Prisoner

たける

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第2章

6.

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「起きろ!起きるんだ!」

騒がしい声に無理に起こされたクレイズは、不機嫌な顔を上げた。
通路には、昨夜の警官が大声を出しながら歩いている姿がある。
檻の中に窓はなく、今が朝か夜かさえ分からない。
頭痛は消えていた。
クレイズはホッと胸を撫で下ろしながら、備え付けの汚い洗面台で顔を洗った。
意識がはっきりとし、本当に目が覚めた気になる。
ひびの入った鏡に自身を映しながら、寝癖のついた髪を指でといていると、ベッドの上の毛布が目に入った。
昨夜ゲイナーが持って来た毛布だ。それを手に取って鼻先に宛がうと、クレイズは深く息を吸い込んだ。そこにはもう、何の匂いもしない。


──昨夜ゲイナーに感じた懐かしさは一体何だったのだろうか?


思い出そうとしても、もう匂いを覚えていない。再度嗅げば分かるかも知れないなと思ったが、ゲイナーはここにはいない。
いないとなると、何故か無性に会いたくなった。

「おい、そこにいるんだろ?」

クレイズは、通路に向かって声をかけた。すると警官がやってきた。

「またお前か。今度は一体何だよ?」

面倒そうな顔をクレイズに向け警官は言った。

「本部長を呼んでくれ」
「はぁ?お前、何様のつもりだよ?ふざけた事言ってんじゃねー」

そう言って立ち去ろうとする警官に、クレイズはため息をついた。

「お前の事は、本部長によく話しておいてやる。早目に荷物を片付けておくんだな」
「何だと……?」

警官の足が止まる。

「はっきり言って欲しいのか?お前を首にしてもらう、と言ってるんだ」

そう言うと、警官は少し慌てた様子になった。

「ばっ……馬鹿言え!お前に何の権限があって」
「首にさせられない、と言う自信でもあるのか?お前だって叩けば埃の出る男なんだろう?」

笑いながら言ってやると、警官はぐっと喉を詰まらせた。

「呼べばいいんだろ!」

観念したかのようにそう言い、警官は肩を怒らせながら歩いて行った。
ここの警察官に叩いて埃の出ない奴はいない。クレイズはそう思っていた。だが、きっとゲイナーは別だろう。
やがて警官がゲイナーを呼びに行ってからいくらも経たないうちに、ゲイナーはクレイズの元にやって来た。

「どうかしたのか?」

そうクレイズに声をかけるゲイナーは──仮眠でも取ったのか──昨夜見た時よりも顔色がよくなって見える。

「やぁ本部長。わざわざ悪い」

そう言って笑顔で迎えると、ゲイナーも少しだけ口元を綻ばせた。

「いや、いいんだ。私も君に話しがあったから」

そう言いながら鍵を開けて檻の中に入って来ると、ゲイナーは懐から1枚の紙を取り出した。

「オレに何の話しだ?」

簡素なベッドに腰掛けているクレイズは、ゲイナーを見上げた。紙に視線を落としているその目は、相変わらず鋭い。

「あぁ。君を警察署から刑務所へ引き渡す事が決まったんだ」

そう言ってゲイナーは、紙をクレイズに見せた。確かに冒頭には、本日の昼、クレイズをブレイブ刑務所へ移送する、と書かれてある。

「そうか。なら、警察署で本部長に会うのも、これが最後か」

紙を懐に戻しているゲイナーを見つめ、クレイズはそう言った。

「そうだな。向こうに行っても無理を言うんじゃないぞ?」
「分かってるさ」

微笑みながらクレイズはそう答えた。

「それで、君の話しと言うのは何だ?」

クレイズの前に立ったままのゲイナーは、そう言って腕を組んだ。

「隣に、座ってくれないか?」

そう言ってクレイズは、自身の隣を軽く叩いた。

「本部長、危険です」

警官が口を挟んだ。それに頷きながらも、ゲイナーはクレイズの隣に腰掛けた。

「本部長……!」

再び警官が訴えるが、ゲイナーはそれを手で制した。

「大丈夫だ」

そう言ってから、ゲイナーはクレイズの方へと顔を向ける。

「隣に座ったぞ?」

そう言ってゲイナーは、少しおどけたような表情をした。それを見つめながら、クレイズは目を閉じて息を吸い込んだ。
昨夜嗅いだ、あの懐かしい匂いがする。

「話しは……?」

優しい声が聞こえた。

「そのまま、黙って座っていてくれ」

目を閉じたまま、クレイズは言った。そして、記憶の紐を手繰るように、クレイズは過去の引き出しをひっくり返した。

古い洋館で1人、退屈に暮らしていた毎日。

銀行を襲った時。

武器商店を襲った時。

メロの香水。

マフィアとして入った、あのビルの匂い。
初めて降り立った、ブレイブシティのホーム。

少しずつ記憶を過去へ戻すが、思い出す匂いはどれも違った。


──それなら、もっと古い記憶なのだろうか?


クレイズは更に深く息を吸い込み、記憶の沼へと身を投じた。
ゲイナーは黙ったままだった。時折、息を吸い込む呼吸の音が聞こえる。

最初に辿りついた、サイモンシティのホーム。

家を飛び出して、飛び乗った電車。

父だった男の部屋。

そこでクレイズははっとした。
酷い毎日を過ごしていた、あの部屋で嗅いだ匂いだ。
古い衣装箪笥に並んでいた男物のスーツ。確か、その衣装箪笥から匂っていた。
クレイズは目を開いた。
ゲイナーに感じた懐かしさは、匂いでしか覚えていない父の匂いに似ている。

「クレイズ……?」

躊躇いがちにゲイナーは声をかけてきた。一体どうしたんだ、と言わんばかりの顔だ。

「何でもない」

父と言うのは、こんな安らぐ匂いのするものなのだろうか?そう思いながら、クレイズはゲイナーを見つめた。

「目を閉じていたが、何か言いたい事でも?」
「他愛もない事だ。話す必要もない」

見つめ合ったまま、クレイズはそう言った。するとゲイナーは真剣な表情になった。

「君はもっと人と話すべきだ。悩みがあるなら私が聞こう」
「お前に話す事は何もない」

そう突っぱねるようにクレイズは言った。
本当はもっと声を聞いていたい気分だった。だがそれが何になるだろう?そう考えると、ここで会話を終わらせた方がいいように思える。


──多分声が聞きたいのは、知らない父にゲイナーを重ねようとしているからだ。


そうクレイズは、自身を分析した。

「……そうか。なら仕方がないな。朝食はここで食べて、昼食は向こうになるからな」

そう言ってゲイナーは立ち上がった。

「じゃあな、クレイズ」

ゲイナーは微笑み、檻から出て行った。
クレイズはその背中を見つめていた。




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