Prisoner

たける

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第12章

4.

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翌朝クレイズが目を覚ますと、カルロスの姿はなかった。慌ててノートパソコンを開き、居場所を探知する。どうやらマフィア同士の会合に出席しているらしかった。
ほっと安堵しベッドから起き上がると、部屋の扉が開き、見知らぬ女が1人入って来た。
クレイズが探るような目で見ていると、女は忌ま忌ましい物を見るような、憎しみの篭った視線をクレイズに寄越した。

「貴女がクレイズね?」

刺々しい物言いに動じる事なく、クレイズは首を縦に振った。

「そう言うお前は、カルロスの愛人か?」

凛々しい瞳に、すっきりとした鼻筋。見るからに綺麗な女だった。

「えぇ、そうよ」

そう答えると、女は部屋を見回した。そしてため息をつくと、再びクレイズを睨んだ。

「最近、私達の相手をしてくれないと思ったら、貴女みたいな牝豚が別宅に押しかけていたのね」

腕を組み、まだ寝起きのクレイズにそう言った。

「オレが押しかけてる?それは誤解だ。カルロスがオレをここに連れて来た」

そう、それは真実だった。だが女はそう言ったクレイズの言葉を聞くなり、怒りをあらわにした。

「カルロスが貴女みたいな牝豚を、好んで連れて来る筈ないでしょ?図々しいにも程があるわ!」

牝豚と罵られ、些かクレイズも怒りを感じた。だが、まともに相手をしても疲れるだけだと考え直し、ベッドから立ち上がった。
女の戯れ言を聞いているより、早くゲイナーの見舞いに行きたい。

「ふん、なんとでも言え、このブス」

そうクレイズが言い返すと、女は歯ぎしりをしながら腕を解いた。

「まぁ……!何てムカつく!いいこと?さっさと別宅から出て行きなさいよ?」

捨て台詞を吐くと、女は大股で部屋を出て行った。窓から外を覗くと車に乗り込み、走り去るところだった。
まったく、言い掛かりもいい加減にして欲しいものだ。そう思っていると、また別の女が部屋にやって来た。
また、同じ問答を繰り返すのだろうな、と思いながらも、クレイズは手際よく着替えた。





結局、見舞いに来るまでに4人の女が同じ文句をクレイズに怒鳴り、勝手に帰って行った。
カルロスが帰宅したら文句を言ってやらないと気が済まない。そう心に決め、安らぎを求めるように病室に入った。

