
フらないなんて、今言う事ではないようで、口ごもってしまう。彼はそんな私を見てふっと鼻先で笑い、立ち上がった。酷く覚束ない足は、まるで力が入っていないように踏ん張れないようなので、私は彼を抱き止めた。
「転倒しますよ」
「いいんです」
腕に抱く感触は、恐らくアスリートのものに違いない鍛え方をしていて──なのに腰は細い──ガッチリしている。
「私が送りますよ。家はどこです?」
そう聞いた事に他意はなかった。
下心さえなくて、ただただ心配だったから。だけど間近で彼の目を見た時──私より若干小さいから、恐らく180センチぐらい──そこに怯えと悲しみと、何かしらの熱を感じた。
「帰りたくない……」
唇を噛みしめ、視線を逸らすその仕草に、狡いと思いながらもやられてしまった私は、彼を抱きたいと思っていた。
元ラグビー日本代表選手と言うのも、知らなかった──吉村から初めて聞いた──し、名前だって尋ねなかった。興味がなかった訳じゃない。
彼が聞かないでと、言ったからだ。
──しかし……
可愛らしい人だと──写真を見て──改めて思う。
バーで声をかけたのは私からだった。余りに酷く酔っていて──閉店間際だったのもある──心配になったからだ。
──2年前
彼は私より後に入店してきた。と言うのも、連れが口笛を吹いたのを覚えていたから。
「色男ですねぇ、あの人」
「うん?そうか?」
そうだな、と、言い換える。彼はカウンターに座るなり、バーテンに濃いものを注文し──マティーニだった──次々にグラスを空けていった。
無茶な飲み方だな、と思いつつ、声をかけるのもどうかとも思ってると、連れが細君に帰宅命令を下され──新婚だったから──帰って行った。私はと言うと、最近妻とは上手くいっておらず──他に恋仲になった人がいるらしい事は把握していた──家に帰り辛かった。息子は独り暮らしを始めたから、尚更だ。
──1日ぐらい帰らなくたって……
そう言う心持ちで飲んでいた。
やがて、閉店時間です、と、言われ、会計をしようと席を立った時、彼がカウンターに突っ伏しているのが見えた。横目に様子を伺うと、彼は顔を上げ、つ、と、一筋、涙を流した。
胸がドキリと、一際大きく鼓動する。
私は彼を見つめていた。こっちを見ろ、と、願いつつ。その願いが通じたのか、彼が私を見た。鼓動が早まって痛い。
「随分な飲み方してたね」
思うよりも先に、言葉が出ていた。彼は潤んで呆けた瞳をパチパチさせ──不信感など持ち合わせていないかのような無防備さで──笑った。
「失恋しちゃって……」
ニコリ、と無理に笑う顔が、傷の深さを物語っているようで、私は何と答えたらいいか逡巡していた。
「あはは、そんな困った顔しないで下さい。何だか貴方にまでフラれたみたい……」
「あ、いや、すまない。私なら……その……」
フらないなんて、今言う事ではないようで、口ごもってしまう。彼はそんな私を見てふっと鼻先で笑い、立ち上がった。酷く覚束ない足は、まるで力が入っていないように踏ん張れないようなので、私は彼を抱き止めた。
「転倒しますよ」
「いいんです」
腕に抱く感触は、恐らくアスリートのものに違いない鍛え方をしていて──なのに腰は細い──ガッチリしている。
「私が送りますよ。家はどこです?」
そう聞いた事に他意はなかった。
下心さえなくて、ただただ心配だったから。だけど間近で彼の目を見た時──私より若干小さいから、恐らく180センチぐらい──そこに怯えと悲しみと、何かしらの熱を感じた。
「帰りたくない……」
唇を噛みしめ、視線を逸らすその仕草に、狡いと思いながらもやられてしまった私は、彼を抱きたいと思っていた。
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