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螺旋階段を落ちていくような

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 朝の白い光がハウス・メドウの庭の木々や草花に反射して、キラキラと輝いている。夏の太陽を一心に浴びて、庭は生命力に溢れている。
 
 庭の美しさは三徹の心と身体を癒してくれる気がする……。
 ロータスは、エッグベネディクトを口に入れる。うん、おいしい! 少しだけテンションが上がる。
 
 瞑想の神殿から帰ってきて、三日三晩ロータスはオルフィロスを看病していた。

 瞑想の神殿で体調を崩したオルフィロスは、翌朝高熱を出していた。
 朝一番で迎えに来た馬車へ乗り、ハウス・メドウに戻った時、オルフィロスは熱で意識が朦朧となっており、とても話しを続けられる状況ではなかった。
 
 ロータスとプリマヴェル各地を回りながら、自分の政務もこなしていた。長期間の無理がたたったこともあり、熱はなかなか下がらなかった。
 
 献身的に看病をしていたロータスは、「殿下の目が覚める前にロータス様が倒れてしまいます」と、屋敷のものたちにやんわりと追い出されてしまった。
 
 三徹くらい前世ではどうでもないことだったが、彼の容体も安定してきたこともあり、無用な心配をかけまいとロータスは用意された朝食を食べながら、ぼんやりと庭を眺めていた。

 オルフィロスの話の続きがとても気になってはいたが、今は彼の回復が最優先だ。
 何はともあれ、マーヴィン家は、プリマヴェルにいることが分かった。
 彼がなぜ家族を保護しているという話を自分にしなかったか、その理由が分かったことで、気持ちが軽くなった。テレンスがプリマヴェルを訪れたのも、療養のことと関係があるのだろう。

 側に付き添っていたロベリアが、「ロータス様、紅茶のお代わりをお持ちしますね」と空になったポットを持ち、邸内に戻る。

「ありがとう、ロベリアが入れてくれるお茶は美味しくてついつい飲み過ぎちゃう」
「大変光栄なことでございます。すぐに戻ります」
 
 しばらく一人の庭で、鳥の鳴き声や風の音を聞いて楽しむ。
 突然、視界を遮る不吉な黒い影が現れ、その羽ばたきの音が心地よい雰囲気を壊す。
 向かいの椅子に大きなワシが止まった。

「――ガルシア卿」

 瞬きをする間に、フェアファクスの騎士団の黒い制服を着た、艶やかな薄茶色の肌に赤髪のイグニス・ガルシアの姿に変わる。小さな庭のテーブルで向かい合わせに座っているだけなのに、彼が放つ攻略対象者の堂々たるオーラに怯んでしまう。

「ロータス嬢、約束の時間だ。君の答えを聞きに来た」

 ギラリと強い光を放つ銀灰色の鋭い視線が、ロータスを射抜く。その圧に負けないようにロータスは、はっきりと自分の意思を伝える。

「私は、フェアファクスへは戻りません。ここで一生過ごすつもりです」
「そうか……」

 残念そうに少しだけイグニスが俯く。意外と反応があっさりとしていて、ロータスは安堵する。

「これで話は終わりです。ロベリアが戻ってくる前にお帰りくださいませ。ここにいることが使用人や騎士たちへ知られたら、困るのはあなたですよ」
「――それはできない。始めから、お前に選択肢などないのだから」
「はい……?」

 一瞬で場を取り巻く空気が、ひりつくような緊張感をもったものへ変わる。
 
 ――あ、何かヤバいかも。
 ロータスは、イスから立ち上がる。それと同時にイグニスも立ち上がり、腰の剣を抜く。
 キラリと剣身が光を反射する。

「誰かっ! 侵入者がっ!」

 ロータスは大声を上げ、邸内に逃げようとイグニスに背を向ける。痛みはないが、いまだに少しぎこちない右足が恐怖でうまく動かない。
 一方でイグニスの巨躯は驚くほど滑らかに動き、一気に距離を詰め、剣でロータスの右足を躊躇なく切り付ける。

