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1章
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雲一つない青空が広がっている。絶好の旅といっていい天気に思わず息を大きく吸った。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って振り返ると屋敷の外で両親とエヴァンお兄様、使用人数名が見送りに出てきてくれた。お父様とお母様は未だ心配そうな表情をしている。
その両親の様子に思わず苦笑する。
「ちゃんと無事に帰ってくるから心配しないで」
「むう……やっぱり今からでも行くのをやめるというのは……」
「あなた、もう決まったことでしょ」
お父様がお母様に宥められる。その様子を見て苦笑しながらエヴァンお兄様が私の手を取った。
「アリア、レイ殿とリクがいるから危険はないと思うけど気をつけて」
そう言って私の手に何かを握らせた。不思議に思って手を開こうとすると暖かいエヴァンお兄様の手が私の手を優しく包み込む。
「馬車の中で見てね」
そう言ってウインクをした。コクリと頷いて手を握りしめた。両親はレイ様、リク、ハンナに私を頼むと声を掛けているようだった。
レイ様はいつもの調子でニコニコと答えていた。リクは小さな体で丁寧にお辞儀をしていて、ハンナは真剣な表情で答えていた。
馬車にレイ様とリクが乗り込んでから私も乗り込もうとすると「アリア」と声を掛けられた。もう一度両親の方へ向き直るとお母様に抱きしめられた。
「じゃあ、無理せずね。最初の町に着いたら手紙を送ってね」
「はい、お母様」
「危ないことはしないように。ちゃんと無事で帰ってくるんだぞ」
「はい、お父様」
馬車に乗り込むとハンナも続けて乗り込んだ。窓際の方はリクが座っていて、ハンナと挟まれる形で席についた。馬車の扉が閉じられて出発したのを確認してから先程エヴァンお兄様に握らされた手の中を開く。
そこには綺麗な蒼い石だった。それを見たハンナが「なんでしょうね」と不思議そうな表情をした。
「魔石に見えるけど違うみたいだね」
私の掌を覗き込んだレイ様が首を傾げた。リクを見ると……頭を抱えていた。「なんて物を……」とぶつぶつ呟いている。
「リクはこれが何か知っているの?」
「いえ、確証は持てないのですか……お守りのような物ですよ」
「お守り……?」
それ以上はリクは何も教えてはくれないようだったため、とりあえず大事に腰のポーチに大切にしまった。
「おっ! 一目じゃわからない、いい『収納』を持ってるんだねえ」
レイ様が私の腰のポーチを見て言った。この収納のポーチはお母様からお下がりでもらったものだ。何かとあった方が便利だからと母が使っていた物をくれたのである。このあいだ、リクのお腹のポケット収納を見てから欲しかったのでとても嬉しかった。今の私は貴族令嬢というよりは裕福な平民の娘のような服装でいる。
お気に入りのイエローのワンピースに動きやすいようにブーツを履いている。腰には一見収納とはわからないような革の小ぶりのポーチを身につけている。これだったら収納とはわからないだろう。収納は高価な物なので一見わからない方がいい。ましてや冒険者でもない十歳の少女が収納を身につけているなんて思いもしないだろう。ちなみに中身はお気に入りの物を入れてある。
「ここから三日ほどでハーベストまで行きますが、まず今日最初に向かうのはキヨラの町に向かいます」
リクがスラスラと旅の日程を話し出した。リクはお父様達と打ち合わせを事前にしていたため、今回この旅を取り仕切ることになりそうだ。リクはしっかりしていて落ち着いた話し方といい、まるでだいぶ年上の方と話している感覚になる。精霊は長生きというし、歳という概念があるならばどれくらいの年齢か聞いてみたいと思った。そんなことを頭の端で思いながらハンナと頷きながら真剣な表情で話を聞く。
「キヨラはどんなところなの」
何の気無しにリクに尋ねるとリクは困ったように髭をピクピクとさせた。
「それが私はキヨラの町に行ったことがないので、わかりかねます」
「キヨラはね~小さいけどいいとこだよ~」
リクが説明し出してから窓の外を眺めていたレイ様が会話に入ってきた。レイ様は今は胸当てを着用していて冒険者の装いだ。腰には魔法剣を携えている。甘いマスクなのは変わらないのでいささか違和感を感じるが、気にしないように会話に集中した。
「レイ様はキヨラに行ったことがありますの?」
「まあ、こんな稼業してるとあちこち依頼とかで行くからね~、確かキヨラはご飯が美味しい町だったよ」
ご飯が美味しいのはありがたい。収納にいくつか料理長がお弁当を持たせてくれたが、できればその土地の物が食べたかったので楽しみである。
観光で行くわけではないのだが、グレース様にも「何かわかったらリクを通じて知らせる」と言っていた。
情報がない以上そわそわしていてもしょうがないので情報がわかるまでは緊張感は持ちながらもこの旅を楽しみたい。
なんと言っても、私はあまり屋敷から出たことがないので初めての遠出なのだ。
「えっと~、屋台のご飯で野菜と肉を薄いクレープで巻いたやつが美味しかったな~」
トルティーヤみたいなものを連想して思わず口の中が唾液が出る
お、美味しそう……。
屋台のご飯なんて屋敷にいたら絶対食べられないので是非とも食べてみたい。少しワクワクしていると「あと~」と続ける。
「面白い噂のある町だったよ」
「噂?ですか」
