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第12章
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翌朝クレイズが目を覚ますと、カルロスの姿はなかった。慌ててノートパソコンを開き、居場所を探知する。どうやらマフィア同士の会合に出席しているらしかった。
ほっと安堵しベッドから起き上がると、部屋の扉が開き、見知らぬ女が1人入って来た。
クレイズが探るような目で見ていると、女は忌ま忌ましい物を見るような、憎しみの篭った視線をクレイズに寄越した。
「貴女がクレイズね?」
刺々しい物言いに動じる事なく、クレイズは首を縦に振った。
「そう言うお前は、カルロスの愛人か?」
凛々しい瞳に、すっきりとした鼻筋。見るからに綺麗な女だった。
「えぇ、そうよ」
そう答えると、女は部屋を見回した。そしてため息をつくと、再びクレイズを睨んだ。
「最近、私達の相手をしてくれないと思ったら、貴女みたいな牝豚が別宅に押しかけていたのね」
腕を組み、まだ寝起きのクレイズにそう言った。
「オレが押しかけてる?それは誤解だ。カルロスがオレをここに連れて来た」
そう、それは真実だった。だが女はそう言ったクレイズの言葉を聞くなり、怒りをあらわにした。
「カルロスが貴女みたいな牝豚を、好んで連れて来る筈ないでしょ?図々しいにも程があるわ!」
牝豚と罵られ、些かクレイズも怒りを感じた。だが、まともに相手をしても疲れるだけだと考え直し、ベッドから立ち上がった。
女の戯れ言を聞いているより、早くゲイナーの見舞いに行きたい。
「ふん、なんとでも言え、このブス」
そうクレイズが言い返すと、女は歯ぎしりをしながら腕を解いた。
「まぁ……!何てムカつく!いいこと?さっさと別宅から出て行きなさいよ?」
捨て台詞を吐くと、女は大股で部屋を出て行った。窓から外を覗くと車に乗り込み、走り去るところだった。
まったく、言い掛かりもいい加減にして欲しいものだ。そう思っていると、また別の女が部屋にやって来た。
また、同じ問答を繰り返すのだろうな、と思いながらも、クレイズは手際よく着替えた。
結局、見舞いに来るまでに4人の女が同じ文句をクレイズに怒鳴り、勝手に帰って行った。
カルロスが帰宅したら文句を言ってやらないと気が済まない。そう心に決め、安らぎを求めるように病室に入った。
「やぁ、ゲイナー。怪我の具合はいかがかな?」
そう声をかけると、ベッドの上で半身を起こし、窓の外を見ていたゲイナーが振り返った。
「クレイズ、来てくれてありがとう」
そう言ってゲイナーが笑いかけてきた。それだけで、さっきまでの嫌な気分が払拭されるようだ。
クレイズも笑みを返すと、パイプ椅子を引き寄せ、ゲイナーの傍らに座った。
「まだ退院は先だな」
そう言うと、ゲイナーは辛そうに微笑んだ。
「そうだな……それより、君はどうなんだ?昨日、カルロスと一緒に」
「あぁ、あれな」
言いにくそうなゲイナーの言葉を遮ると、クレイズは足を組んだ。
「今、カルロスの別宅にいる」
「何だって?」
ゲイナーは眼鏡の奥の目を剥いて驚いた。
「どうしてそんな事に?ドーズが黙っていないだろう?」
ゲイナーがそう言って見つめて来る。クレイズは視線を合わさず、俯いたまま口を開いた。
「ハッキリとは言わなかったんだが、カルロスは、自分の家にオレを住まわせるつもりだ」
「何故……?カルロスは、君を」
「好きだ、と以前言っていた」
クレイズが答えると、ゲイナーは押し黙ってしまった。
「オレとしても、そう長くはカルロスの家に住むつもりはない。ただ、カルロスの動きを探るのに都合がいいと思っただけだ」
