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2章
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あのあと落ち着きを取り戻したフローラに案内されながら教会へ向かう。居住施設からすぐいける教会は外観は蔦が絡まるクリーム色の壁の建物で、古いながらも静謐な佇まいに思わず背筋が伸びる。扉を開けたフローラに促されて静かに足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
教会には人気はなく、陽の光が高窓から差し込んでいて思っていたより明るい。長椅子が並んでおり、その正面には祭壇が設置されていてどことなく厳かな雰囲気が感じられる。
孤児院に隣接されている教会は一般の人も出入りできるようになっており、ミサや結婚式、埋葬の儀式を行なっている。裏庭では、孤児院の子供たちへの生活魔法の訓練の指導を行なっているという。
次に目に入ったのは正面の祭壇の上に飾られている一枚の絵画だった。
絵画に描かれているのは暗闇の中で一人の天使のような背中に羽がある少女が手を掲げている。少女の目線の先には赤い目のような物が描かれた真っ黒い何か。目からは赤い線のようなものが描かれている。思わず見入っているとフローラが私の隣に来た。
「ちょっと怖いよね。ここにくるたび、この絵が目に入るからあんまりここには入りたくないの」
そう言ってフローラは苦笑した。確かに少し怖い気がしないでもない。黒い何かはおどろおどろしく感じるし、天使のような女の子の周りだけ明るく感じるが全体的に暗い雰囲気の絵画だ。
ふとリクを見ると、真っ黒な瞳で微動だにせずじっと絵を見つめていた。固まったように動かないリクに声をかけようか悩んでいると、後ろから人の気配がした。
「『嘆きの魔女と光の聖女の戦い』の絵画ですよ」
声のした方を振り返るとマリウス神父とハンナが立っていた。マリウス神父が微笑んでそのまま話し出す。
「嘆きの魔女と光の聖女のお話はご存知ですか?」
「確か……ずっと昔に嘆きの魔女が現れて、世界を闇に包み破滅させようとしたときに光の聖女が現れた。そして三日間戦い続けて……光の聖女が勝利して嘆きの魔女を封印したことで闇に包まれた世界を救った……でしたっけ?」
頭の片隅にある記憶を呼び起こしながら口にした。「嘆きの魔女と光の聖女」はこの世界に伝わる御伽噺で、今より幼い頃によくメリダに話してもらった記憶がある。
「そうです。絵に描かれている背中に羽のある少女が光の聖女で、少女の目線の先にある、空を覆っている黒い物が嘆きの魔女です。光の聖女が聖なる魔法で嘆きの魔女の闇を祓い、封印しようとしている場面ですね。ですが一説によると、三日間も戦っていないとか、他には光の聖女ではなく『魔法使いラクス』が嘆きの魔女を封印したとも言われているんですよ」
「『魔法使いラクス』?」
魔法使いラクス──
何百年も前に実在していたと言われる、あらゆる魔法に精通した伝説の魔法使い。魔法に関する書物はたくさんあるが、一番読まれているのは大半がこの人物が著者の物とも言われている。
著作物があるので私としては正直、光の聖女よりまだ現実味がある。ただ、本人の魔法に関する著作物はあっても伝記などはないため、どんな人物だったかは謎に包まれている。
「どうして魔法使いラクスが封印したと言われているんですか?」
単純な疑問を口にするとマリウス神父は苦笑した。
「私も何かの書物で読んだ気がするのですが、あくまでもそういう一説があるということです。大魔法使いとなれば『嘆きの魔女』を封印するのは容易いのではないかという彼に憧れた者がそういう説を唱えたとも言われますし。まあ、教会としては光の聖女が封印したというのが正しいとされています」
「それはなぜですか」
「光の聖女は敬虔な教会の信者だったと言われています。とある平民の少女に聖魔法の力が出現したことで聖女となったのです」
聖魔法という言葉に思わず心臓が跳ねた。御伽噺の中で教会がそんなふうに絡んでいるとは思わなかった。お兄様達が懸念していた、教会に囲い込まれる可能性の話を思い出す。
時代も変わっているしそんなことはないと思いたいけど……。思わず黙りこくってしまっているとマリウス神父は私が絵が恐ろしくなったのかと勘違いしたのか「この絵はどうしても子供達を怖がらせてしまうのでしょうがありません、移動しましょうか」と気遣うように入り口を視線で示した。
「ハンナさんからお聞きしました。硬くなってしまったパンを有効活用できるレシピを教えていただけるそうで……ありがとうございます」
そう言ってにこやかに笑顔を見せたマリウス神父はなんだか嬉しそうにみえた。こんな年端のいかない小娘に丁寧にお礼を言ってくれるマリウス神父に、照れ臭くなってしまった私は「い、いえ」と返事するのが精一杯だった。
食堂へ移動することになり、マリウス神父とフローラを先頭に歩き出す。隣にはハンナ、リクは少し列から離れて後ろを歩いている。
教会を出る際、なんとなく後ろが気になってリクの方を見るとリクは振り返って絵画をじっと見つめていた。
真っ黒な目で絵画を見ているリクは何を思っているかはわからない。心なしかいつもピンとなっている髭がしょんぼりとうなだれてみえた。
