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1章
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アイスが運ばれてきた後、器を手に取ったグレース様はキラキラとまるで子供のように目を輝かせて色々な角度からアイスを観察し始めた。
そしてスプーンでゆっくりとアイスをすくってそうっと口に運んだ。その瞬間グレース様は目を見開いたかと思えばあたりにキラキラと光の粒子が舞った。私が思わず「わ」と驚いているとすぐさまリクが風魔法で粒子を巻き込んで霧散させた。
一瞬の出来事にハンナや私は驚いているがエヴァンお兄様とシリルは何食わぬ顔をしている。
「んんん!! これはまた格別だな!! 舌の上で溶けて甘さが広がって口の中が幸せな余韻が心地よい」
グレース様が興奮した様子でスプーンを握りしめている。エヴァンお兄様はその様子を見て苦笑しながら「やっぱり呼んで正解だったね」と私に言った。
「ふふふ、こんなに喜んでもらえるとは思いませんでした」
グレース様は黙々とスプーンを口に運んでいる。隣で器用にスプーンを手に持ってアイスを口に運んでいるリクに「さっきのあれは何?」とこっそりと尋ねるとリクは髭をピクピクと動かしながら説明してくれる。
「あれはグレースの、いや、グレース様の魔力です。興奮したことによって魔力が思わずあふれてしまったのでしょう、害はないです」
私が驚いたのでリクは気を遣ってすぐさま風魔法で霧散してくれたようだった。小さな声で「ありがとね」と言うとリクはまん丸の目をパチパチとさせて「いえ……」と答えてから手元に視線を戻してアイスを食べ始めた。
それを見て私もスプーンを口に運ぶ。口の中でひんやりとしたアイスがすぐに溶けて優しい甘さとバニラの香りが広がる。
今回作ったのはバニラのアイスだ。みんなの反応が気になって見渡すと、ハンナとシリルは目を閉じて味わって食べていて、やはり従兄弟同士とはいえ血の繋がりを感じて思わず笑いそうになった。
エヴァンお兄様は私の視線に気づいたのかにっこりと微笑んでくれた。気に入ってもらえたようで嬉しい。お父様とお母様はこの時間はいつも二人だけでお父様の執務室でティータイムだ。後でマーサが持って行ってくれているだろう。
量が量だけに何回か冷やしてかき混ぜる作業が大変だったけど、ハンナや料理長に手伝ってもらって何とか上手くいった。
ちょっとお高めの貴族向けのカフェにもおいてあるようだが私は行ったことがない。以前ティアお姉様が友人達と行った時のことを話してくれたが味はまあまあだったとのこと。
「アリアの作るものの方が美味しいわ」と言うのでお世辞でも嬉しかったのを覚えている。
いつか私も行ってみたいなあ……。
まだ見ぬこちらの世界のカフェに想いを馳せていると「そうだ、今日はアリアに頼みがあるのだ」とアイスを食べ終えたらしいグレース様がこちらを向いた。頼み?と心の中で首を傾げながらもアイスを慌ててテーブルに置こうとすると「食べながらで良い」とグレース様がハンナがアイスの他に運んでいたクッキーを手に取る。
「やはり、お前の作る菓子は素晴らしい……力がみなぎってくるようだ」
微笑みながらクッキーを見つめている。美女がクッキーを手に持っているだけで様になる……。そして素晴らしいと褒められてなんだか照れる。
優雅な仕草で熱い紅茶を飲みながらエヴァンお兄様が「それで? 頼みって?」とグレース様に尋ねた。いつの間にか隣にいるリクも食べ終えて真剣な様子で耳をピクピクと動かしている。その様子を見てグレース様はふっと微笑んでソファで脚を組んだ。
「……アリアの作る菓子は上位精霊が特に好む濃い魔素を含んでいるとは前に話したであろう?」
チラリと私の顔を見て確認するように尋ねられる。コクリと頷くとグレース様は小さくため息をついて先を話すのをまるで少し戸惑っているようだ。
「実は、そのアリアの持つ菓子の力を見込んで頼みがあるのだ」
「なんでしょう?」
「私の眷属である上位精霊がいてな、そいつは少し前に冒険者の稼業を営む人間と契約を結んだのだ。最初こそ帰ってきてはこんなところに行ったとか、こんな魔物と戦ったとか楽しそうに話していてな、契約者とも良好な関係を築いていたのだ。だが、最近精霊界へ帰って来なくなって、そいつの性格上私に顔を見せないことはありえんと思ってこちらの世界が見えるやつに力を借りてこちらの様子を見てみたのだ。それがどうやら運悪くそいつの契約者は流行り病にかかって命を落とした後であった」
そこまで話すとグレース様は紅茶の注がれたティーカップを持ち、一口飲む。目線をカップに移したままグレース様は何かを堪えているような表情だった。
「それで……やつは契約者を看取ったあとずっとその亡くなった地に居続けているのだ」
リクが弾かれたように顔を上げた。
「それはっ……どのくらいですか」
「三年ほどだ……そして黒精霊化しつつある。いや、もうしているかもしれん」
通常契約した精霊がなんらかの形で契約者との契約を終えた場合、すぐにでも精霊界へ帰ることができるそうだ。むしろ帰らなければならない。それが帰らず続くとはぐれ精霊になる……。そう思っていたが懸念しているのはそこではない。
精霊が憎しみや悲しみなどの負の感情のままいるとやがて『黒精霊』となる。黒精霊となると魔物と変わらない、むしろその辺の魔物より強く攻撃的で厄介とされる。黒精霊に遭遇したら死を覚悟しろ─……そんな言葉まであるくらいだ。
