Prisoner

たける

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第4章

5.

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拘禁室から出されたクレイズは独房に入れられていた。もう同部屋人もおらず、1人きりだ。なのに気分が晴れない。
理由は分かっていた。
拘禁室での忌まわしい行為が原因だ。
ベッドに腰掛けながら、クレイズは床につかない足をブラつかせた。


──ついに手だけではなく、体の内まで汚れてしまったか。


そう思いながら膝の上に両手を置き、その掌を眺めた。この手は強盗と殺人で汚れている。それと同等に体内も犯された。
これで自分に汚れていない場所はない。そう自嘲していると、檻の外に看守が現れた。

「お前に面会だぞ」

面会の言葉にクレイズは一瞬だけ体を強張らせた。


──ドーズではないだろうか?また来ると言っていた。


引き攣った表情で看守を見つめると、その後ろからゲイナーが顔を覗かせた。

「やぁ、クレイズ」

その顔に安堵し、クレイズは自然に微笑んでいた。
看守が檻の鍵を解いて扉を開けると、ゲイナーは軽く手を上げながらありがとうと言って中に入って来た。手には大きめの茶封筒を抱えている。
話す必要などない。話したところで、ゲイナーに何が出来るだろう?


──それとも、その反応を楽しむか?


それはいい。そう思ったクレイズは、ゲイナーを見上げた。ゲイナーは封筒から取り出した書類をクレイズに手渡そうと突き出していた。

「クレイズ?どうかしたか?」

視線がぶつかると、ゲイナーはそう言った。相変わらず優しい声だ。

「本部長、マイク・ドーズと言う男を知っているか?」

クレイズがそう尋ねると、僅かにゲイナーの眉が引き攣った。そして瞳は、何故その人物が今出てくるんだ?と言わんばかりだった。

「あぁ、知っているとも。彼がどうかしたのか?」

今度は、何故聞くんだと言いたげな不審な目に変わった。

「10日前、オレは中国女と揉めてね。拘束着を着せられ、拘禁室にぶち込まれたんだ。その時、偶然ドーズが訪ねて来た。そこでオレは、レイプされた」

ゲイナーの目が驚きに剥き、手に握ったままの書類が震えた。

「ば……馬鹿な…!」

そう言ってゲイナーは大声を上げた。通路にいる看守が何事かと振り返る。

「馬鹿なもんか。事実さ」
「か……看守は、何をしていたんだ?」

嘘だ、と言わんばかりのゲイナーの顔に、クレイズは顔を寄せた。

「ドーズは看守に金を握らせていた」

馬鹿な、と、ゲイナーは再度呟いた。

「本部長、ドーズはどんな人間なんだ?」

困惑しているゲイナーを見つめながら、クレイズはもう1度尋ねた。ゲイナーは息を飲み早い瞬きを数度繰り返した後、重い口を開いた。

「か……彼はドーズ貿易会社の1人息子で精神科医だ。マイクの事は小さい頃から知っているが、素行も悪くない真面目な青年だ」
「そんな男がレイプを?」

すかさずクレイズがそう言ってやると、ゲイナーは小さい咳ばらいを何度かした。

「だから信じられんのだ。君が嘘をついているようにも思えないし、どうしたらいいのか……」

そう言い、ゲイナーは書類に視線を落とした。だがその目は書類に目を向けているものの、文面を読んではいない。

「別にオレはドーズを訴えたい訳じゃあない。ただ、憎しみはある」

クレイズは、立ったままのゲイナーを睨んだ。

「訴えないのなら、どうするんだ?」

不安げな瞳でゲイナーは見つめ返してくる。

「さぁ?どうしようか。まだ考えてない。だが」

そこで言葉を切ると、クレイズはゲイナーの手首を掴み、自分の横に座らせた。そして耳にそっと唇を寄せた。

「オレがもし妊娠でもしたら、腹の子はおろしたい。どうすればいい?」

クレイズはそう言ってから唇を放すと、ゲイナーの様子を窺った。

「に……妊娠?ドーズは君に、その」

目を白黒させながら、ゲイナーは片手だけで頭を抱えた。握られている書類に、皺が寄る。

「奴は言った。オレの中に射精したと。これで、自分の子を産む事になるとな」

そう自分に言ったドーズの顔を思い出す。不敵に、だが、成し遂げたような爽やかな笑顔だった。

「あぁ、なんて事だ……!まさか彼が、そんな」

そう言ったきり、ゲイナーは言葉を失ったように黙り込んでしまった。クレイズは、自分以上に狼狽え、困惑し、顔色を無くしているゲイナーを見つめた。
もしレイプしたのがドーズではなく、ゲイナーだったら?そう想像してみる。
自分の体を荒々しく開き、何度も突き上げるゲイナーの姿。
クレイズは体が熱くなるのを感じた。


──ゲイナーなら許せると?


自問自答してみるが、答えは出てこなかった。
ゲイナーも黙ったままで俯いている。だがその目は、何かを考えているように世話しなく動いていた。

「本部長教えてくれ。妊娠は、どのぐらいで分かるものなんだ?」

そう尋ねると、ゲイナーはビクリと肩を揺らし、顔を上げた。

「そ……そうだな。私もよく分からないから、誰かに聞いておくよ」

辛そうだった。やはりゲイナーは、自分を娘と重ねている。そう改めて思った。

「頼むよ。オレには、お前しか頼れる者がいないんだ」





刑務所を出たゲイナーは、結局クレイズに見てもらう事が出来なかった書類を握りしめ、運転席に乗り込んだ。扉を閉めてしまえば外界から遮断され、酷く静かだった。
気持ちを落ち着かせようと目を閉じ、何度も深呼吸を繰り返す。が、暗い瞼の裏に、ドーズに押し倒されたクレイズの姿が見え、ゲイナーは慌てて目を開いた。


──何て事だ……!


ゲイナーはきつく握った拳でハンドルを殴った。じん、とした痛みを感じる。だが、胸はそれ以上に痛んだ。しかし、起こってしまった事を後悔していても何も変わらない。そう気持ちを切り替え、ゲイナーは書類を助手席に置きエンジンをかけた。


──とにかく、今自分に出来る事をしよう。


ゲイナーは車を走らせた。




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