そう説明すると、ゲイナーはいくらか安堵の様子を見せた。
「そ……うか。君がそんな目的があって、同意の上で一緒にいるなら構わない。だが、その事はドーズは知っているのか?」
ずれた眼鏡を人差し指で持ち上げながら、ゲイナーが尋ねて来た。
それに対し、クレイズは首を横に振った。ドーズはまだ、仕事の片手間にリリの監視を続けているだろう。
「いいや、まだ話していない。話す必要はない、と思ってる」
そう言うと、ゲイナーは顔を曇らせた。
「君達はもう夫婦だ。ドーズにだって、教えておくべきだと思うぞ……?」
ゲイナーにそう言われ、クレイズは、そうだな、と、短い返事をした。その時、クレイズの携帯が鳴った。慌てて携帯を取り出すと、ドーズからの着信だった。
ゲイナーを横目に見ながら、クレイズは電話に出た。
「どうかしたのか?」
もしや、リリに何か動きでもあったのかと推測する。
『いや、リリはずっと1人で家にいるよ。誰からも、連絡もない』
半ば、事務的にドーズが報告する。その声は少し苛立ちを含んでいた。
「そうか、それならいい」
『クレイズ』
「何だ?」
電話を切ろうとしたクレイズだったが、ドーズに呼ばれて返事をする。
『僕はいつまでリリの監視を続ければいいの?』
確かにそうだ。いつまで?クレイズは考える。もう、リリを利用する必要はないのではないだろうか?だとしたら、近々リリを消す為に動くだろう。
「そうだな。だが、もう少し監視を頼む」
そうクレイズが言うと、ドーズは分かったよ、と返事をした。
『クレイズ』
再び呼ばれ、クレイズは電話を切ろうとした指を止めた。
「何だ?」
『愛してる』
「ドーズ、オレもだ」
そう言って、クレイズは電話を切った。
ドーズは、名前で呼ばないクレイズを咎める事はしない。何故咎めないのか、その理由は知らないが、きっとドーズはマイクと呼んで欲しいだろう。そう思うものの、呼び慣れた名前を急に変えるのは難しく、気恥ずかしい為、クレイズはまだドーズ、と呼んでいた。ふと、ゲイナーの視線を感じ、携帯を仕舞いながらそちらに目を遣る。
「大丈夫だ。リリは必ず守る」
帰宅したのは既に夕方になり、太陽が半ば沈みかけている頃だった。カルロスはもう帰宅していて、リビングでくつろいでいた。暖炉の近くに揺り椅子を置き、そこへ腰掛けている。
「遅かったな」
そう言って読んでいた書籍から視線を上げると、眼鏡を外した。普段カルロスは眼鏡をしていない。歳が歳だけに、字を読むのが困難なのだろう。
「あぁ、ゲイナーの見舞いに行ってたんだ」
正直にそう言うと、カルロスはやはりな、と、小さな声で呟いた。
「それよりも、カルロス」
思い出したかのように、クレイズははっとしてソファに腰掛けると、カルロスを意地悪く睨んだ。
「何だ……?」
読書の続きはせず──目頭を摘みながら立ち上がり──クレイズの隣に移動してきた。揺り椅子が小さく揺れ、そしてソファが歪む。カルロスの腕が背もたれに回り、クレイズは妙な緊張を覚えた。
「今日、お前が言うところの、滅多に来ない愛人共」
カルロスはそんなクレイズを見遣り、小さく頷きながら相槌を打っている。
「別々に4人も来たんだぞ?しかもカルロスの家に押しかけるな、図々しい、だとか、牝豚だとか、勝手な事を言ってやがった」
その時の感情を思い出し、クレイズは目付きを悪くさせた。
「そう怒るな。言いたい奴には言わせておけばいいだろ」
そう言われたら、もともこもない。クレイズはふて腐れた態度を取ると、カルロスに背中を向けた。
「お前に妬いているんだろう」
そう囁くと、カルロスは背もたれに回した腕をクレイズの肩へ伸ばし、自身の方へ振り向かせた。
「暫くはここにいてやるが、長くいるつもりはないからな」