「アリアにはそいつを救ってもらいたいのだ」
グレース様が真剣な表情で私を真っ直ぐ見た。私の食べかけのアイスは溶けて原型を留めていなかった。
そしてスプーンでゆっくりとアイスをすくってそうっと口に運んだ。その瞬間グレース様は目を見開いたかと思えばあたりにキラキラと光の粒子が舞った。私が思わず「わ」と驚いているとすぐさまリクが風魔法で粒子を巻き込んで霧散させた。
一瞬の出来事にハンナや私は驚いているがエヴァンお兄様とシリルは何食わぬ顔をしている。
「んんん!! これはまた格別だな!! 舌の上で溶けて甘さが広がって口の中が幸せな余韻が心地よい」
グレース様が興奮した様子でスプーンを握りしめている。エヴァンお兄様はその様子を見て苦笑しながら「やっぱり呼んで正解だったね」と私に言った。
「ふふふ、こんなに喜んでもらえるとは思いませんでした」
グレース様は黙々とスプーンを口に運んでいる。隣で器用にスプーンを手に持ってアイスを口に運んでいるリクに「さっきのあれは何?」とこっそりと尋ねるとリクは髭をピクピクと動かしながら説明してくれる。
「あれはグレースの、いや、グレース様の魔力です。興奮したことによって魔力が思わずあふれてしまったのでしょう、害はないです」
私が驚いたのでリクは気を遣ってすぐさま風魔法で霧散してくれたようだった。小さな声で「ありがとね」と言うとリクはまん丸の目をパチパチとさせて「いえ……」と答えてから手元に視線を戻してアイスを食べ始めた。
それを見て私もスプーンを口に運ぶ。口の中でひんやりとしたアイスがすぐに溶けて優しい甘さとバニラの香りが広がる。
今回作ったのはバニラのアイスだ。みんなの反応が気になって見渡すと、ハンナとシリルは目を閉じて味わって食べていて、やはり従兄弟同士とはいえ血の繋がりを感じて思わず笑いそうになった。
エヴァンお兄様は私の視線に気づいたのかにっこりと微笑んでくれた。気に入ってもらえたようで嬉しい。お父様とお母様はこの時間はいつも二人だけでお父様の執務室でティータイムだ。後でマーサが持って行ってくれているだろう。
量が量だけに何回か冷やしてかき混ぜる作業が大変だったけど、ハンナや料理長に手伝ってもらって何とか上手くいった。
ちょっとお高めの貴族向けのカフェにもおいてあるようだが私は行ったことがない。以前ティアお姉様が友人達と行った時のことを話してくれたが味はまあまあだったとのこと。
「アリアの作るものの方が美味しいわ」と言うのでお世辞でも嬉しかったのを覚えている。
いつか私も行ってみたいなあ……。
まだ見ぬこちらの世界のカフェに想いを馳せていると「そうだ、今日はアリアに頼みがあるのだ」とアイスを食べ終えたらしいグレース様がこちらを向いた。頼み?と心の中で首を傾げながらもアイスを慌ててテーブルに置こうとすると「食べながらで良い」とグレース様がハンナがアイスの他に運んでいたクッキーを手に取る。
「やはり、お前の作る菓子は素晴らしい……力がみなぎってくるようだ」
微笑みながらクッキーを見つめている。美女がクッキーを手に持っているだけで様になる……。そして素晴らしいと褒められてなんだか照れる。
優雅な仕草で熱い紅茶を飲みながらエヴァンお兄様が「それで? 頼みって?」とグレース様に尋ねた。いつの間にか隣にいるリクも食べ終えて真剣な様子で耳をピクピクと動かしている。その様子を見てグレース様はふっと微笑んでソファで脚を組んだ。
「……アリアの作る菓子は上位精霊が特に好む濃い魔素を含んでいるとは前に話したであろう?」
チラリと私の顔を見て確認するように尋ねられる。コクリと頷くとグレース様は小さくため息をついて先を話すのをまるで少し戸惑っているようだ。
「実は、そのアリアの持つ菓子の力を見込んで頼みがあるのだ」
「なんでしょう?」
「私の眷属である上位精霊がいてな、そいつは少し前に冒険者の稼業を営む人間と契約を結んだのだ。最初こそ帰ってきてはこんなところに行ったとか、こんな魔物と戦ったとか楽しそうに話していてな、契約者とも良好な関係を築いていたのだ。だが、最近精霊界へ帰って来なくなって、そいつの性格上私に顔を見せないことはありえんと思ってこちらの世界が見えるやつに力を借りてこちらの様子を見てみたのだ。それがどうやら運悪くそいつの契約者は流行り病にかかって命を落とした後であった」
そこまで話すとグレース様は紅茶の注がれたティーカップを持ち、一口飲む。目線をカップに移したままグレース様は何かを堪えているような表情だった。
「それで……やつは契約者を看取ったあとずっとその亡くなった地に居続けているのだ」
リクが弾かれたように顔を上げた。
「それはっ……どのくらいですか」
「三年ほどだ……そして黒精霊化しつつある。いや、もうしているかもしれん」
通常契約した精霊がなんらかの形で契約者との契約を終えた場合、すぐにでも精霊界へ帰ることができるそうだ。むしろ帰らなければならない。それが帰らず続くとはぐれ精霊になる……。そう思っていたが懸念しているのはそこではない。
精霊が憎しみや悲しみなどの負の感情のままいるとやがて『黒精霊』となる。黒精霊となると魔物と変わらない、むしろその辺の魔物より強く攻撃的で厄介とされる。黒精霊に遭遇したら死を覚悟しろ─……そんな言葉まであるくらいだ。
「アリアにはそいつを救ってもらいたいのだ」
グレース様が真剣な表情で私を真っ直ぐ見た。私の食べかけのアイスは溶けて原型を留めていなかった。
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