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第三章 制裁させていただきます
115 ギルドに戻ったら分かるよ
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カトラはAランクの冒険者だ。
BからAに上がるのには特大の壁があるといわれるように、その力は絶大だった。
実際、その上のSとの差はそれほどない。貢献度と成した偉業の違いの方が大きい。よって、文句なく冒険者の中で最強の部類に入る。
カトラは特に、女であることでSランクの認定を見送っている状態。それを、どこの冒険者ギルドも正しく把握している。
カトラの指示通りギルドから発せられる警鐘を聴きながら、外壁までを飛翔魔術で一気に空を駆けて辿り着くと、既にギルド職員が待っていた。伝令役だ。ギルド職員は一芸に秀でた者が多い。彼は最速の足を持っているのだろう。
「っ、お疲れ様です! カーラ様でいらっしゃいますね。冒険者ギルド聖王都支部は、今回の全権をAランク冒険者のカーラ様とSランク冒険者のターザ様に委譲いたします!」
ギルドは全ての指揮をカトラとターザに委ねた。これは上級冒険者の義務だ。
「分かりました。状況把握はできてる?」
「職員の方で斥候を出しました」
「そう。手は集められそう?」
冒険者の斥候ではなく、職員の方を使っていることに嫌な予感がした。
「それが……申し訳ありません。この国では、現役の冒険者は中々居つかないのです」
聖結界のせいで、狂暴化した魔獣が周りには多く、中堅以上の冒険者でないと外壁の外での仕事はできない。よって、居つくことでのデメリットの方が多い。どの道、聖結界があれば魔獣被害は早々出ないのだ。討伐依頼もほとんどなかった。
規定の道を通れば、結界で守られているので国の出入りも問題ない。なので、他国への通り道程度に滞在するのが精々だ。この国で冒険者になっても、登録してしばらくすると国外へ出てしまう。仕事がないのだから仕方がない。
ただ、怪我をして治療のためにやってくる冒険者はいる。しかし、それも高額な費用による借金と、中途半端な治療で結局は冒険者を引退しなくてはならず、借金返済のために居つくことになっても、冒険者ではなくなってしまう。
この国は聖結界によって成り立っていたのだ。それが無ければ国は既に破綻していた。
「そうよね……気にしないで。ウチの子達も居るから、何とかなる」
「……ウチの子達……ですか?」
呼んだのが聞こえたというように、そこにケイト達がやってきた。
「お待たせいたしました、お嬢様」
ケイト、キュリ、クスカ、コルが綺麗に並ぶ。
「トゥーリは斥候に向かっております。ナワさんもついていますのでご心配はいりません」
カトラが気にすることをケイトは理解している。
「黒子の第一部隊は、旦那様の指示により結界石を使用していた国の状況確認に向かいました」
「ありがとう。キュリとクスカは私と共に外へ出て遊撃。コルは外壁の上から届く範囲で攻撃を。ケイトは正門の守りを頼むわ」
ケイト達は頷く。彼女たちの実力は既にBランク。任せても大丈夫だろう。狂暴化した魔獣達が相手ではあるが、各個撃破するならば十分だ。そのための戦い方も教えている。問題はない。
カトラはギルド職員へ目を向ける。
「他の門は兵と冒険者に頑張ってもらうことになる。住民の避難誘導をしている手の者達が戻ったらそちらの防衛に回ってもらうから、それまでの死守は頼むわ」
「っ、承知しました!」
冒険者の人数は確かに足りない。その不安を必死で隠しながら彼は返事をした。若いがギルド職員としての心構えは十分なようだ。それがとても頼もしかった。
「っ……」
微笑んで見せれば、驚いたような表情を浮かべ、少しだけ肩の力を抜いた。大丈夫だと伝わったようだ。
「ふふ。心配しないで。確かに現役の冒険者は少ないだろうけど……」
「?……」
不思議がる青年に、変わらず微笑みながら首を振って見せた。
「きっと、ギルドに戻ったら分かるよ」
カトラの気まぐれから始まり、黒子達と治療して回った住人の大半が、元冒険者だった。ひと言、ふた言交わした言葉。別れる時に見た彼等の瞳には、現役の冒険者の見せる光が宿っていた。
きっと彼らは動く。そう確信している。ギルドに戻れば、驚くことになるだろう。
「わ、わかりました。どうか、お気をつけて!」
「ありがとう……行くよ」
「「「「はい!」」」」
防衛戦が始まった。
◆ ◆ ◆
カトラが飛び出した後の教会。
ターザは不機嫌そうに、カトラに見せたことのないほど冷徹な表情で黒く染まっていくビフォラを見下ろしていた。
