116 / 118
第三章 制裁させていただきます
116 無へと還りなさい
しおりを挟む
主神ミルシム神の様子に動揺したのはビフォラだけではない。
「な、なぜ、神が……っ」
国の代表達も驚き、教皇や大司教達までもが飛び上がるように席を蹴倒して立ち上がる。
「ミ、ミルシム神様っ、なぜです! こんな、こんなヤツに!」
「黙りなさいと言いましたよ」
「ひっ!?」
頭を下げたまま、横目でギロリと睨まれて、ビフォラは再びおののく。
「申し訳ございません。この責は如何様にも……」
「ふ~ん」
ターザは少しだけ表情を和らげる。パチンと指を鳴らすと、空いていた椅子がターザの後ろに飛んでくる。それにゆったりと腰掛け、肘掛けに肘をついた。足を高く組むと、簡素な椅子も玉座のように見える。王族の血を引いているのもあるだろう。
そんな姿を見てしまうと、各国の代表も口を出すことを考えられなくなる。
「その出来損ないの処理は任せる。君にはまだこのレベルの天使の制御は無理だと分かっただろう」
「はい。自惚れておりました」
「へっ……み、ミルシム神さま……っ」
ビフォラはようやく、自身を生み出した神に見捨てられたことを悟って青くなる。と言っても、顔の半分ほどは既に穢れで黒くなってしまっているので、分かりにくい。
「先代と同じ過ちを犯す所。助けていただきありがとう存じます」
「覚えていてコレを邪神としたか」
「はい……いずれ辿ると思っておりましたゆえ」
かつて、カトラの前のそのまた前の前世。魂に傷を負った原因となった邪神は、この世界の神が生み出した天使の片割れだった。今のミルシム神の兄弟のようなもの。
先代はその邪神となってしまった天使を倒してもらうため、勇者を任命した。力をありったけ託し、今のミルシム神に残りの神としての力を引き継いで消滅したのだ。
それを、ビフォラは知らなかった。
「っ……どうゆう……っ」
「話してやれ。自身がどれだけ愚かであったか理解させてやるのも罰だ」
「承知しました」
ミルシム神は話始めた。この世界では今から千年近く前のことだ。
神に成り代わろうとし、落ちた天使は穢れによって姿を醜く変え、地上で暴れ回った。
ビフォラもこの後、ゆっくりと自我が消えていき、自分を認めなかったミルシム神やこの世界への恨みだけで破壊行動を起こすようになるだろうと告げられればさすがに過ちを自覚したらしい。
「っ……なんで……っ、どうしたらっ……っ」
「先代ほどの格があれば、その穢れを払うことができたかもしれませんが……」
邪神が暴れ回ったことで世界に穢れが飛び散り、世界の格が下がった。そして、神の位の継承も本来の手続きによって成されていないため、神の格も落ちた。
「更に今回のあなたの行動により、私の力は削がれている……信仰の力が集まるはずのこの地さえ俗物が増え、人心が離れてしまっているのです。もう手立てはありません」
「っ、あ……」
ミルシム神の力を削ごうとしたのは他ならないビフォラだ。それが、今自身が受けている穢れを払えなくしていた。
「もはや、あなたがこの世界に存在しているだけで、世界を滅びへと進ませているのです。どれだけ罪深いか分かりましたか」
「っ、もう……もう、何も……っ」
「手遅れです。神の格が落ちることで世界は災害が頻発するようになります。これにより人が減れば世界の格は下がります。そして、世界の平穏を守れない神は更に格を落としていく。私が消滅すれば、残るのは崩壊した世界のみ。もうこの世界は終わりです」
「っ、な、ならっ、勇者をっ。世界の守護者を生み出せば!」
ビフォラは諦めなかった。だが、それさえも既に条件が揃わない。
「今の私の全てを注いだとしても、この世界を救うほどの力を持った勇者は生まれません。何より、引き継げる神がいない状況では、意味がない」
「わた、わたしがっ……っ、穢れを払えば!」
「っ、まだそのような世迷言をっ……一度堕ちた者が神になることはないっ」
「っ! でも……っ、だって……っ」
「っ……」
ミルシム神も怒鳴って、暴れてしまいたいのを必死で堪えている。
「っ、ミルシム神さま……っ」
そんな表情を見たビフォラは、ようやく何の手も残っていないのだと理解した。
「話は終わったな」
「はい。すぐに処理いたします」
「っ、ひっ……っ」
ミルシム神は立ち上がる。そして、もう立つ力も残っていないビフォラを冷たく見下ろした。
「たすっ、たすけて……っ」
「既にその段階は過ぎたと言いましたよ。もうこの地さえ穢れてしまいました。二度と聖の力は発動しない不毛の地へ変わったのです」
「っ、うそ……っ」
ミルシム神はちらほらと、何があったのかと奥から出てきている聖職者に仕えていた者達にも聞こえるように告げた。
「邪神となったあなたを崇める者たちが居るこの地では、私の加護は届きません。あなたと繋がりの強くなっていたそちらの四人もただでは済まないでしょう」
「「「「っ……!」」」」
「罪を認め、無へと還りなさい。あなたを生み出したこと……それは私の罪です……」
ミルシム神は顔を上げ、この場にいる人々に伝えた。
「これ以降、私は地上へ干渉する力を失うでしょう。子ども達よ。それでもどうか絶望することなく生きてください。最期の日まで、見守っています」
これに、教皇が先ず膝をついた。続いてレフィア、国の代表達が膝を折る。
「神よ……わたくしたちにも罪があります。どうか心安く……あなたの慈悲は忘れません」
教皇の言葉に、ミルシム神は一度目を閉じた。
涙を堪えるように。それが本心ではないのだと誰もが理解した。もうどうすることもできないのだと。
「っ、ミル……シム……神……さま……っ、も、申し訳……っ」