「きゃあー!」

 ロータスは突然切りつけられた衝撃と痛みで、その場で転倒する。

「拒否しなければ、ケガをしないで済んだのにな。切り落とされなかったことに感謝しろよ」

 剣についたロータスの血を振り払いなが、イグニスが悠然と近づいてくる。地面に転がったまま動けないロータスの上に、イグニスの影が落ちる。

「や……やめて……」

 早く、何か魔法を展開しないと。焦れば焦るほど、心が乱れて詠唱が出てこない。簡単に反撃できるはずなのに、寝不足もあって頭がうまく回らない。
 何よりも平穏な日々に慣れ、油断していた。
 
(私のバカ! 何で学習しないのよ。イグニスがここへ来た時に警戒すべきだったのに!)

 ロータスの恐怖で怯える様子を鼻で笑うとイグニスは、ロータスの手首にバングルをはめる。
 ――これは魔法を封じる魔道具! 身体を巡る魔力を感じられない!

「さて、これで安心かな。では戻りましょうか、懐かしのフェアファクスへ」

 イグニスはロータスを荷物のように抱きかかえる。
 太い血管を切られたのか、出血が激しい。寒い。身体の力が入らない。
 いやだ! 行きたくない! 脚をバタつかせイグニスの腹を蹴るが、出血がひどくなりすぐに動けなくなる。
 
「ロータス様っ!」
「ロベリア、逃げて! 誰かを呼んできて!」
 
 戻ってきたロベリアが、イグニスめがけて攻撃魔法を展開する。
 しかしイグニスは、自分の剣に防御魔法を乗せ、その攻撃を容易く弾き返す。

「誰か! ロータス様が、フェアファクスのものに連れ去られてしまいます!」

 ロベリアは叫びながら、イグニスへ距離を詰めると、再び攻撃をしかける。

「だめ……、ロベリア逃げて。彼には敵わないわ……」
「ロータス様!」
「全く……小蝿の如くのうるさい使用人だな」

 イグニスは、ロベリアへ向けて剣を無慈悲に振り下ろす。
 刃はロベリアの肩から腰へかけて、斜めに切り裂く。
 ぐっと苦しげにうめき、血飛沫が舞うと、ロベリアはゆっくりと前屈みに倒れていく。

「いやっ! やめてどうしてこんなことをするの。私だけを連れて行けばいいでしょう!」
「邪魔者は全て排除す……」

「光の加護の下、闇より出し邪を射殺せ、聖なる矢サクレット・アロー

 神聖魔法の詠唱が響き、黄金の光を放つ矢が天からイグニスをめがけて降りそそぐ。かつて魔王軍数万を一瞬で殲滅した時の神聖魔法だった。
 黄金の矢はロータスを避けて、イグニスを攻撃する。

「……オルフィ」

 胸が熱くなる。イグニスの背中越しに、騎士に支えられながら、中庭へ出てきた顔色の悪いオルフィロスが見えた。
 イグニスは全ての矢を防ぎ切れなかったが、致命傷となる傷はなく、流血しながらもロータスを身体から離さない。

「イグニス、一体どう言うことだ? 王太子妃を連れ去るなど言語道断。申し開きはできないぞ」
「ただの婚約者だろう? だったらフェアファクスへ連れ帰ってもさほど問題ないだろ」
「ただの婚約者などではない。私の愛する人、唯一無二の魂の半分なのだ」

 騎士たちが続々と集まり、ハウス・メドウの中庭が騒然となる。それでもイグニスは余裕ある様子で、辺りを見回している。
 
「イグニス、リリィを放せ。ひどく……出血している。早く手当をしないと」
「足一本くらいなくても、問題ない」
「お前の剣は、人々のためにあるのではないのか? 無抵抗なものを切り、自国の利のためだけに使う剣ではないだろう? 気高い精神を持って一緒に戦ったお前はどこへ行ったのだ」
「私の剣はフェアファクスのためにある。国の危機に役に立てねば、私は無価値だ」

 虚勢を張っている様子もなく、堂々と話すイグニスは、そこだけ切り取れば攻略対象として、好きにならずにはいられないキャラクターだった。
 自分の正義を貫く、実直で誠実な男。けれど行き過ぎれば、独りよがりの信念を他人に押し付ける、バカな男になるのだ。
 
