犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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 ステルク王国に来てから一ヶ月がたった。その間ロイはトーマスからオルティス家での仕事を習い、覚えるのに必死な毎日を過ごしていた。
 ようやく最近一人で任される仕事も増えてきて忙しいながらも充実した日々を送っている。

 オルティス家に来てわかったことは貴族にしては使用人の数が少ないこと。

 他の家より裕福ではない伯爵家(ロイの元実家)よりも明らかに少ない。
 だからと言って仕事が行き届いていないということはなく、少数精鋭で回しているというだけで皆よく働くし新参者のロイにも丁寧に接してくれる。
 前になんとなくその点をトーマスにたずねたところ「旦那様の意向です。人手は欲しいところではあったのでロイ様が来てくださり私どもは大変助かっておりますよ」と朗らかに返された。
 それと、この家の使用人は皆ロイのことを「様」付で呼ぶ。トーマスでさえそう呼ぶので自分はこの家で働くのだから様はいらないと言っても頑なにやめない。一番新参者の自分が様付で呼ばれるのは正直居心地が悪いとロイは感じていた。

 「ユアン様からも言ってくれませんか?」

 ユアンに熱い紅茶を入れていつものように雑談がてら仕事の報告のついでにそれを話すとユアンは声をあげて笑った。
 笑われると思っていなかったロイは目をぱちくりとさせるとユアンは「すまない」と笑いながらソファにゆったりともたれかかった。

 「トーマスたちはよくわかっているなあ……」
 「わかっている?」

 小さく呟いた言葉に思わず聞き返すとユアンはロイを見て微笑んだ。

 「ロイにもいずれわかるからどうかそのままで勘弁してあげて」

 主人にそう言われると飲み込むしかない。それと呼び方についてはロイはもうひとつ気になることがあった。

 「旦那様、この案件ですが」
 「ストップ。……ロイ?」
 「ユアン様」
 「はい。よくできました」

 ユアンはそっとロイの耳の上あたりに触れ、すぐに手を離す。軽く触れられただけなのになぜか触れられたところが熱く感じて、思わずロイは目を伏せた。

 (顔が熱い……)

 ユアンはロイから名前で呼ばれることを望む。

 ここに来てからトーマスや他の使用人たちのように旦那様と呼んだところ、ユアンから即座に訂正された。それも有無を言わせない圧で。
 ずっとユアンのそばで秘書として働くには呼び方からとのこと。
 なんとなくそういうものなのかと腑に落ちないながらも名前を呼ぶようにしているが、やはり時折間違えてしまうことだってある。
 そうすると決まってユアンはこうやってロイに触れるのだ。まるで宝物に触れるかのように優しく触れられるのが落ち着かなくて、ロイは毎回心臓が落ち着かない気持ちになってしまう。

 「おいで」

 ソファの隣を勧められてロイは赤くなった顔を伏せて無言で座る。それとこの一ヶ月でわかったこと。

 「報告を続けて」
 「……この案件ですが、先程先方から返事が来たため」

 身体をロイの方に向けたユアンは囁くように報告を促すとロイは縮こまって報告を再開する。するとユアンはほんの少しだけ距離を詰めてくる。
 長い脚を組んだままロイの方へ身体を傾け、片方の腕はソファの背もたれの縁に置かれると身体を包み込まれそうでそれを意識するとより鼓動が早くなる。
 
 (近い……)

 ユアンは基本的にロイとの距離が近い。二人きりのときはもちろん、使用人たちの前でも変わらず距離を詰めてくるためロイはどうしていいかわからなくなる。
 もともと人との距離が近いのかもしれないと思ったが、他の使用人に対して一定の距離を保っているようだった。

 ロイにだけ、なのだ。

 そのことだけがなんだか余計にロイの気持ちをざわつかせた。
 今もこうやってユアンの艶やかな黒い尻尾がさわさわと背中に当たって落ち着かなくなるも、平静を装ってロイは報告を続けた。
 会話をしながらユアンが詰めてきた分だけ距離を離すとまた詰めてくる。

 「ユアン様……近いです」

 思わず身体を傾けるようにしてユアンから距離を取るとユアンはロイを見て微笑んだ。

 「そうかな?」
 
 とぼけた返事をするユアンに思わず恨めしい顔を向けるが本人は気にも留めない。諦めたロイは吐いた息を大きく吸うと報告を続けた。
 



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