ビフォラは涙を流していた。それは後悔だ。
ゆっくりとミルシム神はビフォラの力を解体していく。ビフォラの下には複雑な魔法陣が展開している。これにより、無へと還していくのだ。穢れもなんとか分解しようと、ミルシム神は自身の力を限界まで使っていく。
ターザはただ見つめていた。これにより、ミルシム神は消滅する可能性もある。その方がきっと幸せだろう。
ただ見守るしか出来ないことが、どれほど辛いことかをターザは誰よりも分かっていた。
不快だと。ターザはあの時の痛みを思い出していた。だから、気付かなかった。
「ターザ、どこか痛いの?」
「っ、カーラ?」
「うん」
いつの間にか戻ってきたカトラが、ターザの顔を覗き込んでいた。
「どうして……」
「ん。元をどうにかしないとキリが無さそうだったから、一旦戻ってきたの」
そうして、カトラはミルシム神へ歩み寄った。そのミルシム神は、近付いてくるカトラに驚いて目を見開いている。
「っ、あなたは……っ、ゆう……」
「そんなに力を使ったら、消えてしまうよ? 穢れだけは何とかしてあげる」
「え……この力……っ」
カトラはビフォラの体に染み付いた穢れから全てを浄化したのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
また一週空きます。
よろしくお願いします◎
「な、なぜ、神が……っ」
国の代表達も驚き、教皇や大司教達までもが飛び上がるように席を蹴倒して立ち上がる。
「ミ、ミルシム神様っ、なぜです! こんな、こんなヤツに!」
「黙りなさいと言いましたよ」
「ひっ!?」
頭を下げたまま、横目でギロリと睨まれて、ビフォラは再びおののく。
「申し訳ございません。この責は如何様にも……」
「ふ~ん」
ターザは少しだけ表情を和らげる。パチンと指を鳴らすと、空いていた椅子がターザの後ろに飛んでくる。それにゆったりと腰掛け、肘掛けに肘をついた。足を高く組むと、簡素な椅子も玉座のように見える。王族の血を引いているのもあるだろう。
そんな姿を見てしまうと、各国の代表も口を出すことを考えられなくなる。
「その出来損ないの処理は任せる。君にはまだこのレベルの天使の制御は無理だと分かっただろう」
「はい。自惚れておりました」
「へっ……み、ミルシム神さま……っ」
ビフォラはようやく、自身を生み出した神に見捨てられたことを悟って青くなる。と言っても、顔の半分ほどは既に穢れで黒くなってしまっているので、分かりにくい。
「先代と同じ過ちを犯す所。助けていただきありがとう存じます」
「覚えていてコレを邪神としたか」
「はい……いずれ辿ると思っておりましたゆえ」
かつて、カトラの前のそのまた前の前世。魂に傷を負った原因となった邪神は、この世界の神が生み出した天使の片割れだった。今のミルシム神の兄弟のようなもの。
先代はその邪神となってしまった天使を倒してもらうため、勇者を任命した。力をありったけ託し、今のミルシム神に残りの神としての力を引き継いで消滅したのだ。
それを、ビフォラは知らなかった。
「っ……どうゆう……っ」
「話してやれ。自身がどれだけ愚かであったか理解させてやるのも罰だ」
「承知しました」
ミルシム神は話始めた。この世界では今から千年近く前のことだ。
神に成り代わろうとし、落ちた天使は穢れによって姿を醜く変え、地上で暴れ回った。
ビフォラもこの後、ゆっくりと自我が消えていき、自分を認めなかったミルシム神やこの世界への恨みだけで破壊行動を起こすようになるだろうと告げられればさすがに過ちを自覚したらしい。
「っ……なんで……っ、どうしたらっ……っ」
「先代ほどの格があれば、その穢れを払うことができたかもしれませんが……」
邪神が暴れ回ったことで世界に穢れが飛び散り、世界の格が下がった。そして、神の位の継承も本来の手続きによって成されていないため、神の格も落ちた。
「更に今回のあなたの行動により、私の力は削がれている……信仰の力が集まるはずのこの地さえ俗物が増え、人心が離れてしまっているのです。もう手立てはありません」
「っ、あ……」
ミルシム神の力を削ごうとしたのは他ならないビフォラだ。それが、今自身が受けている穢れを払えなくしていた。
「もはや、あなたがこの世界に存在しているだけで、世界を滅びへと進ませているのです。どれだけ罪深いか分かりましたか」
「っ、もう……もう、何も……っ」
「手遅れです。神の格が落ちることで世界は災害が頻発するようになります。これにより人が減れば世界の格は下がります。そして、世界の平穏を守れない神は更に格を落としていく。私が消滅すれば、残るのは崩壊した世界のみ。もうこの世界は終わりです」
「っ、な、ならっ、勇者をっ。世界の守護者を生み出せば!」
ビフォラは諦めなかった。だが、それさえも既に条件が揃わない。
「今の私の全てを注いだとしても、この世界を救うほどの力を持った勇者は生まれません。何より、引き継げる神がいない状況では、意味がない」
「わた、わたしがっ……っ、穢れを払えば!」
「っ、まだそのような世迷言をっ……一度堕ちた者が神になることはないっ」
「っ! でも……っ、だって……っ」
「っ……」
ミルシム神も怒鳴って、暴れてしまいたいのを必死で堪えている。
「っ、ミルシム神さま……っ」
そんな表情を見たビフォラは、ようやく何の手も残っていないのだと理解した。
「話は終わったな」
「はい。すぐに処理いたします」
「っ、ひっ……っ」
ミルシム神は立ち上がる。そして、もう立つ力も残っていないビフォラを冷たく見下ろした。
「たすっ、たすけて……っ」
