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ゲームの世界の外側に

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 馬車が王都を抜け、郊外へと向かう。田園風景が続き、しばらくするとうす暗い森の中に入っていく。

 そこで、「あれ?」とロータスは異変に気が付く。行き先は隣国との境の街のはずなのだが、景色がおかしい。この先は死の森の入口ではないのか。

 救国の乙女アリサが召喚されて、護り人と共に魔王軍と戦い、その戦いに終止符が打たれた。そしてこのゲームの世界は平和になった。
 しかし、それはただゲームのストーリーが完結したというだけの話で、まだまだこの世界には、危険な場所や脅威が多く存在した。
 
 魔王との戦いにより、汚染された土地や各地の復興、国のために尽くした兵士への褒章、戦いで命を落とした遺族への補償など戦後の処理も山積みだった。
 
 また国や人々を脅かすのは、魔王や他種族だけではない。貧困や飢餓、麻薬、人同士の戦争、未知なる病など数えきれないほど存在している。
 実際の世界は驚くほど複雑で、単純に魔王を倒せば万事解決、皆ハッピーというわけにはいかないのだ。
 
 死の森もそんな脅威の一つであった。
 エタナル山の北東に広がるその森は、過去の噴火により溶岩がゴロゴロと転がり磁場が狂い、縦横無尽に亀裂が走り、今なお有毒ガスがあちこちから漏れ出ている危険な地域であった。開発する予算も人も足りず、放置されて続けている。
 
 一度足を踏み入れてしまえば、奥へ行くほど元の道に戻ってくるのは難しく、どんな生物が生息しているのか、どのような地形になっているか全く解明されていない未開拓な場所であった。

 森の入口には、魔獣除けの魔法がかけられた三メートルの高さがありそうな黒い門と森を囲む石垣が設置され、結界が張られている。
 門の向こう側は、薄暗く奥の方まで見通すことはできない。

「おい、降りろ」
 
 御者が乱暴に馬車の扉を開き、乱暴にロータスの腕を掴み馬車から降ろす。
 
 こんなの聞いていない……。ハーレムエンドのはずなのに。そもそもゲームでは死の森については言及されていなかった。これは完全にゲームの範囲外の場所だ。

「ちょっと、なぜこんな場所に? 行き先が違うのでは?」
「いや、王太子殿下からはこの森へ送り出すように命令されている」
「国外追放でしょ? 死の森だなんて死ねと言っているものじゃない」

 その問いに答えは無く、ずるずると腕を引かれて、森へとその身体を投げ込まれる。男の強い力で身体を押され、勢いが止められず、転んでしまう。すぐに門は、無情に閉められてしまう。

「ちょっと! 開けてよ!」

 ロータスは起き上がりながら、大声をあげる。転んだ時に地面へ手をついたため、手のひらが擦り剥けてじんじんと痛む。
 馬車の去る音がして、しばらくすると風で森の木々が揺れる音やギャギャと何かが鳴く声しか聞こえなくなった。
 王命を無視したザカライアスのあまりの仕打ちに立ち尽くす。

「私……殿下にそんなに恨まれることしたかしら。くっ、性格悪過ぎかよ。これもゲームの強制力なの……?」

 理不尽なシステムにいくら不平不満を持っても、どうにもならないのは学習済みだ。
 ロータスは、ため息をつくとガッチリと閉められた重厚な門に触れる。びりりと電撃の様なものが走り、慌てて手を門から離す。
 結界により死の森側から、門が開かないように設定されていた。
 
 戻るのを諦め、改めて森の奥へ続く道を見る。昼間にも関わらず、森は暗い。

(……このゲームの悪役令嬢ってこんなエンディングしかないの? 扱いが雑過ぎるのでは。悪役令嬢はもてはやされると言うのがテンプレだというのに、私ったら本当に運が悪すぎる)
 
 とは言え、生き残るためには進むしか……ない。
 ロータスは、カバンから動きやすそうなシャツとパンツを取り出し、ささっと着替える。
 腰までのミルクティベージュの髪をきっちりと一つに結び直す。ダガーをベルトに装着する。古びたバレエシューズを編み上げのハンティングブーツに履き替える。

「こんな所でお父様に教えてもらったサバイバル技術が役に立つなんて思っていなかったな」

 父と毎年夏に山籠もりしていた子供時代のことを思い出す。かつて優しかった父もすっかり変わってしまって、最後は顔を見るのも嫌だと言わんばかりの態度だった。
 少しだけ涙ぐむ。もうあの頃には戻れない。家族は自分を捨てたのだ。始めから、あの世界には自分の居場所はないのだ。
 
(必要悪……、それが私のゲーム内の存在意義なのよね)
 
 感傷的になる自分を、しっかりしなさいと諫める。ロータスは森の中へ進んでいった。
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