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子猫と涙と
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あのあと中庭の片隅でちょくちょく子猫の様子を見にきては餌をあげるようになった天音はエリオットともそこで顔を合わせるようになり、いつしか二人で過ごすようになった。
「今日も元気だな」
猫じゃらしを片手に子猫と遊ぶ天音は現れたエリオットに慌てて立ち上がって頭を下げる。
それを無言で片手で押しとどめエリオットは子猫の前にしゃがんでそっと抱き上げた。
甲高い声で鳴く子猫に顔を近づけてふっとエリオットは小さく微笑んだ。
「おはよう」
囁くような声で子猫に挨拶をするエリオットを見てなぜか少しだけモヤモヤを感じている天音の方に視線を寄越して、天音の持っている猫じゃらしに目を向ける。
「それはなんだ」
「えっ!あ、これは猫じゃらしといって……来る途中に生えてるのを見つけたものですから」
「猫じゃらし?」
首を傾げるエリオットに天音は説明するより実際に使ってみせた。
先の方のふさふさしている部分を地面に当てて子猫の前で左右に振って見せると子猫はその動きに合わせて顔の向きを変えた。
フリフリとお尻を振りながら前足を揃えて前傾姿勢になる。猫じゃらしの動きを少し遅くしてやると狙いを定めて子猫は飛び掛かって前足で猫じゃらしを仕留めた。
可愛らしいその一連の動きにすっかり見入っていたエリオットは感心したように息を吐いた。
「こうやって遊んでやると猫は喜ぶんですよ」
はいと渡された猫じゃらしを食い入るように見つめた後、エリオットは先ほど天音がしていたように子猫に猫じゃらしを左右に振るとすぐさま子猫は同じように前傾姿勢になって飛び掛かった。仕留めた猫じゃらしを両手で捕まえてはぐはぐと噛み付いている。
その様子を二人して無言で眺めているとエリオットが口を開いた。
「……ここでの暮らしは慣れたか」
一瞬自分に聞かれたものとは思わずに天音が目を丸くしていると、エリオットはチラリと天音を見やった。
「あ!えーとそうですね。ユエルさんにもよくしていただいていますし王城の方たちにも親切にしていただいているので」
「故郷が恋しくはないか」
天音は聞かれたことに思わずどきりとする。脳裏によぎるのはトラックに轢かれるまでいた世界のこと。大切だった家族や友人の顔が浮かぶ。
「───!」
無言になった天音の方にチラリと視線を向けたエリオットはギョッとした。
天音の瞳からはぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。視界が滲んでぽたぽたと涙の粒が地面を濡らしているのを見て天音は自分が泣いていることに初めて気づいた。
「あれ?なんで……っ」
人の涙など滅多に見ないエリオットは動揺した。天音のことはユエルからは「テオドールの患者」だと聞いていた。
いわゆる呪い持ちでこちらに害はないもので天音の命を脅かすものでもないそうだ。
普段ユエルなどの近しい部下としか接したことのないエリオットはこのとき自分のコミュニケーション能力が低い方であることに気づいて、この質問をしたことを酷く後悔した。
天音は東方の血が流れていることは外見を見ても明らかだ。故郷から離れて呪いの治療を受けながら慣れない土地で懸命に働いている。
(恋しくないわけ、ないな)
ごしごしと袖で涙を拭いながら必死に涙を止めようとする天音に無言でエリオットは天音の頭をイオにするように丁寧に撫でた。
「──っ!ふっ……うう」
優しく頭を撫でられて天音の止めようとしていた涙腺が決壊した。声を殺して泣き始めた天音は堪えきれず徐々にぐすぐすと鼻を啜り上げた。
それはほぼ無意識だった。気がつくとエリオットは涙をこぼす天音を抱き寄せていた。
ぎこちない動きながらもまるで幼子をあやすかのように天音を抱きしめて頭をゆっくりと撫でる。
