2人

たける

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3.鳴海ケンイチ

3.

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途中でガキが目を覚まし、また抵抗をみせたが、何度もその体を突き上げてやれば、悲鳴にも似た矯声を上げる。初な反応が愛らしいとは思うが、情なんてものは湧いてこない。
あと少しで死ぬ人間に情けをかけたところで、こっちが身の危険に晒されるだけだ。

「どうだ?気持ちよかっただろ」

ピクピクと震える足を撫でても、ガキはもう抗わなかった。

「アニキ、もうすぐ着きますよ」
「あぁ、分かった。例の場所に停めてくれ」

倉庫が建ち並ぶ港に、停泊している船が見えた。車がゆっくりと幾つかの倉庫を通りすぎ、やがて停車する。

「着きましたよ。そのガキ、どうするんですか?やっぱり沈めちまうんですか?」
「そうだな……ヤク漬けにして、売り飛ばすってのもありだな」

海外では男娼が人気だ。金と時間をもて余している金持ち連中が、度々買い付けにくるぐらいだ。オレも何人か売ってやった事がある。

「じゃあ、まず倉庫に連れて行きましょう」
「そうだな。おいガキ、自分で歩け」

服は引き裂いてしまったから、ガキは裸で寒さに震えている。だからって、上着をかけてやる事もせず、後部座席から追いやった。

「さ……寒い……」
「中はマシだ。ほら、とっとと歩け」

真っ暗な倉庫に入り、部下が明かりをつける。幾つもの大きな木箱が積み上げられていた。中身は色々だ。
風はないが、少し冷える。まだガキは震えていて、見かねた部下がコートを肩にかけてやった。

「ふん、優しいんだな」
「や、だって商品でしょう?万が一風邪でも引かれたら厄介じゃないですか」
「それもそうだな。おい、ヤクを用意しろ。オレは顧客に連絡してくる」

そう言って1人倉庫を出て、真っ黒い海を眺めた。こう暗くちゃ、せっかくの波もまるでドブのように薄汚い。

タバコに火をつける。紫煙が潮風に流され、闇に掻き消えた。

「フー……」

ふと、目が見えないと言う事はどんなもんだろう、と思い目を閉じてみた。
いつもこんな闇の中にいるのと変わらないのなら、たまったもんじゃない。

光があるから闇が引き立つ。
不意に瞼の裏に、若い男が見えた。あのガキと同じぐらいで、真っ黒い髪に、少し垂れた目をしている。その目がオレを睨んでいた。


──何だ?


目を開くと、男の姿は見えなくなった。また目を閉じたら現れ、オレは不気味に感じた。
見た事もない男が、口を開く。

『よくもハヤト…を…!』

そう聞こえた。

「何だテメー?」
『ハヤトを売らせない!』

そう言った男の顔が迫り、オレは思わず目を開いた。なのに今回は男の姿は消えず、オレの前に立っている。だが、その体のあちこちが透け、闇夜が見えた。

「幽霊ってやつか?ハッ!くっだらねぇ!」

オレはそう言うものは信じていない。ましてや、神や仏もいやしないのだ。怖くもなんともない。


──だが目障りだ……


「あのガキにとり憑いてやがったんだな?フン、テメーに何が出来るってんだ。あのガキは海外に売り飛ばすんだよ!」

踵を返して倉庫に戻ろうとすると、嫌に肩が重くなった。気のせいだろうと足を踏み出すが、オレの意思とは反して後退する。

「この幽霊が!とっとと成仏しやがれ!」
『俺が成仏する時は、お前も一緒だ!』
「うわぁっ!」

足が滑り、海に落ちた。必死にもがいて海面を目指そうとするが、何かがオレの足を引っ張ってやがる。


──離せ!このヤロー!


『お前には死んでもらう!』

息が続かない。苦しい。


──オレはこんなとこで死ぬのか?
  冗談じゃない……!


だが徐々に意識が遠退いて行く。
大きな気泡が幾つか海面へ上がり、そしてオレの体は軽くなった。


──よし、今だ!


余力を振り絞り、急いで海面から顔を出して息を吸う。荒い呼吸を繰り返しながら、オレは海から上がった。

「アンタ、ヤクザなんだな」
『あぁ?』

膝をつきながら見上げると、哀れむように目を細めて見下ろすオレがいた。

『え?どうなってんだ?』
「俺もどうなったか分からないけど、どうやらアンタの体の中に入れたみたいだ」

頭が混乱している。オレの言葉が理解出来ない。


──はぁ?何言ってやがんだ?


『どう言う意味だ?』
「ようするに、アンタは死んで、俺はアンタとしてこれから生きる事にするよ」

体が軽い。
とにかく腹が立つ。
殴ってやろうと拳を突き出したが、オレの拳はオレをすり抜けた。

『ちょ……返せ!オレの体を返せってんだ!』
「ハヤトを危ない目に遭わせるような奴に、返せない。それに、返し方なんて知らないし」

そう言ったオレの体は踵を返し、倉庫へと戻って行く。オレは慌ててその後を追った。




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