死神とミュージシャン

たける

文字の大きさ
上 下
8 / 43
2日目

1.

しおりを挟む
朝方までかかってしまったが、田中アユムが曲の中で使用していたギターコードを全て拾いきった。途中からベッドの上に広げたノートには、手書きの譜面が出来上がっていた。

「ふわぁ……」

寝不足で欠伸が止まらない。今日はこの後に雑誌の取材があるので、寝惚けたままの顔ではまずい。とにかく、目を覚ます為にコーヒーを淹れた。インスタントを、眠気覚ましにブラックのまま飲み干す。少しは目が覚めたが、まだ駄目だ。頭がしゃっきりしない。
どこかのテレビで、コーヒーは即効性の眠気覚ましにはならず、効果は2時間ぐらいかかるのだと、聞いたような記憶があった。
仕方がなくシャワーでも浴びようと支度していると、ベッドサイドの棚に置いたままにしていた携帯が鳴った。手に取って見ると、画面には『マネージャー』と表記されている。またか、と思いながらも、タクミは渋々通話ボタンを押した。

「もしもしー、おはよー」

『おはようございます』

マネージャーの三上シノブは、タクミより10歳も上の女性で、赤い枠の丸メガネをした、一見すれば文学女子のような容姿をしている。昨夜のラジオ放送にもいたが──目立たない──影の薄い存在だった。

「迎えに来る時間なら、7時だったろー?」

『そうです。ホテルの地下駐車場にお迎えに上がりますので』

「確認の電話ならさー、いいって言ってんじゃん」

朝に仕事が入った時にだけ、三上はこうして連絡をしてくる。それと言うのも以前、タクミがうっかり寝坊してしまい、危うく仕事に遅刻しそうになると言う失態を起こしたからだった。その時はギリギリ間に合ったのだが、それから三上は、モーニングコールを寄越すようになった。

『いえ、そう言う訳にはいきませんよ。タクミさんには前列がありますからね』

「もう寝坊しないって。いつの話を引っ張るんだよー」

『念には念を、ですよ。諦めて下さい』

タクミはため息をついた。

「はいはい、分かりました!」

『では7時に』

電話が切れ、タクミは携帯をベッドに放り出した。早くシャワーを浴びなければ。ちょっとでも遅れたりしたら、2度寝したと思われかねない。そうならない為にも、急いで服を脱いでシャワールームに入った。蛇口を捻り、熱い湯を頭からかぶる。冷水でもよかったのだが、さすがに12月の後半も過ぎた時期に、それはマズイと思ったから止めた。熱いシャワーを浴びていると、全身が驚いたように目が冴えた。
もうすぐクリスマスだ。だからと言って、特別な事は何もない。恋人もいなければ、家族も遠方に住んでいて、あまり連絡もしていない。友人はいるが、今年は仕事が詰まっていて会えそうにもなかった。
都会でタクミは、4回目のクリスマスを目前にしていた。




しおりを挟む

処理中です...