上 下
77 / 91
2章

2−48

しおりを挟む
 キヨラの町に着くと真夜中にもかかわらず、宿には明かりがついていた。宿に近づくと、何やら人影が見える。よく目を凝らしてみると宿の入り口の前に立っていた影はハンナだった。こちらに気づいたハンナがものすごい勢いで走ってきて私に抱きついてきた。

 「お嬢様……心配しましたっ……」
 「ハンナ、心配かけてごめんなさい」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられていると今より幼い頃の記憶がふと蘇る。
 お転婆だった私がハンナの静止も聞かずに庭で一番高い木に登ったことがあった。私は足を滑らせて木から落ちてハンナが間一髪のところで受け止めてくれたのだ。そのときもハンナに涙目で抱きしめられたことがあったのだ。普段はメイドとして一歩引いた姿勢のハンナに抱きしめられて申し訳なさと同時に嬉しかったことを思い出す。けれど今の泣きそうな表情のハンナを見ていると嬉しさよりも申し訳なさでいっぱいになった。
 しばしハンナと抱き合っているとハンナは思い出したように私の顔を包んで覗き込んだ。

 「お嬢様の白い肌にこんなに傷が……」
 「小さな擦り傷だしすぐ治るから問題ないわ。それよりもレイ様に伝えてくれてありがとう。教会の方はどうなったの?」

 顔をハンカチで拭かれながらたずねると、ハンナは複雑そうな表情を見せて「それが……」と言い淀んだ。

 「とりあえず今はお嬢も疲れているだろうからお風呂と着替えを」

 レイ様が遮るように間に入ってハンナに言うとハンナは慌てて「お湯の準備をして参ります!」とバタバタと部屋に戻って行った。その様子を呆気にとられながら見送るとレイ様は「さーて」とのんびりした声で言った。

 「さあ、俺はこの子を教会に送ってくるから。今日はもう休んで明日の昼前ぐらいに教会に来てくれる?」


 イアンの肩に手を置いてレイ様はそう言って私にウインクした。「でも教会は……」と私が言いかけるとレイ様は「大丈夫。子供達のことはサーニャさんっていう人が来てくれているから。それに今日は俺も向こうでいろいろお手伝いしなきゃいけないから警備の面でだったらすごく安全だと思うよ」と言うと戸惑った表情のイアンを促した。イアンと「また明日」とだけ軽い挨拶を交わすと、二人はまだ暗い町の中に消えていった。

 サーニャさんが来ていると言うことはマリウス神父はもう教会にいないということだろうか。

 二人がいなくなった方を見ているとリクに「中に入りましょう」と声を掛けられた。
 気になることはたくさんあるけど私はリクと一緒に部屋に戻ったのだった。


 部屋に戻ると暖かい空気が頬を撫でた。どうやらハンナが暖炉をつけてくれているようで部屋の中は暖かい。日中はまだ暖かいものの夜は肌寒い。
 思わずホッと息を吐くと部屋の奥からハンナがエプロンをした状態で出てきた。

 「お嬢様、お湯の準備ができましたがお風呂に入られますか。それとも先に何か召し上がられますか」
 「ありがとう。まずはお風呂をいただくわ」

 浴室に入りハンナに手伝ってもらいながら服を脱ぐとハンナが手首に巻かれた包帯を見て眉を顰める。縛られていたことと、レイ様が手当てをしてくれたことを話した。

 「洗って巻き直しましょう」

 包帯をとって手首を丁寧にハンナに洗ってもらう。少しヒリヒリとしみたが我慢できる痛さだ。身体を洗ってもらいながらハンナに傷の確認をしてもらうと、大きな傷はないようで跡も残らないだろうと胸を撫で下ろしているハンナに少し苦笑した。
 お気に入りのラベンダーの精油をほんの少し垂らした湯船に浸かると足先から温まって身体がほぐれていく。思わず自然と声が出てしまう。

 「あー気持ちいいわー」

 おおよそ十歳とは思えない私の姿にハンナは「それはようございました」とクスリと笑った。
 湯船から漂っているラベンダーの香りを吸い込んでしばし深呼吸をする。身体がリラックスしていくのがわかると同時にぐううっとお腹がなる。
 恥ずかしくなって湯船の中で身をちぢこませるとハンナが優しい顔で微笑んで「お風呂から上がったらすぐに召し上がれるようにご用意しますね」と言って浴室から出ていった。
 一人になった浴室で今日あった出来事を思い起こす。森でカイに出会い、ヨシュアにも町で遭遇して教会でマリウス神父に襲われてイアンと共に奴隷商人に売られそうになり、妖精にも襲われて……今日だけでいろいろ起こりすぎではないだろうか。思わずげんなりしてしまう。

 あれからマリウス神父はどうなったのだろうか……フローラや教会の子供達は?カイとヨシュアは?レイ様は大丈夫と言っていたけれど……。レイ様の口ぶりからあのあと教会でも何かが起こったのは確かだ。

 そんなことを考えながらも疲れからかそれ以上は何も考えられない。ふと脳裏になぜか白銀の髪の人物が浮かぶ。

 また夢で見ちゃったな……。今日も顔見られなかったけど。

 湯船に浸かりながらぼうっとしていると浴室の外からハンナに声をかけられる。ハッとして慌てて返事をする。

 私は頭を振って白銀の髪の人物を頭の隅に追いやった。今は考えてはいけないと自分に言い聞かせて。



 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...