首を傾げると、レイ様は私の顔を見てにっこり笑った。レイ様の笑顔になぜかぞくりとする。
「はぐれ精霊が時々人間の子供をさらっちゃうんだって~」
私は、思わずゴクリと唾を飲んだ。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って振り返ると屋敷の外で両親とエヴァンお兄様、使用人数名が見送りに出てきてくれた。お父様とお母様は未だ心配そうな表情をしている。
その両親の様子に思わず苦笑する。
「ちゃんと無事に帰ってくるから心配しないで」
「むう……やっぱり今からでも行くのをやめるというのは……」
「あなた、もう決まったことでしょ」
お父様がお母様に宥められる。その様子を見て苦笑しながらエヴァンお兄様が私の手を取った。
「アリア、レイ殿とリクがいるから危険はないと思うけど気をつけて」
そう言って私の手に何かを握らせた。不思議に思って手を開こうとすると暖かいエヴァンお兄様の手が私の手を優しく包み込む。
「馬車の中で見てね」
そう言ってウインクをした。コクリと頷いて手を握りしめた。両親はレイ様、リク、ハンナに私を頼むと声を掛けているようだった。
レイ様はいつもの調子でニコニコと答えていた。リクは小さな体で丁寧にお辞儀をしていて、ハンナは真剣な表情で答えていた。
馬車にレイ様とリクが乗り込んでから私も乗り込もうとすると「アリア」と声を掛けられた。もう一度両親の方へ向き直るとお母様に抱きしめられた。
「じゃあ、無理せずね。最初の町に着いたら手紙を送ってね」
「はい、お母様」
「危ないことはしないように。ちゃんと無事で帰ってくるんだぞ」
「はい、お父様」
馬車に乗り込むとハンナも続けて乗り込んだ。窓際の方はリクが座っていて、ハンナと挟まれる形で席についた。馬車の扉が閉じられて出発したのを確認してから先程エヴァンお兄様に握らされた手の中を開く。
そこには綺麗な蒼い石だった。それを見たハンナが「なんでしょうね」と不思議そうな表情をした。
「魔石に見えるけど違うみたいだね」
私の掌を覗き込んだレイ様が首を傾げた。リクを見ると……頭を抱えていた。「なんて物を……」とぶつぶつ呟いている。
「リクはこれが何か知っているの?」
「いえ、確証は持てないのですか……お守りのような物ですよ」
「お守り……?」
それ以上はリクは何も教えてはくれないようだったため、とりあえず大事に腰のポーチに大切にしまった。
「おっ! 一目じゃわからない、いい『収納』を持ってるんだねえ」
レイ様が私の腰のポーチを見て言った。この収納のポーチはお母様からお下がりでもらったものだ。何かとあった方が便利だからと母が使っていた物をくれたのである。このあいだ、リクのお腹のポケット収納を見てから欲しかったのでとても嬉しかった。今の私は貴族令嬢というよりは裕福な平民の娘のような服装でいる。
お気に入りのイエローのワンピースに動きやすいようにブーツを履いている。腰には一見収納とはわからないような革の小ぶりのポーチを身につけている。これだったら収納とはわからないだろう。収納は高価な物なので一見わからない方がいい。ましてや冒険者でもない十歳の少女が収納を身につけているなんて思いもしないだろう。ちなみに中身はお気に入りの物を入れてある。
「ここから三日ほどでハーベストまで行きますが、まず今日最初に向かうのはキヨラの町に向かいます」
リクがスラスラと旅の日程を話し出した。リクはお父様達と打ち合わせを事前にしていたため、今回この旅を取り仕切ることになりそうだ。リクはしっかりしていて落ち着いた話し方といい、まるでだいぶ年上の方と話している感覚になる。精霊は長生きというし、歳という概念があるならばどれくらいの年齢か聞いてみたいと思った。そんなことを頭の端で思いながらハンナと頷きながら真剣な表情で話を聞く。
「キヨラはどんなところなの」
何の気無しにリクに尋ねるとリクは困ったように髭をピクピクとさせた。
「それが私はキヨラの町に行ったことがないので、わかりかねます」
「キヨラはね~小さいけどいいとこだよ~」
リクが説明し出してから窓の外を眺めていたレイ様が会話に入ってきた。レイ様は今は胸当てを着用していて冒険者の装いだ。腰には魔法剣を携えている。甘いマスクなのは変わらないのでいささか違和感を感じるが、気にしないように会話に集中した。
「レイ様はキヨラに行ったことがありますの?」
「まあ、こんな稼業してるとあちこち依頼とかで行くからね~、確かキヨラはご飯が美味しい町だったよ」
ご飯が美味しいのはありがたい。収納にいくつか料理長がお弁当を持たせてくれたが、できればその土地の物が食べたかったので楽しみである。
観光で行くわけではないのだが、グレース様にも「何かわかったらリクを通じて知らせる」と言っていた。
情報がない以上そわそわしていてもしょうがないので情報がわかるまでは緊張感は持ちながらもこの旅を楽しみたい。
なんと言っても、私はあまり屋敷から出たことがないので初めての遠出なのだ。
「えっと~、屋台のご飯で野菜と肉を薄いクレープで巻いたやつが美味しかったな~」
トルティーヤみたいなものを連想して思わず口の中が唾液が出る
お、美味しそう……。
屋台のご飯なんて屋敷にいたら絶対食べられないので是非とも食べてみたい。少しワクワクしていると「あと~」と続ける。
「面白い噂のある町だったよ」
「噂?ですか」
首を傾げると、レイ様は私の顔を見てにっこり笑った。レイ様の笑顔になぜかぞくりとする。
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