私もリクの視線の先の絵画を見やる。
私には光の聖女よりもなぜだか嘆きの魔女とされる黒い物体に目が引き寄せられてしまう。
嘆きの魔女の赤い目から流れる線はどこか赤い涙のようにも見えて、物悲しさを感じた……。
教会には人気はなく、陽の光が高窓から差し込んでいて思っていたより明るい。長椅子が並んでおり、その正面には祭壇が設置されていてどことなく厳かな雰囲気が感じられる。
孤児院に隣接されている教会は一般の人も出入りできるようになっており、ミサや結婚式、埋葬の儀式を行なっている。裏庭では、孤児院の子供たちへの生活魔法の訓練の指導を行なっているという。
次に目に入ったのは正面の祭壇の上に飾られている一枚の絵画だった。
絵画に描かれているのは暗闇の中で一人の天使のような背中に羽がある少女が手を掲げている。少女の目線の先には赤い目のような物が描かれた真っ黒い何か。目からは赤い線のようなものが描かれている。思わず見入っているとフローラが私の隣に来た。
「ちょっと怖いよね。ここにくるたび、この絵が目に入るからあんまりここには入りたくないの」
そう言ってフローラは苦笑した。確かに少し怖い気がしないでもない。黒い何かはおどろおどろしく感じるし、天使のような女の子の周りだけ明るく感じるが全体的に暗い雰囲気の絵画だ。
ふとリクを見ると、真っ黒な瞳で微動だにせずじっと絵を見つめていた。固まったように動かないリクに声をかけようか悩んでいると、後ろから人の気配がした。
「『嘆きの魔女と光の聖女の戦い』の絵画ですよ」
声のした方を振り返るとマリウス神父とハンナが立っていた。マリウス神父が微笑んでそのまま話し出す。
「嘆きの魔女と光の聖女のお話はご存知ですか?」
「確か……ずっと昔に嘆きの魔女が現れて、世界を闇に包み破滅させようとしたときに光の聖女が現れた。そして三日間戦い続けて……光の聖女が勝利して嘆きの魔女を封印したことで闇に包まれた世界を救った……でしたっけ?」
頭の片隅にある記憶を呼び起こしながら口にした。「嘆きの魔女と光の聖女」はこの世界に伝わる御伽噺で、今より幼い頃によくメリダに話してもらった記憶がある。
「そうです。絵に描かれている背中に羽のある少女が光の聖女で、少女の目線の先にある、空を覆っている黒い物が嘆きの魔女です。光の聖女が聖なる魔法で嘆きの魔女の闇を祓い、封印しようとしている場面ですね。ですが一説によると、三日間も戦っていないとか、他には光の聖女ではなく『魔法使いラクス』が嘆きの魔女を封印したとも言われているんですよ」
「『魔法使いラクス』?」
魔法使いラクス──
何百年も前に実在していたと言われる、あらゆる魔法に精通した伝説の魔法使い。魔法に関する書物はたくさんあるが、一番読まれているのは大半がこの人物が著者の物とも言われている。
著作物があるので私としては正直、光の聖女よりまだ現実味がある。ただ、本人の魔法に関する著作物はあっても伝記などはないため、どんな人物だったかは謎に包まれている。
「どうして魔法使いラクスが封印したと言われているんですか?」
単純な疑問を口にするとマリウス神父は苦笑した。
「私も何かの書物で読んだ気がするのですが、あくまでもそういう一説があるということです。大魔法使いとなれば『嘆きの魔女』を封印するのは容易いのではないかという彼に憧れた者がそういう説を唱えたとも言われますし。まあ、教会としては光の聖女が封印したというのが正しいとされています」
「それはなぜですか」
「光の聖女は敬虔な教会の信者だったと言われています。とある平民の少女に聖魔法の力が出現したことで聖女となったのです」
聖魔法という言葉に思わず心臓が跳ねた。御伽噺の中で教会がそんなふうに絡んでいるとは思わなかった。お兄様達が懸念していた、教会に囲い込まれる可能性の話を思い出す。
時代も変わっているしそんなことはないと思いたいけど……。思わず黙りこくってしまっているとマリウス神父は私が絵が恐ろしくなったのかと勘違いしたのか「この絵はどうしても子供達を怖がらせてしまうのでしょうがありません、移動しましょうか」と気遣うように入り口を視線で示した。
「ハンナさんからお聞きしました。硬くなってしまったパンを有効活用できるレシピを教えていただけるそうで……ありがとうございます」
そう言ってにこやかに笑顔を見せたマリウス神父はなんだか嬉しそうにみえた。こんな年端のいかない小娘に丁寧にお礼を言ってくれるマリウス神父に、照れ臭くなってしまった私は「い、いえ」と返事するのが精一杯だった。
食堂へ移動することになり、マリウス神父とフローラを先頭に歩き出す。隣にはハンナ、リクは少し列から離れて後ろを歩いている。
教会を出る際、なんとなく後ろが気になってリクの方を見るとリクは振り返って絵画をじっと見つめていた。
真っ黒な目で絵画を見ているリクは何を思っているかはわからない。心なしかいつもピンとなっている髭がしょんぼりとうなだれてみえた。
私もリクの視線の先の絵画を見やる。
私には光の聖女よりもなぜだか嘆きの魔女とされる黒い物体に目が引き寄せられてしまう。
嘆きの魔女の赤い目から流れる線はどこか赤い涙のようにも見えて、物悲しさを感じた……。
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