カトラに迷惑をかけるのだから、その存在を疎ましく思うのも当然だ。
「で? お前はこの責任、どう取るつもりだ?」
口調さえも変わっていることに真っ先に気付いたのは、カルフとレフィアだ。けれど、二人は未だ天使であったというビフォラに近付こうとは思えない。
実際はターザの雰囲気に近寄り難さを感じているのだが、誰もまだそれに気付くことはなかった。
「っ……なんで……天使である私がっ、神になろうとして何が悪い!」
「別に悪くはないさ。ただし、分は弁えるべきだ。お前は神として生まれたわけではない。天使として生まれた。ならば、先ずはその職をまっとうすべきだった。やるべきことも成さず、できる事に驕ったお前は今堕天している。それが全ての答えだ」
「っ、わ、私が堕天……っ」
目を見開く。そんなまさかという表情。これにはターザも呆れた。
「ははっ。気付かなかったと? お前がその女に手を出した時点で、既にお前を生み出した神との糸は切れかけていた。神の使いでしかないお前が、その職を自ら放棄したのだから、天使と名乗ることさえ許されない」
「そんっ……そんなっ」
「神の声も届かないのに、天使でいられると思ったのか?」
「っ……!」
ようやくビフォラは理解した。神の声が聞こえなくなったのには気付いていた。だが、それは全てをビフォラ自身に委ねるという意味に取った。それがそもそもの間違い。
ターザが切れそうだった糸を完全に断ったとはいえ、時間の問題だっただろう。
「そもそも、この世界の天使ごときが、俺の前でそんな態度を取れるはずがないんだよ」
「……え……」
見上げてくるその表情さえ不快だと、ターザは隠しもしない。
その時だ。
聖堂の祭壇の上に眩い光が生じた。ビフォラが現れた時よりも、それは神秘的だった。
現れたのは女神ミルシム神。
「っ、ミルシム神様!」
喜ぶビフォラ。だが、そのビフォラを見るミルシム神は怒りの表情を見せていた。
「っ!? ミル……シム神……さま……っ」
「愚か者が」
「っ!!」
その一言で、ビフォラは凍りついた。神は神。天使が気安く成り代われるものではない。
ミルシム神は、祭壇の上からふわりと飛び降り、ターザの前に歩み寄ると、静かにその場に膝を突いて見せた。
「ミルシム神様!?」
「黙りなさい」
「ひっ!」
ビフォラを黙らせながら、ミルシム神は頭を下げたのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
また一週空けさせていただきます。
よろしくお願いします◎
BからAに上がるのには特大の壁があるといわれるように、その力は絶大だった。
実際、その上のSとの差はそれほどない。貢献度と成した偉業の違いの方が大きい。よって、文句なく冒険者の中で最強の部類に入る。
カトラは特に、女であることでSランクの認定を見送っている状態。それを、どこの冒険者ギルドも正しく把握している。
カトラの指示通りギルドから発せられる警鐘を聴きながら、外壁までを飛翔魔術で一気に空を駆けて辿り着くと、既にギルド職員が待っていた。伝令役だ。ギルド職員は一芸に秀でた者が多い。彼は最速の足を持っているのだろう。
「っ、お疲れ様です! カーラ様でいらっしゃいますね。冒険者ギルド聖王都支部は、今回の全権をAランク冒険者のカーラ様とSランク冒険者のターザ様に委譲いたします!」
ギルドは全ての指揮をカトラとターザに委ねた。これは上級冒険者の義務だ。
「分かりました。状況把握はできてる?」
「職員の方で斥候を出しました」
「そう。手は集められそう?」
冒険者の斥候ではなく、職員の方を使っていることに嫌な予感がした。
「それが……申し訳ありません。この国では、現役の冒険者は中々居つかないのです」
聖結界のせいで、狂暴化した魔獣が周りには多く、中堅以上の冒険者でないと外壁の外での仕事はできない。よって、居つくことでのデメリットの方が多い。どの道、聖結界があれば魔獣被害は早々出ないのだ。討伐依頼もほとんどなかった。
規定の道を通れば、結界で守られているので国の出入りも問題ない。なので、他国への通り道程度に滞在するのが精々だ。この国で冒険者になっても、登録してしばらくすると国外へ出てしまう。仕事がないのだから仕方がない。
ただ、怪我をして治療のためにやってくる冒険者はいる。しかし、それも高額な費用による借金と、中途半端な治療で結局は冒険者を引退しなくてはならず、借金返済のために居つくことになっても、冒険者ではなくなってしまう。
この国は聖結界によって成り立っていたのだ。それが無ければ国は既に破綻していた。
