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1章

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 それから三日後に屋敷を出発することになり、その前に危機一髪のところを助けていただいた冒険者の方にお礼を言う席を次の日に設けてもらった。
 私はお礼の意味を込めてお菓子を作ろうと朝から厨房に立っていた。最初自分より料理長が作ったものがいいのではないかと思ったが、家族から出発する前に私のお菓子が食べたいと言われたのでこうして作ることとなった。さらにリクから旅先でも食べたいので多めに作って欲しいとの要望があったため朝から張り切って作っている。

 「旅先でも食べたいのはわかるけど、日持ちするお菓子となると焼き菓子ばかりにはなるんだけどそれでもあまり持たないし……」
 
 所狭しと焼き上がったお菓子を眺めながらため息をつく。私の横には珍しく厨房へ見にきたリクがいる。
 リクは「問題ありません」と焼き上がったスコーンをおもむろに手に取ったかと思うとそのスコーンを自分のお腹の中にしまった。
 
 「えええっ! リク、それは何? どういうこと?」

 思わずリクのお腹をさすると、もふもふの毛並みが気持ちいいだけで膨らんだところはない。リクは撫でられ、観察されて居心地悪そうにしている。

 「私のお腹の中にはポケットのようなものがあって、それは『収納』の役割を持っているのです」

 私の手から逃れたリクはそう説明した。それを聞いた私とハンナは驚いて顔を見合わせた。「収納」とは一般的に魔道具にあるものだ。その名の通り、あらゆるものを収納してしまっておける。生き物以外だったら亜空間にしまって出したい時に出せるものだ。しかも時間は止まったままなので冒険者などが薬草などを採取したときに劣化しないように入れておくなど便利な魔道具である。通常麻袋のような物から革のポーチまで収納の魔道具は様々な種類がある。容量も値段で変わってくる。詳しくは知らないが我が家では執事長やシリルが持っているらしい。
 それにしてもリクのお腹に収納ポケットがあるなんて……。
 衝撃の事実に思わずリクのお腹に釘付けになってしまう。

 「ですから、このようにお菓子をしまっておけるので日持ちについては問題ないのです」

 リクが私の視線にたじろぎながらお腹を押さえた。

 「ん?ということは日持ちしないお菓子も持っていけるってこと?」
 「そういうことになりますね」

 じゃあ、焼き菓子だけに拘らなくてもいいのね!
 
 「リク、その収納にはどのくらい入るの?」
 「まだ余裕はありますが……」

 そうと決まれば他にもどんどん作ろう!そう決めた私は、それからプリンやゼリー、チョコレートのケーキなど日持ちしないお菓子をどんどん作り上げた。その様子をそばでじっと見ていたリクは若干呆れながらも手伝ってくれた。

 

 「それにしても少し疲れたわね」

 ふうと息をはいて少し肩を軽く回した。確か冒険者の方との顔合わせは昼過ぎだったはずだ。少し休憩を入れようと厨房の隅っこでお茶を飲んでいるときだった。

 「あ~なんかいい匂いがすると思ったらここからか」

 厨房へひょっこり顔を覗かせた青年がこちらにやってきた。平民のような出立ちの服装でミルクティー色の髪の色をしていた。突然の訪問者に驚いているとリクがため息を着いて青年に声をかけた。

 「レイ殿、ここは厨房ですよ」
 「そんなの見ればわかるよお、暇だったからさ」
 
 ニコニコと返す線の細い青年はこちらに気づいた。ハンナがなぜか私の前に立ちはだかった。

 「レイ様、後ほど顔合わせの席がありますのでここはお戻りください」
 「ハンナ、そんな怖い顔しないでよ~ここへきたのはたまたまなんだから~」
 「軽々しく呼ばないでただけますか」

 ハンナの表情がどんどん険しくなっていく。ヒヤヒヤいていると目の前の青年は気にしていないかのようにハンナの肩越しの私の顔を覗き込んだ。
 ハッと立ち上がってハンナを下がらせる。

 「このような姿で申し訳ありません。サーナイト家の次女のアリアと申します。助けていただいてありがとうございました」

 エプロン姿でカーテシーをすると目の前の青年は首を傾げた。
 
 「助けた? んん~? あ! あのときのすんごい魔力球放った子だね」

 ううっ……改めて言われるとくるものがある……。

 ハンナが視界の横でものすごく怖い顔をしている。

 「あのときは本当にありがとうございました」
 「いいよ~、たまたま早く着いてよかったねえ。俺はレイナード。レイって呼んでね~」

 確かにあのときレイ様がたまたま早く着いていなかったらと思うと背筋がゾクッとした。思わず視線を下に向ける。表情が強張っていくのが自分でもわかった。そのときリクがレイ様に声を掛けた。
 
 「レイ殿、ここで少しお茶を飲んでいきますか」

 そう声をかけると、私の顔を見てから

 「ん~それは午後を楽しみにしているよ。それにこれからシリルと遊んでくるから~」

 そう言って私の顔を下から覗き込んだ。目が近くであって思わずドキリとする。瞳は綺麗な琥珀色をしていた。「それに」と私の顔を見たまま続けた。
 何かを見透かされそうな瞳だった。


 「俺はここにはいない方がいいだろうしね~」

 そう言ってくるりと背中を向けてひらひらと手を振って厨房を出て行ってしまった。その背中を見送り、見えなくなると思わずホッと息を吐く。

 なんだかよくわからない人だったな……。


 
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