真っ直ぐにカルロスを見据え、クレイズは言った。カルロスはただ微笑むばかりで、それに対しての返事はしなかった。代わりに、クレイズに唇を重ねた。
ほっと安堵しベッドから起き上がると、部屋の扉が開き、見知らぬ女が1人入って来た。
クレイズが探るような目で見ていると、女は忌ま忌ましい物を見るような、憎しみの篭った視線をクレイズに寄越した。
「貴女がクレイズね?」
刺々しい物言いに動じる事なく、クレイズは首を縦に振った。
「そう言うお前は、カルロスの愛人か?」
凛々しい瞳に、すっきりとした鼻筋。見るからに綺麗な女だった。
「えぇ、そうよ」
そう答えると、女は部屋を見回した。そしてため息をつくと、再びクレイズを睨んだ。
「最近、私達の相手をしてくれないと思ったら、貴女みたいな牝豚が別宅に押しかけていたのね」
腕を組み、まだ寝起きのクレイズにそう言った。
「オレが押しかけてる?それは誤解だ。カルロスがオレをここに連れて来た」
そう、それは真実だった。だが女はそう言ったクレイズの言葉を聞くなり、怒りをあらわにした。
「カルロスが貴女みたいな牝豚を、好んで連れて来る筈ないでしょ?図々しいにも程があるわ!」
牝豚と罵られ、些かクレイズも怒りを感じた。だが、まともに相手をしても疲れるだけだと考え直し、ベッドから立ち上がった。
女の戯れ言を聞いているより、早くゲイナーの見舞いに行きたい。
「ふん、なんとでも言え、このブス」
そうクレイズが言い返すと、女は歯ぎしりをしながら腕を解いた。
「まぁ……!何てムカつく!いいこと?さっさと別宅から出て行きなさいよ?」
捨て台詞を吐くと、女は大股で部屋を出て行った。窓から外を覗くと車に乗り込み、走り去るところだった。
まったく、言い掛かりもいい加減にして欲しいものだ。そう思っていると、また別の女が部屋にやって来た。
また、同じ問答を繰り返すのだろうな、と思いながらも、クレイズは手際よく着替えた。
結局、見舞いに来るまでに4人の女が同じ文句をクレイズに怒鳴り、勝手に帰って行った。
カルロスが帰宅したら文句を言ってやらないと気が済まない。そう心に決め、安らぎを求めるように病室に入った。
「やぁ、ゲイナー。怪我の具合はいかがかな?」
そう声をかけると、ベッドの上で半身を起こし、窓の外を見ていたゲイナーが振り返った。
「クレイズ、来てくれてありがとう」
そう言ってゲイナーが笑いかけてきた。それだけで、さっきまでの嫌な気分が払拭されるようだ。
クレイズも笑みを返すと、パイプ椅子を引き寄せ、ゲイナーの傍らに座った。
「まだ退院は先だな」
そう言うと、ゲイナーは辛そうに微笑んだ。
「そうだな……それより、君はどうなんだ?昨日、カルロスと一緒に」
「あぁ、あれな」
言いにくそうなゲイナーの言葉を遮ると、クレイズは足を組んだ。
「今、カルロスの別宅にいる」
「何だって?」
ゲイナーは眼鏡の奥の目を剥いて驚いた。
「どうしてそんな事に?ドーズが黙っていないだろう?」
ゲイナーがそう言って見つめて来る。クレイズは視線を合わさず、俯いたまま口を開いた。
「ハッキリとは言わなかったんだが、カルロスは、自分の家にオレを住まわせるつもりだ」
「何故……?カルロスは、君を」
「好きだ、と以前言っていた」
クレイズが答えると、ゲイナーは押し黙ってしまった。
「オレとしても、そう長くはカルロスの家に住むつもりはない。ただ、カルロスの動きを探るのに都合がいいと思っただけだ」
そう説明すると、ゲイナーはいくらか安堵の様子を見せた。
「そ……うか。君がそんな目的があって、同意の上で一緒にいるなら構わない。だが、その事はドーズは知っているのか?」
ずれた眼鏡を人差し指で持ち上げながら、ゲイナーが尋ねて来た。