「やぁ、ゲイナー。怪我の具合はいかがかな?」

そう声をかけると、ベッドの上で半身を起こし、窓の外を見ていたゲイナーが振り返った。

「クレイズ、来てくれてありがとう」

そう言ってゲイナーが笑いかけてきた。それだけで、さっきまでの嫌な気分が払拭されるようだ。
クレイズも笑みを返すと、パイプ椅子を引き寄せ、ゲイナーの傍らに座った。

「まだ退院は先だな」

そう言うと、ゲイナーは辛そうに微笑んだ。

「そうだな……それより、君はどうなんだ?昨日、カルロスと一緒に」
「あぁ、あれな」

言いにくそうなゲイナーの言葉を遮ると、クレイズは足を組んだ。

「今、カルロスの別宅にいる」
「何だって?」

ゲイナーは眼鏡の奥の目を剥いて驚いた。

「どうしてそんな事に?ドーズが黙っていないだろう?」

ゲイナーがそう言って見つめて来る。クレイズは視線を合わさず、俯いたまま口を開いた。

「ハッキリとは言わなかったんだが、カルロスは、自分の家にオレを住まわせるつもりだ」
「何故……?カルロスは、君を」
「好きだ、と以前言っていた」

クレイズが答えると、ゲイナーは押し黙ってしまった。

「オレとしても、そう長くはカルロスの家に住むつもりはない。ただ、カルロスの動きを探るのに都合がいいと思っただけだ」

そう説明すると、ゲイナーはいくらか安堵の様子を見せた。

「そ……うか。君がそんな目的があって、同意の上で一緒にいるなら構わない。だが、その事はドーズは知っているのか?」

ずれた眼鏡を人差し指で持ち上げながら、ゲイナーが尋ねて来た。
それに対し、クレイズは首を横に振った。ドーズはまだ、仕事の片手間にリリの監視を続けているだろう。

「いいや、まだ話していない。話す必要はない、と思ってる」

そう言うと、ゲイナーは顔を曇らせた。

「君達はもう夫婦だ。ドーズにだって、教えておくべきだと思うぞ……?」

ゲイナーにそう言われ、クレイズは、そうだな、と、短い返事をした。その時、クレイズの携帯が鳴った。慌てて携帯を取り出すと、ドーズからの着信だった。
ゲイナーを横目に見ながら、クレイズは電話に出た。

「どうかしたのか?」

もしや、リリに何か動きでもあったのかと推測する。

『いや、リリはずっと1人で家にいるよ。誰からも、連絡もない』

半ば、事務的にドーズが報告する。その声は少し苛立ちを含んでいた。

「そうか、それならいい」
『クレイズ』
「何だ?」

電話を切ろうとしたクレイズだったが、ドーズに呼ばれて返事をする。

『僕はいつまでリリの監視を続ければいいの?』

確かにそうだ。いつまで?クレイズは考える。もう、リリを利用する必要はないのではないだろうか?だとしたら、近々リリを消す為に動くだろう。

「そうだな。だが、もう少し監視を頼む」

そうクレイズが言うと、ドーズは分かったよ、と返事をした。

『クレイズ』

再び呼ばれ、クレイズは電話を切ろうとした指を止めた。

「何だ?」
『愛してる』
「ドーズ、オレもだ」

そう言って、クレイズは電話を切った。
ドーズは、名前で呼ばないクレイズを咎める事はしない。何故咎めないのか、その理由は知らないが、きっとドーズはマイクと呼んで欲しいだろう。そう思うものの、呼び慣れた名前を急に変えるのは難しく、気恥ずかしい為、クレイズはまだドーズ、と呼んでいた。ふと、ゲイナーの視線を感じ、携帯を仕舞いながらそちらに目を遣る。

「大丈夫だ。リリは必ず守る」





帰宅したのは既に夕方になり、太陽が半ば沈みかけている頃だった。カルロスはもう帰宅していて、リビングでくつろいでいた。暖炉の近くに揺り椅子を置き、そこへ腰掛けている。

「遅かったな」

そう言って読んでいた書籍から視線を上げると、眼鏡を外した。普段カルロスは眼鏡をしていない。歳が歳だけに、字を読むのが困難なのだろう。

「あぁ、ゲイナーの見舞いに行ってたんだ」

正直にそう言うと、カルロスはやはりな、と、小さな声で呟いた。

「それよりも、カルロス」

思い出したかのように、クレイズははっとしてソファに腰掛けると、カルロスを意地悪く睨んだ。

「何だ……?」

読書の続きはせず──目頭を摘みながら立ち上がり──クレイズの隣に移動してきた。揺り椅子が小さく揺れ、そしてソファが歪む。カルロスの腕が背もたれに回り、クレイズは妙な緊張を覚えた。

「今日、お前が言うところの、滅多に来ない愛人共」

カルロスはそんなクレイズを見遣り、小さく頷きながら相槌を打っている。

「別々に4人も来たんだぞ?しかもカルロスの家に押しかけるな、図々しい、だとか、牝豚だとか、勝手な事を言ってやがった」

その時の感情を思い出し、クレイズは目付きを悪くさせた。

「そう怒るな。言いたい奴には言わせておけばいいだろ」

そう言われたら、もともこもない。クレイズはふて腐れた態度を取ると、カルロスに背中を向けた。

「お前に妬いているんだろう」

そう囁くと、カルロスは背もたれに回した腕をクレイズの肩へ伸ばし、自身の方へ振り向かせた。

「暫くはここにいてやるが、長くいるつもりはないからな」

真っ直ぐにカルロスを見据え、クレイズは言った。カルロスはただ微笑むばかりで、それに対しての返事はしなかった。代わりに、クレイズに唇を重ねた。




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