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2章

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 「生意気な小娘だ……結局金か」

 そう悪態をつく町長に私はにっこりと顔に貼り付けたような笑みを浮かべた。

 「あら、お金は大事でございましょう? それに両親から何事もタダで請け負うようなことはするなと言い含められておりますの」

 本当はそんなこと言われたことはないのだがあえて商人の娘らしく言ってみる。

 「それに……今回の事件が広まってしまう前に子供達を見つけてしまわないと不穏な噂が広がって領主様やから目をつけられる恐れがございましょう? そうなったときに責任を負わせやすいのは……」

 そう暗に時間がないことを指摘してじっと目の前の町長をじっと見つめた。町長は「わかった。契約書を結ぼう。後にうちから秘書を出す」と慌てた様子で言った。
 心の中でよし!と握り拳をしめた。思わず口の端が吊り上がりそうになるのをグッと堪えて、表情を引き締めた。
 
 「成立ですね。では後ほど書面にて交わしましょう」

 そう言ってくるりと踵を返す。長居は無用だ。こういうのは勢いが大事なのだ。部屋から退室しようとしたときに「まて」と後ろから声を掛けられた。
まだ何かあるのか……そう思いながら振り返ると、町長はニヤリと口の端を上げながら指で刺し示した。

 「その連れの女は置いていけ」

 町長が指し示しているのはハンナだった。その途端ハンナから表情が消える。
 あ、やばい……ハンナがキレてる。
 町長は立ち上がってよろよろとした足取りでこちらに近づいてきた。その表情はどう見てもいやらしい笑みを浮かべている。私の方を見ようともせず通りすぎてハンナの方に近づいてハンナを上から下まで舐め回すように見ている。小柄だと思っていた町長はやはり背が小さく、ハンナを見上げているような形だ。

 「なかなかいい身体をしているではないか。背が高いのは少し難点だが」

 そう町長がハンナをじっくりと見ている間にもハンナは微動だにせず、無表情だがよく見ると右手の拳は握り締められている。これをどう切り抜けるべきか……。ハンナは今にも拳を繰り出しそうだ。町長の手がハンナに触れそうになったときだった。

 突然風切り音がした。

 一瞬顔に強い風が当たり、思わず瞼を閉じる。前髪がふわりと舞い上がった。すると足元に何かくすぐったい感触が肌を撫でた。
 目を開けて足元を確認すると、毛玉のようなものが私の靴に被さっているのが目に入って思わずギョッとする。恐る恐る拾い上げるとそれはどこかで見た毛色の髪の毛のついたネットのような物だった。少しベタついていて、素手で触るのもはばかられる。人差し指と親指でつまんでよく見るとそれはどう見てもカツラだった。
 それに気づいた瞬間、その持ち主であろう人物に目を向けるとその人物は微動だにせず固まっていた。ちょうどこちらに背を向けているので表情は窺い知れない。私が今手に持っていた物がかぶさっていたであろう場所は見事にその部分だけ綺麗に毛がなかった。艶やかな頭頂部に一瞬目が釘付けになるも、ハッとした私は思わず、その持っていた物を元通りの場所へ背後からサッと頭にのせた。町長が小柄だったおかげで私が背伸びをしてのせることができた。
 ハンナは目を見開いたままだし、ローランドさんはそれを見てないかのように目を不自然にギュッと瞑っている。唯一レイ様はどう見ても笑いを堪えている。多分犯人と思われる人物はどこかに隠れているだろう。

 早く、ここから立ち去ろう。

 そう判断した私は何事もなかったかのように「では、後ほどお待ちしておりますわ。あ! 今日中に契約書は持ってきてくださいね。でないとそのまま明日ここを立ちますので」と言って目線でハンナ達の退室を促した。レイ様だけなおも固まったまま動かない町長を覗き込もうとするので思わず背中をバシバシ叩いてしまったのはしょうがないと思う。 

 「では、失礼いたします」

 そう言ってそのまま俯いている町長の方を見てにっこりと笑って退室した。カツラはのせただけなので不自然なままだったのが少し気になったけど。
 無言のまま私達はレストランを出て、そのまま早足で部屋へ戻った。なぜかローランドさんもついてきた。
 部屋のドアを閉めた途端、ため息をついてそのままソファに座った。

 「なんとか終わったわね、あとは契約書を交わしたら一安心だわ」

 疲れ切った私は行儀が悪いのを気にせずソファに寄りかかった。ハンナはお茶を入れる準備を始める。ローランドさんはいまだに戸惑った表情で何か考えているようだった。レイ様はとうとうお腹を抱えて笑い出してしまった。

 「あはははは! さっきの面白かった~! 風が急に起きて町長のカツラだけとっていくんだもん! しかも! それを! お嬢様がのせちゃうんだから!」
  
 あまりの笑いようにさっきレイ様があの場で笑い出さなくて本当によかった。もしかしたらあの場にいた護衛騎士に捕まっていた可能性すらある。まあ、彼らも驚いていてどう動けば良いのか戸惑っているようだったし、急いで部屋を出てきてよかったと思う。後から私達を捕まえたりはしないだろう。
 カツラを取ったからなんて自ら傷口に塩を塗り込むようなことはしないはずだ。
見てしまったからといって個人的に恨みを買ったりしてなきゃいいけど……。そんなことを考えていると、ローランドさんがこちらを見ながらたずねた。

 「先程の風が突然巻き起こったのは魔法か?」

 
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