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5日目
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タクシーから降りると、空から雪が舞い降りてきた。どうやら気象予報士の予想──昼過ぎから雪が降り、明日はホワイトクリスマスになると言っていた──が当たりそうだ。早瀬タクミも空を見上げ、感嘆の声と共に白い息を吐き出している。
「ホワイトクリスマスなんて、こっちに来てから初めてだよ」
私は何度か経験しているが、何も特別な事など起こらない。ただカップルや家族達──大体が、雪で大きな被害を経験していない者達だ──が喜ぶだけだ。
「さ、行こうか」
早瀬タクミの視線が下りて、私を伴い教会に入る。
厳かな雰囲気を漂わせる教会には、過去にも訪れた事があった。今回の教会はこじんまりとしていて、ベンチが左右に5列あり、真ん中に祭壇へ向かう道がある。壁には蝋燭が灯されており、祈りを捧げる者や聖職者等はおらず、場違いな機材に囲まれた男女が10人程いるだけだった。
「こんなところで撮影していいのか」
真ん中の道を通り、祭壇の前に来ると、十字架に張り付けにされたイエス・キリスト像が私達を見下ろしていた。
「許可は取ってあるよ」
そう言う問題ではないのだが、私は黙っていた。人種や宗教によって、様々な崇拝の仕方がある。早瀬タクミは恐らく、教会に関わる宗教ではない──玄関に絵は飾っていたが、あれはインテリアなのだろう──みたいだ。
「あ、タクミさん!お待ちしてました」
茶色の髪をなびかせ、けばけばしい化粧を施した若い女が、こちらに頭を下げた。回りにいる者達も、続いて会釈する。
「遅くなってすいません!」
「や、いいんだよ。寒い中ご苦労さん」
鼻から下を髭で覆われた男が、大きな目で早瀬タクミを見遣った。
「大丈夫だよ。君こそ、体調とか崩してない?」
「あぁ、はい。元気にやってますよ」
「それならいいけど……後ろにいるのは……その、新しいマネージャーさん?」
男の大きな目が、今度は私に向けられた。早瀬タクミが顔の前で手を振り、否定している。
「違いますよ。彼は田中アユム君て言って、今回のアルバムに参加して貰ったんです。それでですね、お願いがあるんですが……」
髭と喋っている間に、他の者が機材を動かし始める。私はキリスト像を見上げていたが、けばけばしい化粧の女が近付いてきたので視線をそちらに向けた。
「田中さん、初めまして。私、スタイリストの立原マキと言います」
「どうも」
「あの……タクミさんとは、親しいんですか?」
「どうでしょう。3日前に会ったばかりなので」
そう言うと、女は残念そうな顔をした。何か下手な答えでもしたのだろうかと、首を傾げていると、髭の男と話し終えた早瀬タクミがこちらを振り返った。
「撮影始めるから、ちょっと待ってて」
「そうか、分かった」
私は撮影の邪魔にならないよう、ベンチの方へ向かう。三上の姿はないが、そのうち来るだろうと、私は文庫本を取り出し読み始めた。
「ホワイトクリスマスなんて、こっちに来てから初めてだよ」
私は何度か経験しているが、何も特別な事など起こらない。ただカップルや家族達──大体が、雪で大きな被害を経験していない者達だ──が喜ぶだけだ。
「さ、行こうか」
早瀬タクミの視線が下りて、私を伴い教会に入る。
厳かな雰囲気を漂わせる教会には、過去にも訪れた事があった。今回の教会はこじんまりとしていて、ベンチが左右に5列あり、真ん中に祭壇へ向かう道がある。壁には蝋燭が灯されており、祈りを捧げる者や聖職者等はおらず、場違いな機材に囲まれた男女が10人程いるだけだった。
「こんなところで撮影していいのか」
真ん中の道を通り、祭壇の前に来ると、十字架に張り付けにされたイエス・キリスト像が私達を見下ろしていた。
「許可は取ってあるよ」
そう言う問題ではないのだが、私は黙っていた。人種や宗教によって、様々な崇拝の仕方がある。早瀬タクミは恐らく、教会に関わる宗教ではない──玄関に絵は飾っていたが、あれはインテリアなのだろう──みたいだ。
「あ、タクミさん!お待ちしてました」
茶色の髪をなびかせ、けばけばしい化粧を施した若い女が、こちらに頭を下げた。回りにいる者達も、続いて会釈する。
「遅くなってすいません!」
「や、いいんだよ。寒い中ご苦労さん」
鼻から下を髭で覆われた男が、大きな目で早瀬タクミを見遣った。
「大丈夫だよ。君こそ、体調とか崩してない?」
「あぁ、はい。元気にやってますよ」
「それならいいけど……後ろにいるのは……その、新しいマネージャーさん?」
男の大きな目が、今度は私に向けられた。早瀬タクミが顔の前で手を振り、否定している。
「違いますよ。彼は田中アユム君て言って、今回のアルバムに参加して貰ったんです。それでですね、お願いがあるんですが……」
髭と喋っている間に、他の者が機材を動かし始める。私はキリスト像を見上げていたが、けばけばしい化粧の女が近付いてきたので視線をそちらに向けた。
「田中さん、初めまして。私、スタイリストの立原マキと言います」
「どうも」
「あの……タクミさんとは、親しいんですか?」
「どうでしょう。3日前に会ったばかりなので」
そう言うと、女は残念そうな顔をした。何か下手な答えでもしたのだろうかと、首を傾げていると、髭の男と話し終えた早瀬タクミがこちらを振り返った。
「撮影始めるから、ちょっと待ってて」
「そうか、分かった」
私は撮影の邪魔にならないよう、ベンチの方へ向かう。三上の姿はないが、そのうち来るだろうと、私は文庫本を取り出し読み始めた。
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