さわさわと木々が葉を揺らす音を聞きながらエリオットは天音が泣き止むまで優しく頭を撫で続けたのだった。
「今日も元気だな」
猫じゃらしを片手に子猫と遊ぶ天音は現れたエリオットに慌てて立ち上がって頭を下げる。
それを無言で片手で押しとどめエリオットは子猫の前にしゃがんでそっと抱き上げた。
甲高い声で鳴く子猫に顔を近づけてふっとエリオットは小さく微笑んだ。
「おはよう」
囁くような声で子猫に挨拶をするエリオットを見てなぜか少しだけモヤモヤを感じている天音の方に視線を寄越して、天音の持っている猫じゃらしに目を向ける。
「それはなんだ」
「えっ!あ、これは猫じゃらしといって……来る途中に生えてるのを見つけたものですから」
「猫じゃらし?」
首を傾げるエリオットに天音は説明するより実際に使ってみせた。
先の方のふさふさしている部分を地面に当てて子猫の前で左右に振って見せると子猫はその動きに合わせて顔の向きを変えた。
フリフリとお尻を振りながら前足を揃えて前傾姿勢になる。猫じゃらしの動きを少し遅くしてやると狙いを定めて子猫は飛び掛かって前足で猫じゃらしを仕留めた。
可愛らしいその一連の動きにすっかり見入っていたエリオットは感心したように息を吐いた。
「こうやって遊んでやると猫は喜ぶんですよ」
はいと渡された猫じゃらしを食い入るように見つめた後、エリオットは先ほど天音がしていたように子猫に猫じゃらしを左右に振るとすぐさま子猫は同じように前傾姿勢になって飛び掛かった。仕留めた猫じゃらしを両手で捕まえてはぐはぐと噛み付いている。
その様子を二人して無言で眺めているとエリオットが口を開いた。
「……ここでの暮らしは慣れたか」
一瞬自分に聞かれたものとは思わずに天音が目を丸くしていると、エリオットはチラリと天音を見やった。
「あ!えーとそうですね。ユエルさんにもよくしていただいていますし王城の方たちにも親切にしていただいているので」
「故郷が恋しくはないか」
天音は聞かれたことに思わずどきりとする。脳裏によぎるのはトラックに轢かれるまでいた世界のこと。大切だった家族や友人の顔が浮かぶ。
「───!」
無言になった天音の方にチラリと視線を向けたエリオットはギョッとした。
天音の瞳からはぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。視界が滲んでぽたぽたと涙の粒が地面を濡らしているのを見て天音は自分が泣いていることに初めて気づいた。
「あれ?なんで……っ」
人の涙など滅多に見ないエリオットは動揺した。天音のことはユエルからは「テオドールの患者」だと聞いていた。
いわゆる呪い持ちでこちらに害はないもので天音の命を脅かすものでもないそうだ。
普段ユエルなどの近しい部下としか接したことのないエリオットはこのとき自分のコミュニケーション能力が低い方であることに気づいて、この質問をしたことを酷く後悔した。
天音は東方の血が流れていることは外見を見ても明らかだ。故郷から離れて呪いの治療を受けながら慣れない土地で懸命に働いている。
(恋しくないわけ、ないな)
ごしごしと袖で涙を拭いながら必死に涙を止めようとする天音に無言でエリオットは天音の頭をイオにするように丁寧に撫でた。
「──っ!ふっ……うう」
優しく頭を撫でられて天音の止めようとしていた涙腺が決壊した。声を殺して泣き始めた天音は堪えきれず徐々にぐすぐすと鼻を啜り上げた。
それはほぼ無意識だった。気がつくとエリオットは涙をこぼす天音を抱き寄せていた。
ぎこちない動きながらもまるで幼子をあやすかのように天音を抱きしめて頭をゆっくりと撫でる。
さわさわと木々が葉を揺らす音を聞きながらエリオットは天音が泣き止むまで優しく頭を撫で続けたのだった。
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