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1章

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 そして午後に顔合わせを含めたお茶会が庭で行われることになった。エヴァンお兄様も最初同席予定だったが、同年代の貴族の誕生会があるようでなぜかぐったりしているシリルを連れ立って行ってしまった。両親は揃って視察に行っているし、顔合わせは実質厨房で顔を合わせたメンバーで行われることとなった。
先程のことで私はレイ様に会うのがなんだか気が重かった。鏡で髪を結ってもらいながら思わずため息が出てしまった。

 「お嬢様、大丈夫ですか? なんだかお加減がよろしくないようにお見受けしますが」

 ハンナが私の髪を結いながら気遣わしげな視線を鏡越しに送る。鏡には憂鬱そうな表情の自分が映っていた。

 「ううん、なんでもないの。少し緊張しているみたい。あんまり初対面の人に会う機会もないし」

 そう言ってハンナに少し微笑む。せめてメリダがいてくれたら、と思うがメリダはレイ様に依頼の手紙を出してすぐに自分の家へ帰ってしまった。
なんでもこれ以上家を開けたら旦那様が何をしでかすかわからないからと申し訳なさそうに言っていたのを思い出した。メリダの旦那様は騎士団を引退してからも鍛錬に勤しんでおり、目を離すとすぐに家のものを破壊するらしい。この間も庭を半壊させたとメリダは少し立腹した様子で話してくれた。一体どんな鍛錬の仕方をしたらそうなるのか疑問に思ったが聞くことはできなかった。
 
 先程会ったレイ様のことが頭をよぎる。
 ただ、じっと見つめられただけで何かを見透かされそうな瞳だった。私の隠している前世のことも何もかも全部……。そんなことはあり得ないのだけど。
 危ないところを助けてもらったのに気が重いだなんて失礼よね。護衛をしてもらうんだから失礼のないようにしなくちゃ。
 気を取り直して私はお茶会が行われる庭でハンナを引き連れて部屋を出たのだった。



 「なんだかすごいね~」

 テーブルに運ばれたお菓子を見てレイ様は驚いたように口を開いた。先程の平民のようなラフな格好とは違って少し綺麗目なシャツとズボンをはいていた。腰には剣を携えている。今日のお茶会はレイ様が何を好むかわからなかったのでアフタヌーンティーを象った形にした。三段のティースタンドには軽食やお菓子を乗せている。
サンドイッチは料理長が作ったがスコーン、小さめのケーキは今朝私が自ら作ったものだ。まあ、旅に持っていくついでみたいなところもあるけれど。
 レイ様は早速サンドイッチに手をつけて食べ始めた。

 「さっすが伯爵家のサンドイッチは違うね~高級娼館で出されたものとやっぱ段違いだ」

 そのとき風を切る音が聞こえたと思ったら向かいに座るレイ様が何かを避けた。カッと何かが刺さる音がした。見るとレイ様の背中の向こうの木に小さなナイフが刺さっていた。

 「レイ様、アリアお嬢様のお耳に入れ難い言葉が聞こえた気がしたのですが」

 ハンナが冷たい眼差しでレイ様に声を掛けた。レイ様は悪びれた様子もなくニコニコしながら「ごめんね~、まだ十歳にはダメだったね」と私に笑かけた。今起きたことに対して動揺してそれに「い、いえ……」と返すので精一杯だった。リクはというとやれやれと言った様子で横で紅茶を啜っていた。
 早くもハンナがめちゃくちゃ怒ってるよう……マーサは屋敷の方で忙しそうだったし来てくれないよね……。
 開始早々四人を取り巻く空気はどこか重たく感じる。それに気にした様子もなくレイ様は次々とすごい速さで食べていく。食べているところを思わず見入ってしまう。ミルクティー色の髪と琥珀色の瞳だけしか印象になかったがよく見ると目鼻立ちは整っている。背は高く、線の細い出立ちはまるでどこかの俳優のようだ。話し方はどこか軽くて、一見あの腰に携えている剣を振り回すような冒険者には見えなかった。私の視線を感じたのかレイ様はヘラッと笑った。

 「気になる~? ごめんね、性分でどうしても身に付けてないと落ち着かないんだ」

 そういって腰に携えている剣をチラッと見た。

 「いえ! 冒険者の方ですものね。大事な物でしょうししょうがないですわ」

 慌ててそう答えるとレイ様は「よかった~、ありがと~」と返してまた食べ始めた。思い切って気になっていたことを聞いてみた。

 「その剣で私が放った魔力球を切って霧散させたとお聞きしましたが、剣で魔法は切ることができますの?」

 紅茶を一口飲んでからレイ様は答えてくれた。

 「剣では切ることはできないよ。これはね、魔法剣だから魔法も切ることができるんだよ」
 「魔法剣?」

 初めて聞く言葉に首を傾げた。本や剣術をよく嗜んでいるお姉様やお兄様から聞いたことない言葉だ。

 「うーん、あんまりないもんだからねえ……そこの精霊さんがよく知ってるんじゃない? なんか詳しそうだったし」

 そう言ってリクに視線を移した。リクは話を振られて少し面食らいながらも説明してくれた。

 「魔法剣とは、魔法に魔法以外で対抗できる剣です。あまり出回っていない物であるので知らないのでしょう」
 「出回ってない物なの? 魔法以外で対抗できる武器なら知ってそうな物だけど」
 「扱いがとても難しいのです。魔力をのせて振るうことでその力を発揮できる物で、一般的には魔力を剣に乗せて武器として戦うくらいなら精霊と契約して攻撃魔法で戦った方が手っ取り早いのです」
 
 なるほど……。
 そういえばシリルが精霊と契約できるくらいの魔力を持っているのに剣一本で戦う「変わり者」だと言っていたことを思い出す。

 「そうそう。でも俺は精霊と契約する方がめんどいからさー」

 なぜかレイ様のその発言にリクが気を悪くしないかとハラハラするもリクは気に留めていないようだった。そしてレイ様はあっという間に三段の軽食、お菓子を全て平げハンナにおかわりを所望していた。ハンナは顔を顰めるも私はハンナに屋敷からおかわりを持ってくるようにお願いした。

 「スコーン多めでお願いしまーす」

 ちゃっかりハンナの後ろ姿に声を掛けるもハンナは聞こえないふりをしてズンズンと屋敷の方へ向かっていった。その後ろ姿を見送り、レイ様に向き直った。

 「うちのメイドが申し訳ありません」
 「いいよ~姪っ子だし気にしてないよ」
 
 レイ様はニコニコしながら答えるとリクは「あなたは本来アリアお嬢様に対して言葉を改める必要があるのでは?」とため息をつく。

 「あ! そうだったね~、あんまりお貴族様と接する機会ないから忘れてたよ~」
 「私も気にしていませんわ。道中護衛をしていだだくのですもの、お世話になるのですからそのままで構いません」

 そういうとレイ様は「よかった~」と胸を撫で下ろしたような素振りを見せた。

 なんだか、ゆるい人だな……。

 その後もレイ様はニコニコしながらお菓子を食べ続け、世間話をしながら滞りなくお茶会は終わったのだった。
 私は少し緊張していたのが嘘だったかのように拍子抜けしてしまったのだった。
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