「そうよね……気にしないで。ウチの子達も居るから、何とかなる」
「……ウチの子達……ですか?」
呼んだのが聞こえたというように、そこにケイト達がやってきた。
「お待たせいたしました、お嬢様」
ケイト、キュリ、クスカ、コルが綺麗に並ぶ。
「トゥーリは斥候に向かっております。ナワさんもついていますのでご心配はいりません」
カトラが気にすることをケイトは理解している。
「黒子の第一部隊は、旦那様の指示により結界石を使用していた国の状況確認に向かいました」
「ありがとう。キュリとクスカは私と共に外へ出て遊撃。コルは外壁の上から届く範囲で攻撃を。ケイトは正門の守りを頼むわ」
ケイト達は頷く。彼女たちの実力は既にBランク。任せても大丈夫だろう。狂暴化した魔獣達が相手ではあるが、各個撃破するならば十分だ。そのための戦い方も教えている。問題はない。
カトラはギルド職員へ目を向ける。
「他の門は兵と冒険者に頑張ってもらうことになる。住民の避難誘導をしている手の者達が戻ったらそちらの防衛に回ってもらうから、それまでの死守は頼むわ」
「っ、承知しました!」
冒険者の人数は確かに足りない。その不安を必死で隠しながら彼は返事をした。若いがギルド職員としての心構えは十分なようだ。それがとても頼もしかった。
「っ……」
微笑んで見せれば、驚いたような表情を浮かべ、少しだけ肩の力を抜いた。大丈夫だと伝わったようだ。
「ふふ。心配しないで。確かに現役の冒険者は少ないだろうけど……」
「?……」
不思議がる青年に、変わらず微笑みながら首を振って見せた。
「きっと、ギルドに戻ったら分かるよ」
カトラの気まぐれから始まり、黒子達と治療して回った住人の大半が、元冒険者だった。ひと言、ふた言交わした言葉。別れる時に見た彼等の瞳には、現役の冒険者の見せる光が宿っていた。
きっと彼らは動く。そう確信している。ギルドに戻れば、驚くことになるだろう。
「わ、わかりました。どうか、お気をつけて!」
「ありがとう……行くよ」
「「「「はい!」」」」
防衛戦が始まった。
◆ ◆ ◆
カトラが飛び出した後の教会。
ターザは不機嫌そうに、カトラに見せたことのないほど冷徹な表情で黒く染まっていくビフォラを見下ろしていた。
カトラに迷惑をかけるのだから、その存在を疎ましく思うのも当然だ。
「で? お前はこの責任、どう取るつもりだ?」
口調さえも変わっていることに真っ先に気付いたのは、カルフとレフィアだ。けれど、二人は未だ天使であったというビフォラに近付こうとは思えない。
実際はターザの雰囲気に近寄り難さを感じているのだが、誰もまだそれに気付くことはなかった。
「っ……なんで……天使である私がっ、神になろうとして何が悪い!」
「別に悪くはないさ。ただし、分は弁えるべきだ。お前は神として生まれたわけではない。天使として生まれた。ならば、先ずはその職をまっとうすべきだった。やるべきことも成さず、できる事に驕ったお前は今堕天している。それが全ての答えだ」
「っ、わ、私が堕天……っ」
目を見開く。そんなまさかという表情。これにはターザも呆れた。
「ははっ。気付かなかったと? お前がその女に手を出した時点で、既にお前を生み出した神との糸は切れかけていた。神の使いでしかないお前が、その職を自ら放棄したのだから、天使と名乗ることさえ許されない」
「そんっ……そんなっ」
「神の声も届かないのに、天使でいられると思ったのか?」
「っ……!」
ようやくビフォラは理解した。神の声が聞こえなくなったのには気付いていた。だが、それは全てをビフォラ自身に委ねるという意味に取った。それがそもそもの間違い。
ターザが切れそうだった糸を完全に断ったとはいえ、時間の問題だっただろう。
「そもそも、この世界の天使ごときが、俺の前でそんな態度を取れるはずがないんだよ」
「……え……」
見上げてくるその表情さえ不快だと、ターザは隠しもしない。
その時だ。
聖堂の祭壇の上に眩い光が生じた。ビフォラが現れた時よりも、それは神秘的だった。
現れたのは女神ミルシム神。
「っ、ミルシム神様!」
喜ぶビフォラ。だが、そのビフォラを見るミルシム神は怒りの表情を見せていた。
「っ!? ミル……シム神……さま……っ」
「愚か者が」
「っ!!」
その一言で、ビフォラは凍りついた。神は神。天使が気安く成り代われるものではない。
ミルシム神は、祭壇の上からふわりと飛び降り、ターザの前に歩み寄ると、静かにその場に膝を突いて見せた。
「ミルシム神様!?」
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