「イグニス、お前の症状はテレンスより深刻だ。アリサとこんなにも離れている場所にいると言うのに……」
「私は、正常だ。精神は研ぎ澄まされて、剣気は身体中に満ちている」

 その言葉に嫌悪の感情を露わにするとオルフィロスが尋ねる。
 
「何度、あの女とベッドを共にした? あれは中毒性のある毒花だ。垂れ流された魅了魔法は、側にいるものの精神を蝕んでいく」
「アリサ様への侮辱は許さない。その尊い御身であるにも関わらず、娼婦だと貴族たちに罵られ、侮蔑され、辛い思いをされてきたのだ」

 ――え? アリサって異世界から転生してきたんじゃないの? この世界の人なの? 召喚されて救国の乙女になったのではないの?
 
 突然のアリサの身バレに、ロータスは動揺する。ゲームの主人公と設定が違う。
 
「イグニス、平民から騎士爵を得て騎士団長になったお前の努力とアリサを重ねてはならない。よく思い出せ、アリサを悪く言ったり、あの女に対して無礼なことをしたフェアファクス国民は誰一人としていない」
 
「……少なくともこのロータス嬢は、ザカライアス殿下の心が得られないからと言って、卑劣な行為を繰り返した。アリサ様がどれだけ心を痛めたか」
 
「アリサの力は魅了魔法だとお前も分かっていただろう? リリィは、アリサと挨拶以外で話したことないことは、アリサの側にいたお前なら知っているはずだ」

 一瞬、イグニスがオルフィロスの言葉にたじろぐ。猛禽類のような鋭い眼差しが揺れ動く。
 
「――違うっ! 違う……。一体何の話をしているんだ。時間の無駄だ」

 イグニスはイライラとした様子で、その場を去ろうとオルフィロスへ背を向ける。

「行かせない。――悪しき罪人を捕縛せよ、天の鎖ヘブンズ・チェイン
 
 オルフィロスが、イグニスへ再び神聖魔法を展開する。空からイグニスを拘束する鎖が下りてくる。
 チッと舌打ちすると、イグニスはオルフィロスを振り返る。

「そんな身体で放った魔法なんかで、私を止められるとでも?」

 次の瞬間、イグニスが剣を両手で持ち、オルフィロスへ一歩踏み込む。
 そして、深々とイグニスの剣がオルフィロスの胸を貫く。

 剣はオルフィロスの分厚い胸板を貫通し、血濡れた剣先が彼の背中から飛びていた。天から降ろされイグニスを拘束していた鎖がパラパラと消えていく。
 
「うっ……」

 イグニスとロータスに生暖かい血が飛び散る。前屈みに倒れかけているオルフィロスの顔がロータスへ近づく。
 
「ああ、なんてことなの……。オルフィ、ごめんなさい……」
 
「リリィ、謝らないで。私こそ、ごめん、守れなくて。ごめん……愛してる。でも今の一撃で私と君の魂を繋いでいた比翼連理の鎖は壊れるだろう。君は自由になれるよ」

 ロータスは力の入らない身体で必死に抵抗するが、イグニスの太い腕はぴくりとも動かない。脱力したオルフィロスへ他の騎士や神官ネヴァたちも集まってくる。

「何をいっているの、オルフィ死なないで! 離れたくない!」
 
「君の魔力量は群を抜いて多い。ひどく影響を受けることはないと思うけど、アリサの魅了には気をつけて。お守りは絶対に手放さないで……。きっと運命の呪縛から逃げられるよ。どうか幸せに生きて」
 
「アリサ様? 魅了魔法? 彼女は異世界から来た救国の乙女ではないの? これはゲームの世界なのでしょう!」

 混乱する中で叫ぶロータスへオルフィロスは答えることなく、膝から崩れ落ちる。
 その様子を見たイグニスは、ザッと剣をオルフィロスの胸から抜き取り、集まった騎士たちを薙ぎ払いながら、颯爽と自国の騎士たちとメドウを後にした。
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