狂気の涙

たける

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第1章

1─1

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車から降りたローレンは──裕福そうな家を取り囲む野次馬達をよそに──相棒のジェシカと共に玄関を潜った。リビングに入ると、この家の住人である父と息子だけがソファに座り、数人の警官達に怯えているようだった。

「どうも、殺人課のローレンとジェシカです」

警察手帳を見せ、ローレンは警官を見遣った。警官はローレンを伴い階段を上がると、黄色いテープの張られた部屋の前に立った。

「被害者は、隣に住むダミアン・セルクトラで、発見者はこの家の奥さん、マイラ・モーリスです。現在は警官2人と共に、娘を病院に連れて行ってます」

5分署の刑事ラッセル・クラトルは言い、それから4人家族だと付け加えた。その間にも、鑑識達が現場の写真を撮っている。

「えとですね、マイラ・モーリスが発見した時、被害者はそこの照明で首を吊っていたそうです」

そう言うと、クラトル刑事は眉間に軽く皺を寄せた。

「どうして被害者は、娘さんの部屋にいたのかな?あと、その時父親と息子はどうしてたの?」

ローレンがそう質問すると、クラトルは答えた。

「父親と息子は、食事をしていたそうです。今夜は、先週モーリス家の隣に越してきたセルクトラと、親睦を深める為に食事会を行っていたとの事です。マイラですが、食事を終えたセルクトラがトイレに立ち、なかなか戻ってこなくて不審に思っていたら悲鳴が上がり、娘の部屋で首を吊った遺体を発見した、と供述しています」
「第一発見者は、マイラじゃなかったの?」

確か、そう説明してくれた筈だ。その指摘にクラトルは暗い顔をし、僅かだけ声を潜めた。

「本来の発見者は娘さんですが、さっきも言ったように、母親に連れられて病院に行っています。その……証言出来る状態では……」

発見が僅差だったので、と、口の中で呟く。そう言う場合もあるだろうと、ローレンは首肯して見せた。

「ありがとう」

そう言うと、クラトルは部屋を出て行った。入れ替わりにジェシカがやって来ると、ローレンは遺体の下に屈んだ。
遺体の小指は第一関節から切断されており無く、傷跡も真新しくて生々しい。遺体のほぼ真下近くの絨毯に、僅かな赤い染みがあった。だが指には血液は付着しておらず、取り敢えずそれを鑑識に採取して貰うと、ローレンは更に遺体を観察した。

「通報は2度あったそうよ。1度目の通報は、近所に住むジーン・トラバース。その通報時間は、今から3時間も前よ。2回目は妻のマイラが、今から1時間前に通報したそうよ」

ローレンは腕時計を見遣った。現在は午後11時。その空白の2時間は何なのか。

「変だな……」

ぶら下がったままの遺体の首には、ロープの奥に掻き毟ったような傷が幾つもついているように見える。鑑識に言って遺体を下ろさせると、ローレンは素早く首回りを観察した。やはりロープの奥に傷がついていて、それが首を吊る前に掻き毟った事を証明していた。

「マイラの夫サイモンは、彼が娘の部屋で自殺したんだって言ってるわ」

ジェシカの言葉を聞きながら、ローレンは遺体の手を取り、爪の間に詰まっているものも鑑識に言って採取してもらった。

「自殺?その理由は何て?」

そう言いながら、ローレンはジェシカを見遣った。すると彼女は肩を竦めて見せた。

「それはお前等が調べる事だ、だって」

ローレンは苦笑した。可笑しな答えだ。きっと何かを隠しているに違いない。
ふとデスクに目を向けた。そこには、何かを置いていたようにうっすらとだが、跡が残っている。その形からしてランプだろうと察し目を凝らすと、小さなガラス片を見つけた。それを手袋を嵌めてから摘まむと、ジェシカが差し出す袋に入れた。

「これは自殺じゃない、れっきとした殺人だよ。顔見知りの犯行かも知れない……けど、彼はここに越してきたばかりだった」

ローレンは手袋を外すと、ジェシカと共に階下へと降りた。
相変わらず親子は、押し黙ったままソファに座っている。

「どうも、モーリスさん。少しお話を伺ってもよろしいですか?」

父親のサイモン・モーリスの前に屈むと、ローレンは人懐こい笑みを見せた。だがサイモンはローレンを睨み、次いでジェシカを顎で示した。

「ついさっき、彼女に話した通りだ。もう話す事はない」

厳しい口調だったが、ローレンは笑みを崩さなかった。

「えぇ、お伺いしました。その時貴方は、被害者……ダミアン・セルクトラが、娘さんの部屋で自殺したと仰ったそうですね。その根拠は何です?」

ローレンは注意深くサイモンの表情を窺った。するとサイモンは、落ち着かないように目玉をきょろきょろとさせていたが、やがてローレンを捉えた。そして言った台詞は、さっきジェシカから聞いたものと同じだった。

「それはおかしいと思いませんか?」
「何がおかしいって言うんだ?おかしくても、私はそう思ったんだ」

サイモンの息子カールは、狼狽を隠そうとする父を、ただ黙って見つめている。

「そう思ったのには、理由がある筈です。教えて頂けませんか?」

ローレンの後ろでは、ジェシカも黙ったままやり取りを見ている。

「そんなものない!ただ、根暗だったからそう思っただけだ!もうそっとしておいてくれ!」

そう怒鳴ったサイモンに、ローレンは小さなため息をつきながら立ち上がった。確実に何かを隠している。それが何なのか、今の段階では分からないが、必ず暴いてみせると誓った。

「これは自殺ではありません。必ず、犯人を捕まえてみせますよ」

そう言うと、サイモンの顔が一瞬だけ強張った。それをローレンは見逃さなかった。




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