Prisoner

たける

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第9章

5.

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窓の外が暗くなり、クレイズは出窓から放れた。少し寒い。クローゼットからカーディガンを取り出し羽織ると、温かい飲み物でも貰おうと部屋を出た。
ドーズの父親を最近見ない。そう思っていたが、それを息子であるドーズに尋ねると、会社の慰安旅行でオアフ島に行っているらしい。
いつ戻るかは聞かなかった。聞く必要もなかったし、いてもいなくてもドーズより害にならない。
階下に下りリビングに入ると、暖炉の前でロゼが薪を足しているのが見えた。足音に気付き振り返る。顔の半分が火に照らされ、オレンジ色をしていた。

「ご夕食は、ドーズ様がお戻りになってからに致しましょう」

そう言って立ち上がった。

「何だ、ドーズの奴、出掛けてるのか?」

テーブルの暖炉に近い場所に腰掛け、クレイズはそう尋ねた。

「はい。つい10分程前ですか……忘れ物をしたと、出掛けて行かれました」
「そうか。なぁロゼ、温かい飲み物を作ってくれ」
「かしこまりました」

頭を下げ、ロゼがリビングを出て行くのを見つめながらクレイズはテーブルに頬杖をついた。


──嫌だと言っていても、この屋敷での暮らしに慣れてきている。


そんな事をぼんやり考えていると、ジーパンの尻ポケットに入れていた携帯が鳴り出した。一体誰だ?と思いながら携帯を取り暖炉の上の置き時計を見遣ると、7時を回っていた。着信にはゲイナー、と名前が出ている。
胸が締め付けられるような高鳴りを感じ、電話に出ると、荒い呼吸が聞こえてきた。
胸は一瞬にしてざわつき始め、クレイズは携帯を握る手に力を込めた。

「ゲイナー?どうかしたか?」

そう尋ねても返事はない。ただ荒い呼吸が続き、更に緊張感が増した。

「おい、どうしたんだ?」

さっきよりも声を大きくして尋ねると、漸く声が聞こえた。

「クレイズ……君、か……ハァハァ……ちょっと、怪我をしてしまって……クッ……動けない、んだ」

苦しげに呻くようなゲイナーの声がする。
うたた寝をした時に見た夢が脳裏にフラッシュバックし、クレイズの手が震えた。

「今どこにいる?」
「クロス通りの、少し、裏に入った……ハァ……路地だ」

頭の中で地図を描き、クレイズは立ち上がった。足も震えている。しっかりしろ。そう自分に言い聞かせた。

「分かった。すぐ向かう。すぐだからな?しっかりしろ!」

慌てていた為に椅子を蹴飛ばしてしまった。痛みを感じている暇はない。早く、早くかけつけないと。焦る気持ちが空回り、苛々する。

「紅茶をお持ちしました」

トレーにティーセットを乗せたロゼがリビングに戻ってきた。

「飲んでる場合じゃなくなった……お前が飲んでろ!」
そう言うと、ロゼは不思議そうに目を丸くした。

「どこかにお出かけですか?」

そう尋ねてくるロゼに返事をしている余裕はなかった。コートを部屋に取りに戻る暇もなく、クレイズは屋敷を飛び出した。




運よくすぐに捕まえられたタクシーに飛び乗り、目的地を早口で説明すると運転手は訝しみながらも車を発進させた。
窓の外を景色が流れて行く。それを眺めながら、クレイズはあれこれ考えていた。
クロス通りにはドーズの診療所がある。


──まさか、ドーズが?


そう考え、クレイズは体を小さく震わせた。
その可能性は、なくはない。むしろ、高い方ではなかろうか?


──だとしたら、ドーズを憎む。


クレイズは景色を睨んだ。
タクシーは順調に進み、10分程でクロス通りに到着した。クレイズは急いで代金を払うと、転げるようにタクシーから下りた。
冷たい風が吹き、人々がコートの襟を立てながら足早に歩いて行く。賑やかな街の電飾が目を貫くように眩しい。
ゲイナーは確か、クロス通りの少し裏に入った路地にいると言っていた。その言葉を頼りに路地裏に走ると、暗いビルの間に2つの影が見えた。1つは屈んでいて、もう1つはビルを背に、半ば寝転ぶような体制だ。
恐々と1歩近付くと、その足音に気付いた影がクレイズを振り返った。

「誰?」

こちらは逆光なので顔は分からないらしい。だがそう尋ねてきた声は、ドーズのものだった。
心臓が物凄い早さで鼓動している。苦しい。

「お前がやったのか?」

そう声を発し、更に近づいた。目が闇に慣れてきたのか、ドーズの顔を確認する事が出来る。

「僕じゃないよ」

そう言いながら立ち上がると、ドーズは携帯を開き、またすぐに閉じた。時刻を確認しただけなのだろう。

「少し前に僕もここを通りがかってね。救急車を呼んだ」

そう言ってドーズは、ゲイナーを見下ろした。クレイズもつられてゲイナーを見た。暗くてちゃんと見えないが、ゲイナーは腹を左手で押さえている。もしかしたら、血を流しているかも知れない。微かに血に似たような臭いがする。

「ゲイナー、大丈夫か?オレが分かるか?」

側に屈み左手に触れてみた。何かベットリとする物に触った。
クレイズのカーディガンが赤く染まり、手の平も濡れている。

「ゲイナー!あぁ……誰が?……よくも……!」

苦しそうな呼吸を繰り返しているゲイナーを、クレイズはそっと抱き起こした。すると、ゲイナーがうっすらと目を開けた。

「クレイズ……私は……」
「喋らなくていい!腹から血が出てるんだぞ!」

そう言いながらゲイナーの手の上から自身の手を重ね傷口をそっと押さえると、クレイズは涙を零した。その涙がゲイナーの頬に落ちると、ゲイナーは苦しそうな困ったような顔をした。

「何故……泣くんだ?私なら大丈夫だ」

そう言ってゲイナーは血に濡れた手でクレイズの頬に触れた。その手を握り返しながら、クレイズは微笑み再び涙を零した。

「お前は、大丈夫じゃない時にもそう言う」

握り返したゲイナーの指先は、出血の為に冷たくなっていた。

「一体誰が、ゲイナーをこんな目に?」

クレイズがそう言うと、後ろに立っていたドーズも隣に身を屈めた。

「さぁ、分からない。けど、ゲイナーは部下か誰かに犯人を追わせるよう、連絡はしたみたいだ」

そう言ってゲイナーの側に転がっていた携帯を拾うと、中を確認するように開いた。僅かな明かりがゲイナーの顔を青白く照らしている。

「リリって人に、君に連絡する前にかけてるね。時間からして、多分リリって人が犯人を追跡してるんだろう」

携帯が閉じられると、再び闇が訪れた。だがすぐにサイレンの音がけたたましく聞こえ、救急車が来たのだとクレイズは少しだけ安堵した。




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