それに対し、クレイズは首を横に振った。ドーズはまだ、仕事の片手間にリリの監視を続けているだろう。
「いいや、まだ話していない。話す必要はない、と思ってる」
そう言うと、ゲイナーは顔を曇らせた。
「君達はもう夫婦だ。ドーズにだって、教えておくべきだと思うぞ……?」
ゲイナーにそう言われ、クレイズは、そうだな、と、短い返事をした。その時、クレイズの携帯が鳴った。慌てて携帯を取り出すと、ドーズからの着信だった。
ゲイナーを横目に見ながら、クレイズは電話に出た。
「どうかしたのか?」
もしや、リリに何か動きでもあったのかと推測する。
『いや、リリはずっと1人で家にいるよ。誰からも、連絡もない』
半ば、事務的にドーズが報告する。その声は少し苛立ちを含んでいた。
「そうか、それならいい」
『クレイズ』
「何だ?」
電話を切ろうとしたクレイズだったが、ドーズに呼ばれて返事をする。
『僕はいつまでリリの監視を続ければいいの?』
確かにそうだ。いつまで?クレイズは考える。もう、リリを利用する必要はないのではないだろうか?だとしたら、近々リリを消す為に動くだろう。
「そうだな。だが、もう少し監視を頼む」
そうクレイズが言うと、ドーズは分かったよ、と返事をした。
『クレイズ』
再び呼ばれ、クレイズは電話を切ろうとした指を止めた。
「何だ?」
『愛してる』
「ドーズ、オレもだ」
そう言って、クレイズは電話を切った。
ドーズは、名前で呼ばないクレイズを咎める事はしない。何故咎めないのか、その理由は知らないが、きっとドーズはマイクと呼んで欲しいだろう。そう思うものの、呼び慣れた名前を急に変えるのは難しく、気恥ずかしい為、クレイズはまだドーズ、と呼んでいた。ふと、ゲイナーの視線を感じ、携帯を仕舞いながらそちらに目を遣る。
「大丈夫だ。リリは必ず守る」
帰宅したのは既に夕方になり、太陽が半ば沈みかけている頃だった。カルロスはもう帰宅していて、リビングでくつろいでいた。暖炉の近くに揺り椅子を置き、そこへ腰掛けている。
「遅かったな」
そう言って読んでいた書籍から視線を上げると、眼鏡を外した。普段カルロスは眼鏡をしていない。歳が歳だけに、字を読むのが困難なのだろう。
「あぁ、ゲイナーの見舞いに行ってたんだ」
正直にそう言うと、カルロスはやはりな、と、小さな声で呟いた。
「それよりも、カルロス」
思い出したかのように、クレイズははっとしてソファに腰掛けると、カルロスを意地悪く睨んだ。
「何だ……?」
読書の続きはせず──目頭を摘みながら立ち上がり──クレイズの隣に移動してきた。揺り椅子が小さく揺れ、そしてソファが歪む。カルロスの腕が背もたれに回り、クレイズは妙な緊張を覚えた。
「今日、お前が言うところの、滅多に来ない愛人共」
カルロスはそんなクレイズを見遣り、小さく頷きながら相槌を打っている。
「別々に4人も来たんだぞ?しかもカルロスの家に押しかけるな、図々しい、だとか、牝豚だとか、勝手な事を言ってやがった」
その時の感情を思い出し、クレイズは目付きを悪くさせた。
「そう怒るな。言いたい奴には言わせておけばいいだろ」
そう言われたら、もともこもない。クレイズはふて腐れた態度を取ると、カルロスに背中を向けた。
「お前に妬いているんだろう」
そう囁くと、カルロスは背もたれに回した腕をクレイズの肩へ伸ばし、自身の方へ振り向かせた。
「暫くはここにいてやるが、長くいるつもりはないからな」
真っ直ぐにカルロスを見据え、クレイズは言った。カルロスはただ微笑むばかりで、それに対しての返事はしなかった。代わりに、クレイズに唇を重ねた。
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