「既にその段階は過ぎたと言いましたよ。もうこの地さえ穢れてしまいました。二度と聖の力は発動しない不毛の地へ変わったのです」
「っ、うそ……っ」
ミルシム神はちらほらと、何があったのかと奥から出てきている聖職者に仕えていた者達にも聞こえるように告げた。
「邪神となったあなたを崇める者たちが居るこの地では、私の加護は届きません。あなたと繋がりの強くなっていたそちらの四人もただでは済まないでしょう」
「「「「っ……!」」」」
「罪を認め、無へと還りなさい。あなたを生み出したこと……それは私の罪です……」
ミルシム神は顔を上げ、この場にいる人々に伝えた。
「これ以降、私は地上へ干渉する力を失うでしょう。子ども達よ。それでもどうか絶望することなく生きてください。最期の日まで、見守っています」
これに、教皇が先ず膝をついた。続いてレフィア、国の代表達が膝を折る。
「神よ……わたくしたちにも罪があります。どうか心安く……あなたの慈悲は忘れません」
教皇の言葉に、ミルシム神は一度目を閉じた。
涙を堪えるように。それが本心ではないのだと誰もが理解した。もうどうすることもできないのだと。
「っ、ミル……シム……神……さま……っ、も、申し訳……っ」
ビフォラは涙を流していた。それは後悔だ。
ゆっくりとミルシム神はビフォラの力を解体していく。ビフォラの下には複雑な魔法陣が展開している。これにより、無へと還していくのだ。穢れもなんとか分解しようと、ミルシム神は自身の力を限界まで使っていく。
ターザはただ見つめていた。これにより、ミルシム神は消滅する可能性もある。その方がきっと幸せだろう。
ただ見守るしか出来ないことが、どれほど辛いことかをターザは誰よりも分かっていた。
不快だと。ターザはあの時の痛みを思い出していた。だから、気付かなかった。
「ターザ、どこか痛いの?」
「っ、カーラ?」
「うん」
いつの間にか戻ってきたカトラが、ターザの顔を覗き込んでいた。
「どうして……」
「ん。元をどうにかしないとキリが無さそうだったから、一旦戻ってきたの」
そうして、カトラはミルシム神へ歩み寄った。そのミルシム神は、近付いてくるカトラに驚いて目を見開いている。
「っ、あなたは……っ、ゆう……」
「そんなに力を使ったら、消えてしまうよ? 穢れだけは何とかしてあげる」
「え……この力……っ」
カトラはビフォラの体に染み付いた穢れから全てを浄化したのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
また一週空きます。
よろしくお願いします◎
15
お気に入りに追加
1,854
あなたにおすすめの小説
この誓いを違えぬと
豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」
──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。
なろう様でも公開中です。
拗れた恋の行方
音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの?
理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。
大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。
彼女は次第に恨むようになっていく。
隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。
しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
【完結】貧乏令嬢は自分の力でのし上がる!後悔?先に立たずと申しましてよ。
やまぐちこはる
恋愛
領地が災害に見舞われたことで貧乏どん底の伯爵令嬢サラは子爵令息の婚約者がいたが、裕福な子爵令嬢に乗り換えられてしまう。婚約解消の慰謝料として受け取った金で、それまで我慢していたスイーツを食べに行ったところ運命の出会いを果たし、店主に断られながらも通い詰めてなんとかスイーツショップの店員になった。
貴族の令嬢には無理と店主に厳しくあしらわれながらも、めげずに下積みの修業を経てパティシエールになるサラ。
そしてサラを見守り続ける青年貴族との恋が始まる。
全44話、7/24より毎日8時に更新します。
よろしくお願いいたします。
今更ですか?結構です。
みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。
エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。
え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。
相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。
婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話
Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」
「よっしゃー!! ありがとうございます!!」
婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。
果たして国王との賭けの内容とは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる