Prisoner

たける

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第10章

2.

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翌日目が覚めたのは、昼を回ってからだった。
クレイズはセーターにジーパンを履き、コートを羽織ると、階段を下りてリビングに入った。

「おはようございます、クレイズ様。何か召し上がられますか?」

窓を拭いていたロゼが振り返ってそう言った。
昨夜は夕食を取っていなかった為、空腹を感じている。

「そうだなぁ……軽く何か食べたい」

そう言ってテーブルにつくと、ロゼはただ今、と言ってキッチンへと向かった。
ドーズの姿は起きた時にはもうなかった。ただ、温もりだけが残っていた。
ゲイナーの見舞いに行くつもりのクレイズは、綺麗に拭かれている窓を眺めた。
天気はいい。だが、風はまだ冷たそうだった。

「クロワッサンと、ミルクティーです」

キッチンから戻ったロゼは、そう言いながら料理をクレイズの前に置いた。

「ありがとう」

そう言ってからクレイズが食べ出すと、ロゼは窓拭きの作業に戻った。

「見舞いには、何が喜ばれると思う?」

クロワッサンを頬張りながらそう尋ねると、背中からロゼの声がした。

「本部長のお見舞いですか?でしたら、無難にお花なんかいかがですか?」
「花か……そうだな、いいかも知れん、花にしよう」

ミルクティーに息を吹き掛けながら啜った。


──花なら、バラにしよう。


そう決め、3つ目のクロワッサンを口に放り込むと、それをミルクティーで流し込んでから立ち上がった。

「じゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて」

クレイズは屋敷を出た。
2月の冷たい風に吹かれながらタクシーを捕まえ、目的地を告げる。静かにタクシーは走りだし、病院へと向かった。途中花屋に立ち寄ってもらいバラの花束を購入すると、運転手は微笑んでいた。





ノックして入った病室には、すでに花が飾られていた。

「何だ、誰か来てたのか?」

そう言いながらゲイナーに歩み寄ると、花束を見せた。

「さっきまで妻が来ていたんだよ」
「ふーん。そうか。もう、花瓶はないのか?」

部屋を見渡すが、花瓶はない。

「ナースセンターに行けば、貸してくれるかも知れないぞ?」

ゲイナーがそう言うので、クレイズはナースセンターへ向かった。病室を出て右に曲がり、廊下を10歩ほど歩くと、ナースセンターだ。看護婦が何人かいて、デスクに座っていたり患者の話しを聞いたりと、忙しそうだった。

「すまないが、花瓶を貸してもらえるだろうか?」

そう尋ねると、1人の若い看護婦がクレイズを睨んできた。

「どのお部屋かしら?」

ツンとした物言いで尋ね返すと、デスク前からノートを取り出した。どこに何を誰に貸したか、を几帳面に記すらしい。

「本部長の部屋だ」

そう告げるなり、険しい顔をしていた看護婦の顔が、みるみるうちに媚びへと変わった。

「まぁ、本部長の。で、貴方、お名前は?」
「クレイズだ」

ペンを走らせノートに記すと、看護婦は背中にある棚から花瓶を手渡した。

「ありがとう」

受け取り病室に戻ると、クレイズはさっそくバラを活けた。ベッド横の棚には既に妻の花があるので、窓際へ置く事にする。

「バラか。君にプレゼントした事を思い出すよ」

そう言って笑う傍らに椅子を出して座ると、クレイズはゲイナーを見つめた。

「退院には、1ヶ月程かかりそうだな」
「いや、そんなにもかからないさ。2週間程で退院出来るよ」

また無理をするつもりだな、と思いつつも、口にしなかった。ゲイナーは時に頑固だ。

「そうか、そりゃいいな」
「君には心配をかけたね。朝1番にリリが来て、犯人は逮捕したと教えてくれたよ」

ゲイナーは厳しい顔になると、そう言った。

「犯人は誰だったんだ?」

そう尋ねると、ゲイナーは少し考えてから首を横に振った。

「名前は忘れたが、以前麻薬密売で検挙した事のある男だったよ」
「その時の怨みか?」
「さぁ、それはどうかな。動機については、リリが聞き出してくれるだろう」

まだ分からない、と言う事だろう。

「逮捕されて良かった」

そう言うとゲイナーは笑った。

「あのな、ゲイナー。式の話しなんだが」

クレイズがそう切り出すと、ゲイナーはクレイズを優しい目で見つめてきた。

「あぁ。いつなんだ?」
「お前が退院してからにしようって、ドーズと決めたんだ。だから詳しい日にちはまだ……」

部屋の壁にかかっているカレンダーを見遣った。さっきのゲイナーの話しからして、退院は3月になるだろう。

「なんか、悪いな。私なんかの為に」

申し訳なさそうに言うので、クレイズは視線をゲイナーへと戻した。

「いいんだ。お前には花嫁衣装を見てもらいたい」

そう言って笑いかけると、ゲイナーは苦笑いを浮かべた。

「私も見たいよ、君の花嫁姿」

横に立つのがゲイナーならよかった。またそう思ってしまった自分に、クレイズは情けなくなった。


──いつになったら忘れられるだろうか?


ゲイナーの笑顔を見つめ、クレイズはその時がくる事を切に願った。




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